過去話 護衛官の今につながるもの その6
俺は、時々思う。
貴族様の家族の護衛につく騎士とかって、皆、こんな死にそうな鍛錬受けてんのかな……と。
目の前に美味しいご飯。腹が鳴りすぎて、背中とくっつきそうなくらい腹が減ってるのに、目の前の食事には手がつけられない。
「どうした、ヴァン」
「あー……この肉料理、毒入りです。合ってます?」
「根拠は?」
「匂い」
「正解だ」
そう言うと、ジークン様はにやりと笑みを浮かべた。その傍でカネリア様が困ったような笑みを浮かべて、スイ様が「え!」って驚いてる。
……この人は、家族との食事の時間になんて課題を出してくるんだ。ほら見ろ。ラグン様が顔を歪めた。
食べようと思って切り分け、口に運ぼうとした瞬間鼻が感じた違和感。
どうやら正解だったようで、ホッとすると、見破ったご褒美に、料理長が別の皿を持ってきてくれた。
こういう毒の見分け鍛錬も、ここ最近始まってる。
最初は、一切合切そんな事考えなかったから、食事の後に腹を壊した。
料理長が変な食材使うわけないから、俺はまさか……と思った。
貴族の身を守る。それはなにもいざって時の腕っぷしだけじゃない。
カネリア様のおかげで、俺に合わせて組み直された座学。それが始まる前には、改めて、ジークン様から、俺が習うべきことを教えられた。
その中に、これが入っていた。
あったけど、こういう鍛錬だったとは……。
いや。そりゃ、いつも出されないのに、いきなり「おやつだぞ」とかって出されたらそれはそれで怪しいし、俺も構えるけど。
ジークン様は常にそうだ。護衛仕事のために必要なことは、常に生活の中に紛れ込ませる。
ユラットさんの奇襲も。こういう毒も。
護衛は常に気を張る仕事だ。主人が動けば護衛も動く。主人の生活の中で、護衛も動く。
狙ってくる相手はどこから来るか分からない。わざわざ「行きまーす」なんて言ってくれない。
だから、ジークン様のこういう罠は、嫌なやり方だけど理解できる。
食事に毒っていうのは、色々ある貴族が身を守るために気を付けないといけないものの一つらしい。
ジークン様の兄は一般街の平民暮らしだし、こういう危険はないだろうけど、一応損はないってことだろうな。
おかげで、俺も感覚を鍛えられてる気がする。
見分けられたことにホッとしながら、俺は毒の入ってない肉を口に入れた。美味い。
でも。今は嗅覚が働いて見分けられてるけど、匂いのしないものもあるだろうし、他にも見分け方を覚えないとマズイ。じゃなきゃ、段階を上げるジークン様の餌食になる。
それは、断固回避だ。
一番いいのはやっぱり、実際に作ってるところを見ること。だけど厨房なんて毎回入れるものじゃない。
疑ってますって言ってるようなもんだし。
何か身につけないとな……って考えながら、ここ最近の俺の食事の時間は過ぎていく。
「ヴァンは大変ね」
「そうなんですよ」
スイ様とラグン様との時間、スイ様は俺を見てしんみりとした様子で言った。本当にそうだから心底同意して頷くと、ラグン様も肩を竦める。
「でも、ヴァンがとても頑張ってるって、お父様も言っていたの」
「そうなんです?」
それは多分、娘の前だからだろう。俺にはいつも厳しいから。
俺が求められてるのは、ジークン様が求める基準。鍛え初めて数ヶ月経つけど、まだまだだ。
明確な鍛錬の時間じゃなくても、偶にユラットさんが襲ってくる。昼夜問わずだ。撃退するまで終わらない奇襲に俺は本当に疲れてる。
偶にラグン様が一緒の時にも襲ってくる。これは絶対にジークン様の命令だ。護衛という役目を認識させるためだと思ってる。
「そういやちょっと気になってるんですけど、お二人は従姉妹に会った事あるんですか?」
ジークン様の兄君、ディルク様というらしいけれど、その方には二人の娘さんがいるらしい。幼くして母を亡くし、今は父親と一緒に暮らしてるとか。
そんな姉妹は、ラグン様とスイ様の従姉妹にあたる。まあ、王都にいるらしいから面識はないかなと思ってはいるんだけど……。
案の定、ラグン様がすぐに否定した。
「ない。いるというのは父上から聞いて知っているし、父上はよく叔父上の話をしてくださるから、知らないということはないけど」
「私も。会ってみたいって思ってるの」
ディルク様の護衛となると、必然、その娘の護衛も含まれる。
俺一人で三人の護衛は大変だけど、俺と似た歳の子供らしいから、その子らメインの仕事になるかなとは思ってる。
ここへ来たばかりの頃は、何で俺、とか、他にもいるだろう、とか思ってたけど、ジークン様が俺を選んでくれたんだと知ってから、ちょっとは護衛仕事も前向きに検討してる。
昼寝付きは譲れないけど。
「そういえば、ヴァン」
「何です?」
「午後の授業、これまでお前がサボりすぎた分を取り戻すため、今日は父上が先生だそうだ」
