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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
番外編

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過去話 将軍と補佐官 その2

 事の始まりは、数ヶ月前に遡る。

 ある理由から俺たちは集まり、国境沿いの森に罠や仕掛けを張り、辺境騎士をはめた。


 俺たちはその都度、いくつもの仕掛けを作った。辺境騎士たちは時に見破り、時にはまり、俺たちを追っていた。

 その追いかけっこに終止符が打たれ、俺たちは捕まった。


 当然、こうなれば俺たちは罰を受けることになる。解っていて、やったことだ。

 牢に閉じ込められている仲間たちは、それでも後悔はない顔をしている。


 ……妹は、どうしているだろうか。

 今も、家のベッドに横になって、見舞いに来てくれる幼馴染を心待ちにしているだろうか。


 考えても仕方がない。分かっているが、考えてしまう。

 大丈夫だ。心配はない。幼馴染の彼に、妹を頼むと伝えてある。彼ならば託せる。


 もう少しいい薬があれば。栄養のあるものを食べさせてやることができれば。

 そうしてやれないことが、心苦しい。


 牢に入れられ数日が経つ。何度目か知れないため息がこぼれた時、牢屋の扉が開いた。

 靴を鳴らし姿を見せたのは、ランサ・クンツェ。


 今日は鉄格子の向こう、置いてある木箱に剣をたてかけ、その上に腰を下ろした。傍には、先日同様に、赤みの強い茶髪の騎士もいる。

 騎士の方があまり気乗りはしていないような顔だが、辺境伯はただ、こちらを見る。


「理由が知りたい。なぜ、あんなことをした」


 そして、そんなことを言った。


 これまでも事情聴取は受けたが、こちらは誰も詳細については口を割っていない。辺境伯はすでにそれを知っているし、それ以上を問うてくることもなかった。もう、聞くつもりなどないのだろうと思っていた。

 なのに今、それを問う。


 そんな相手に、俺たちも視線が向いた。眉間に皺を深く刻んで。

 問われても、返答は返らない。辺境伯は平然とこちらを見ているが、傍にいる騎士は沈黙に顔を歪めだした。


「……ランサ様。大事かもしれませんけどわざわざそんなこと……ただでさえ戦後処理で忙しいのに」


「バールート。それでも、知るのが俺の仕事だ。将軍としてだけではなく、領主として」


「そりゃ……。でもランサ様。最近寝てませんよね? もう何日屋敷へ帰ってないんですか」


 ……なにやら目の前で言い合っている。

 辺境伯は大したことではない様子だが、バールートと呼ばれた騎士は心配そうな目をしている。


『もう……。大丈夫だよ、心配しないで。お兄ちゃん』


 不意に、耳に蘇った声。

 長く家を空けるかもしれないと言った俺に、妹はそう言って笑った。コホコホと小さな咳をしながら。


「えっ。ランサ様二時間しか寝てないんですか!? 仮眠とりましょうよ!」


「後だ。忙しい」


「倒れたらどうするんですか! 先陣切っていざこざ処理で駆け回って。この前どっかで洪水が起こったとかも言ってたじゃないですか! 身体も労わってくださいよ!」


「分かった分かった」


 ……目の前の言い合いがまだ終わらない。しかも辺境伯は辟易としているようだ。騎士だけが眉を吊り上げている。

 そんな光景を見せられていると、こちらまで威勢が削がれる。


「……『将軍』って、もっと威張ってる感じかと思ってたけど、そうでもねえんだな」


「らしい」


 思うことは同じらしい。

 やっと目の前の言い合いが決着したと思うと、バールートという騎士が腕を組んで俺たちを見た。


「ほら。ランサ様が仮眠削って聞くっていうんだから、ちゃんと話せよ」


「そもそも、狙いは辺境騎士団だろう? 物資を狙っていたわけではないのは、お前たちの行動から解っている」


 辺境伯がじっとこちらを見る。それを見て、威勢が削がれた俺たちは仲間内で視線を向けあった。


 ここで俺たちが話さなければ、辺境伯はまた聞きに来るのだろう。己の睡眠時間を削って。

 ……おかしな、男だ。


 そう思うと、自然と口が開いた。


「……なぜ、ただの平民にそこまで関心を持つ。自分の騎士団が力をつけ、領地や国境を守れば、あんたはそれでいいんだろ」


 明かりも乏しい牢獄の中、俺の声が静かに響き、周囲の音が消えた。

 睨むように視線を向ければ、辺境伯は怒るでもなく、それまでと変わらぬ表情で、俺を見ていた。


「俺は『将軍』だ。国境を守り、国を守る役目を与えられている。そして、俺は領主だ。この地に住む皆のため、その暮らしのための責務もまた、担っている。個人ができないことをする。そのための力を、俺は与えられている。それを行使するためには、知らなければならない」


 その目は、どこまでもまっすぐだった。

 誇りというのだろう。信念というのだろう。……俺には解らない。


 問いの答えに、傍のダンテが悔し気に口を開いた。


「領民のため……。だが領主様よ。今、俺たちの村は生活にも困ってる。理由が分かるか?」


「先の戦に近かった村か? 作物の不作や盗賊の増加、もしくは物資不足と――」


「あんたのせいだよ!」


 堪えきれず、ダンテが叫んだ。その声は牢獄中に響き、痛いほど耳に突き刺さる。

 辺境伯も口を閉ざし、ダンテを見る。怒りのまま、ダンテは続けた。


「あんたは先の戦でそりゃあすげえ活躍をしたんだろう!? 戦に勝ったことは俺らも感謝してる。あんたは国のためにも、俺らのためにも戦ってくれたって.。それは分かってる! だがよ! 『闘将』なんて呼ばれるあんたに憧れて、村を出ていった男たちが何人いると思う!? おかげで村は働き手をごっそり失くしたんだ!」


