過去話 護衛官の今につながるもの その4
「ヴァン。何をしている」
庭で転がってた俺の耳に聴こえた声。身を起こして見れば、こっちにやって来るジークン様がいた。
だけど、そんな様子にちょっと驚く。
いつもなら、ジークン様の傍には誰かが付いてる。だけど、今は誰もいない。
正真正銘、一人で俺の傍に来た。
だから、ちょっとびっくりして、思わずジークン様を見ると、怪訝そうな目で俺を見返してくる。
「なんだ」
「いや……お一人ですか?」
「あぁ。仕事の合間だ」
えー……そんな大事な時間に何で俺の所に来るわけ?
疑問しかない俺の傍に、なんでかジークン様が腰を下ろす。だから余計に驚いた。
貴族様が芝生の上に座るとか、あるのか……。そういうのは庶民の楽しみだと思ってたけど、違うらしい。
「腕を上げているらしいな。ユラットが言っていた」
「そりゃまぁ……無理やり鍛錬させられてるんで」
「嫌なら出て行くか?」
フッと軽く笑うような声で言われて、少しだけ、変な気持ちになった。
屋敷の庭に吹く風は、芝生を揺らして気持ちが良い。
いつもなら。孤児院に居た頃なら、絶対に昼寝してた、そんな日和。なのに、今の俺にそれは許されない。
嫌……なのか、俺にも分からない。
だけど、嫌なら絶対、ここに居たくないと思ってる。
そうは思ってない。ラグン様もスイ様も、カネリア様もいい人だ。ジークン様も、服も食べ物も上等なものをくれるし、理不尽に俺を怒ったこともない。
この人たちはいい家族だ。……多分、いい貴族だ。
だけど、そうなら。
そうなら、なんで俺を拾ったのか、分からない。
「……俺が出て行ったら、別の子供を拾うんで?」
自分でも、なんでこんな事を聞くのか分からない。
なんだか、胸が痛いような、気持ち悪いような。ただ無性に、変な感じ。
俯いた俺には、ジークン様の顔なんて見えない。芝生の上の俺の影しか、見えてない。
「まぁ確かに、別に、俺じゃなきゃダメってこと、ないですしね。出て行っても貴族様なら困らないでしょ」
……そうだよ。
俺はただ、ジークン様が気まぐれで決めた、兄家族のための護衛でしかない。いつかはここを出て行く身で、替えの利く子供だ。
あぁそうだ。そうだよ。
だから俺は――
「替えが利くなら、領地中の教会や孤児院の子供、保護されていない孤児の有無、各町村の家族形態。全てを調べ回ってはいない」
「……は?」
「探し回ってやっと、お前を見つけた。――お前が、やっと見つけた唯一の人間だ」
……この人、兄家族のためにどこまでやってんの?
驚きより、唖然とする方が強い。
「……そんなことまでやってんの?」
「当然だ。もう、あんな失態は犯すものか」
「失態……?」
「以前、兄上たちの為に使用人を用意したことがある。が、全員が仕事を放棄、出て行った。義姉上を喪った悲しみに暮れる兄上たちを残して」
怒りを滲ませながら出てきた言葉に、俺は返す言葉が出なかった。
……なんだそれ。悲しんでる家族ほっといて、そいつらは出て行ったのか。
使用人はこの屋敷にだっている。メイドとか下働きとか、執事とか料理人とか。とにかくそれぞれ別の仕事をしてる人たちを、俺だっていつも見てる。
大変な仕事だと思う。だけど、嫌々働いてる顔をしてる人も、仕事を雑にする人も、見たことはない。俺なら無理だなって、見てて思うから、そういう仕事をする人はすごいと思う。
なのに、逃げだす奴もいるのか。
そんな家の事をあっさりと俺に喋るジークン様にもびっくりだけど、俺は、なんとなく、ジークン様がわざわざ孤児院まで護衛を捜しに来た理由が分かった気がする。
「俺も、そうするかもしれませんけど?」
「ごく平凡な一般家庭での暮らし。危険も比較的少ない王都での護衛仕事。衣食住に加えて昼寝付きの好条件だが?」
「うわっ引かれるっ」
ちょっと心が揺らいだ俺を見て、ジークン様が笑った。
けど、俺はちょっと疑問が浮かんだ。
「ってか、ジークン様の兄なんですよね? 平凡な一般家庭ってどういうことです?」
「家を出たからな。今は王都の一般街で、ごく普通の平民として暮らしている。籍だけは外していないからティウィル公爵家の家名を名乗れるが、生憎と、そうしない人だ」
そうだったのか。てっきり、領地のどっかに別の屋敷があって、そこに暮らしてるのかと思ってた。
王都の一般街で、普通の平民か……。想像とは全然違うけど、そうなのかって思うくらいで、それ以上はない。
むしろ、こういう貴族様って感じの屋敷より、孤児院に近いそういう場所の方が、多分俺には合ってる。
「そういうわけだ。お前が逃げても逃がすつもりはないから、安心して鍛錬しろ」
「いや、なんにも安心できないんですけど」
どっちにしろ俺に選択肢はねえじゃん。
そう思って隣を睨むけど、ジークン様には効かない。
でも、なんだかちょっとだけ、話をする前よりも気持ちはすっきりしてる気がする。
俺だから。替えなんてない。そう言ってもらえるのが嬉しいことなんだって、俺は初めて感じた。
俺は両親なんて知らない。物心ついた時から孤児院での環境しか記憶にない。
両親は、俺なんていらなかったんだろう。俺を必要だとも、愛そうともしなかった。それだけの、よくある話。
俺は別に、そういう両親をどうも思ったことはない。だって顔だって知らないし、恨んだって、怒ったって、仕方ない。
そういうことを考えるなら、気持ちよく昼寝がしたい。
けど。だけど。
こういう気持ちも、あるのか……。
「……まあ。もうちょっとだけ、鍛錬します」
「よろしい。今後、鍛錬の難度を上げていくから気を抜くなよ」
「うげっ」
最後にイヤな一撃をよこしたジークン様は、ひらりと手を振って屋敷へ戻っていった。
そんな背中を見送って、なんとなく空を見上げる。
青い空。浮かぶ雲。樹の枝の合間から見える光が眩しいけど、気持ちが良い。
「もうちょっと、頑張ってみるか――」
「サボってる」
「ぎゃっ!」
いきなり聞こえた背後からの声。がばりと振り向いたらそこにはユラットさん。この人、気配を抑えるのがうますぎて怖い。
その目が俺をじたりと見てくるから、俺はそーっと目を逸らし……
「鍛錬再開。一撃与えるまで、ご飯なし」
「鬼!」
容赦なく繰り出された蹴りを皮一枚で避ければ、突然の鍛錬が始まった。
この日、俺が飯にありつけることはなかった。死ぬかと思った。
日が暮れてもしばらく鍛錬は続いて、結局夕食には間に合わず。時間の問題で途中終了にはなったけど、飯なんてあるわけがなかった。
部屋のベッドに疲労で動けずに倒れ込んでると、ラグン様とスイ様がやって来て「内緒だぞ」って夕食を詰め込んだ弁当をくれた。いつもより美味かった。
だけど俺は、飯抜きの意味を解ってなかった。
翌朝。朝食より早い時間、夜が明けるような時間に気配を殺した夜襲を受け、朝食をかけて鍛錬する羽目になった。
睡眠は、一時休戦でしかないらしい。