「うげっ」
改変された俺の座学だけど、眠いのは変わらない。鍛錬の後はやっぱり眠い。
でも、内容は理解できるものだし、ちょっとずつは進歩してると思うんだけど。でもま、苦手なものは苦手だ。
……午後の座学、寝ることも逃亡することもできなさそうだ。しんどい。
「――で、ここまでは理解できたか?」
「おー、成程。解りました」
「よろしい」
午後、始まったジークン様の授業。
正直に言う。思ったより分かりやすい。
今日の俺に睡眠と逃亡の選択肢はない。そんなことをすれば後ろのユラットさんから何が飛んでくるか分からない。
……それが一番怖い。
最初はびくびくしてたけど、時間が経てば思ったより分かりやすい授業で、こっちに集中できた。
そして、なんとか切り抜けた俺は、その後、ジークン様の部屋に呼ばれた。
「何ですか? 俺、授業ちゃんと受けましたけど……」
「当然だ。さぼってみろ。椅子に縛り付ける」
拷問だ。逃げられない。
頬が引き攣る俺を見ても、ジークン様が口角を上げてる。
冗談じゃない。俺が寝てたらやられてた。
そう思ってると、ユラットさんがテーブルに細長い包みをそっと置いた。
「開けてみろ」
そう言われ、俺は、目の前の布をそっと除けていく。布越しでも中に硬い物が入ってるのが分かる。
それを全部除けたら、一振りの剣が姿をみせた。
見た目は素朴だ。キラキラ装飾もないし、ユラットさんが持ってるような高価そうな装飾もない。
けど、安価じゃない。鞘の色艶や目を引くほどではない装飾など、絶妙な存在感を放ってるのが分かる。
「えっと……これは?」
「やる」
「……へ?」
「お前の剣だ。今後必要だから作らせた。まだお前は成長期だから今後の成長を見据えて、扱いやすいだろうものにしておいたが、その時、不備を感じれば言え。すぐに打ち直す」
さらっと凄い言葉が出てきたせいで、俺の頭はいまいち動かない。
けど、これが俺の剣で、その為に作らせたものだってことは解った。
けど、それを手にとるのはちょっと躊躇う。
「いいんですか……? 俺が使うってだけで、こんなもの作って。それこそ売ってるものでも……」
「私が引き取ったお前に渡すものくらい、私が用意する。当然の義務だ」
……そうなのか。貴族って大変だな。
ただの拾い子にここまでのものを用意しないといけないなんて。
ジークン様を見てると、これを断るのはできないって分かるし、剣が必要になるのはその通りだから、俺はちゃんと受け取ることにした。
「じゃあ……いただきます」
手に持つと、ずしりとした重さが伝わってくる。
今の俺にはまだ少し重い。成長して、これを使えるようにならないといけない。
けど、なんだろう。不思議だ。
俺の剣だって作ってもらって。これを手に取ると、急に、護衛の仕事をするんだって意識が芽生える。
この剣で。誰かを守るんだ。
誰かの為に、この剣を使うんだ。
それが、ジークン様の家族想いな任命でも。それでもいい。
守ることになる人がどういう人なのか、まだ分からない。
だけど、守りたいって思える人なら、いいな。ジークン様の兄なら、ちょっと性格に不安はあるけど。
でも――……。
「その剣を不足なく振るえるよう、きちんと体をつくり、腕を磨け」
「了解です」
「明日は領地視察に同行しろ。ラグンの護衛だ」
「……了解です」
♢*♢*
「――それからはまぁ、鍛錬漬けになって。お嬢たちが公爵邸に来た時に初めて会ってって感じでしたね」
「そういえば……。あの時は、叔父様も一切、ヴァンを後々にうちに来させるなんてこと言わなかったっけ」
「言えば旦那様が拒否するのが分かってましたしね。俺も言うなよって釘指されましたし」
ジークン様の徹底ぶりはまぁ、凄かった。使用人にもラグン様たちにも口止めして、旦那様にバレないようにして。
ジークン様は旦那様に弱いから、いらないって言われると強く言えないところがある。本当に公爵かって、俺は何度も思った。
「成程。常時狙われる上、食事に少量の毒とは……。ティウィル公爵もよほど本気だったんだな」
「全くです。それが全部活きてるっていうのがちょっと微妙な心境ですけど……」
ちらっとお嬢を見れば、うっと詰まったような顔をして、俺から視線を逸らす。そうなんですよ。お嬢が動き回ってるのが大体の原因なんですよ。
俺らを見てランサ様が喉を震わせてる。
「でも、ヴァンがすごく苦労したんだって、よく分かった」
「でしょう? ご当主がどれだけお嬢たちに甘いのか、分かりました?」
「……うん。それに、ヴァンにも優しいって分かった」
「どこがですか。年中地獄の日々ですよ」
理解できない言葉を発して、お嬢がクスクス笑ってる。その隣でランサ様はどうしてか肩を竦めていた。
そんな二人見て、俺は怪訝と首を捻るしかなかった。