 牢の中、捕まっている面々の視線がダンテに向く。


 全員が同じ気持ちだ。

 辺境伯には感謝をしている。俺たちを守ってくれたことも、理解はしている。だが、人を惹きつけたが故に、奪っていくものもある。


 訴えたくても、その術がない。今の辺境伯は視察にも顔を出さない。

 生活のために畑を耕す合間に何度も砦には行った。だが騎士は「将軍はお忙しい」と辺境伯に取り次いでくれなかった。全て、門前払いだった。


 そうしているうちに、ダンテたちが声を上げたのだ。

 こうなったら直接辺境騎士団を狙うしかない、と。


 無茶な話だとは思った。だが、そうなれば辺境伯は必ず来る。必ず、声をぶつける機会がある。

 自分はどうなろうとも、これ以上、家族が苦しむことにはならないように。


 なんの力も持たない俺たちには、この怒りと無力感の行き場が、なかった。

 なんの力もなくても、それでも、行動せずにはいられなかった。


 怒りに拳を震わせ、俯いていたダンテが勢いよく顔を上げ、辺境伯を睨んだ。


「あんたに分かるか!? 幼い子供が鍬を振って、柔らかい皮膚を擦って手を真っ赤にさせる! 年老いた爺婆もこきつかわれる! それがあんた……に……」


 ダンテの声が、勢いを失った。

 賛同の想いでダンテを見ていた仲間たちの視線は、ダンテ同様に鉄格子の向こうに向いた。


 木箱の上に座り、項垂れ、頭を抱えた辺境伯が、そこにはいた。

 その隣ではバールートという騎士が頬を引き攣らせ、「ああ……」と言葉が出ない様子で視線を彷徨わせている。


「えー……ランサ様。大丈夫ですか……?」


「……増えたな、とは思っていた。戦後処理に追われてまだ全ての名簿に目が通っていないが。そもそも、決定を後に回した者もいるだろう!? 村へ帰っていないのか!」


「町に残ってるんじゃないですかねー……?」


「即刻帰せ」


「そんな無茶な……。ってかそもそも、ランサ様がカランサ国の砦を襲撃して相手の主要首級何人も斬って、語り継がれるんじゃないかってくらいの暴れた戦いするからですよ! 自業自得!」


「そうか分かった。今日の仮眠はなしだ。即刻すべての名簿に目を通し、一時村へ帰す」


「それ絶対納得しませんってー!」


 こちらの毒気を抜く会話が続いている。……なんだこれは。

 そう思うのは牢の中の全員が同じだ。


 怒りをこめてぶつけたダンテですら、言葉が続かず呆気に取られている。


「あ、の……領主様……?」


 思わず、仲間の一人が声をかけた。それにはすぐさま辺境伯の視線がこちらを向き、そして、その頭が下げられた。


「すまなかった」


 あまりにもあっさりと、謝罪の言葉が出てきた。

 下げられた頭はすぐに上がり、その白銀の瞳がまっすぐ俺たちを見る。


「入隊希望者が増えたことは、俺も承知している。お前たちのそれほどの窮地にまで考えが及ばず、至らぬ領主で申し訳ない」


「え、や……それは……」


「すぐさま希望者は一時村へ帰らせる。町村で区分けを行い、順に入隊試験を行うようにしよう」


 決死の想いで起こした行動だったが、辺境伯はあっさりと解決させていく。その迷いない判断に、俺たちは驚き、思考が固まりそうになった。

 そんな辺境伯を見て、バールートが首を傾げる。


「ってか、それなら直接ランサ様に言うこともできただろ?」


「砦の騎士は取り次いではくれなかった。辺境伯が留守であることも多かったからな」


 俺がそう言うと、辺境伯は何かを考えるように視線を動かし、すぐに俺たちに戻す。


「お前たちの事情は理解した。家族や仲間、同じ村の者たちへの想いがあったんだな」


「……だとして?」


「それはそれだ。幸い、お前たちの罪は軽い。あとはこちらに任せてもらおう」


 そう言うと、辺境伯は立ち上がる。立てかけた剣を手に、それを腰にさす。

 そこにあるべきであるかのような、そんな姿を見ていると、辺境伯は牢獄を出ていった。






 それから数日後、俺たちが受ける処罰が決定した。

 牢を出され、連れて行かれた先は、辺境伯の執務室。椅子に座る辺境伯の前にある机には、山のような書類の山がいくつも出来上がっているが、それなど一切気にした様子なく、辺境伯は並ぶ俺たちを見て言った。


「辺境騎士団にはお前たちの動機を説明した。その上で、国境警備隊隊長と協議し、お前達には一月、砦で雑用をしてもらうことにした」


「「は……?」」


 下された罰に、仲間の誰もが呆気に取られる。

 そんな俺たちを見て、辺境伯は口許に笑みを浮かべた。


「優しい判断、などと思うなよ」






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