ジークン様に拾われ公爵邸で過ごした。その頃はまだ、ただの護衛だとしか思ってなかった。
王都へ行って、お嬢たちと暮らすことになって。お嬢のお転婆に手を焼かされて。護衛の仕事を増やされて。
そういう日の中で、ただの護衛仕事が、俺の意思でやりたいことになって。
駆け回るお嬢に連れまわされて、この人のためにと、想うようになって。
俺の人生は振り回されてばかりだ。だけど、出会いはたぶん、いいものばかりだ。
ジークン様に拾われたのも、今になって思えば恵まれたいいことだった。色々仕込まれて出されたけど、ジークン様には感謝してるし、恩人だ。
今も俺を息子のように想ってくれてるカネリア様も、弟だって言ってくれるラグン様も、今も公爵邸に居た頃と変わらず接してくれるスイ様も。
俺にとっては、恩のある人たちだ。
この恩に報いることができるなら、俺にできることをしたいと思ってる。
「今度王都に行った時、叔父様に会いに行こうね」
「お嬢が行くなら俺が行かないわけにいかないじゃないですか。「お前仕事放棄したな」って殴られますし」
「ユラットがいれば、ティウィル公爵は追加鍛錬を命じそうだな」
「うわっやだっ」
ランサ様が笑って言うけど、俺にはなかなかのダメージだ。
それを見て、お嬢が「もうっ」と言いつつも、なんでか楽しそうに嬉しそうに笑っていた。
あまり深く書けませんでしたので、追加のお話を少々。
ジークンは自分が用意した使用人に裏切られた経験から、同じように公爵家から使用人を送ろうとは考えず、貴族に縛られない信頼のできる者を探しました。
リーレイやリランという子供がいるので、護衛を務められる年の近い子ならと考え、孤児院や身寄りのない子を総力をもって調べ回りました。名前や性格まできっちりと。そこで、候補に挙がったうちの一人がヴァンでした。
実際に目で見るため向かい、剣術遊びの腕前と態度から、ヴァンにすると決断。
なので、当初のジークンは「ディルクたちの力になってくれ、貴族に関心がなく、護衛を務められればいい」と思っていた時期もありました。
それを崩したきっかけの一つが、カネリアでした。
カネリアは、ジークンに「ディルクたちのために護衛を捜し、屋敷で鍛える」と伝えられた時から、我が子同然に接すると決めていました。その意思そのままに、ヴァンのことは息子と思って接しています。
ラグンともスイとも性格も育ちも違うので、カネリアもヴァンの育て方には悩みつつも、ヴァンの気持ちは聞くようにしていました。そういうカネリアなので、ヴァンはちょっとむずがゆかったりしたみたいです。
ジークンが仕事で忙しく、子供と接する時間があまりとれない人なので、二人の時には積極的に子供の話をしています。
ラグンやスイのこともよく話し、ヴァンが来てからはヴァンや三人で遊んでいることを話しました。ほぼほぼヴァンは話に出てきました。なのでジークンも、子供三人が揃っていると、当初思っていた気持ちにも変化があったみたいです。
もっとも、ヴァンはジークンを「親」というより「恩人」と思う気持ちが強いので、ラグンやスイの方が「兄妹」として積極的に関わってくれる家族に近い存在かもしれないと、恐れ多いけど、自分でも頷けるらしいです。
ユラットは公爵邸で一番の剣の使い手であり、ジークンの命令に忠実です。
ジークンからの「ヴァンを鍛えろ。負けは許さない」という命令に従い、ヴァンを誰にも負けない男にしようとしている節があります。なので、公爵邸にヴァンがいれば隙は許しません。一応加減はしながら常に狙います。
本編でティウィル公爵家の狩りに参加した時のように、ヴァンが公爵邸に居れば鍛えてやろうとしますが、ヴァンが逃げるので、鍛えられていた頃の再現となりヴァンは悲鳴を上げています。ジークンは止めません。ラグンも止めず、ちょっと懐かしがってます。
ラグンは子供の頃、ヴァンといるとユラットに狙われたりもしましたが、ラグンには事前にジークンから説明がされていました。なので、ラグンは動揺しませんでした。
いつだってヴァンが守ってくれたので、頼もしくもあり、右腕になってほしいと思った時期もあったようです。今は、リーレイを任せられる頼もしい護衛として信頼していますし、弟だと思っています。
新作品を作りましたので、お知らせいたします。
『慎まし令嬢が目立ちたくない理由』https://ncode.syosetu.com/n0302ir/
平凡な貴族令嬢ラウノアには、目立ちたくない理由がある。しかしある日、伯父に養女として引き取られることになり、嫌々ながらも頷くことに。心優しい伯父一家と過ごすが、社交界では目立ってしまい、さらに生家の問題が襲いかかる。
目立ちたくないラウノアは、目立たないように奮闘していくけれど……?
よろしければ、こちらの作品もどうぞ。




