過去話 護衛官の今につながるもの その2
「ねえ、ヴァン。叔父様に引き取られてから、どんな苦労があったの?」
ある日の昼間、お嬢がそんな事を聞いてきた。
お嬢の隣にランサ様も居て、今日は休日を一緒にのんびり過ごしてる。
そんな時にお嬢から出た言葉に、ランサ様も俺を見て、俺はお嬢を見た。
何で急に? 俺が苦労してたことは知ってても、今まであんまり聞いてこなかったのに。
お嬢は俺を見て、ちょっとムッとした顔をした。
「ヴァン。何でそんな事聞くの、みたいな顔しない。ヴァンは叔父様に厳しくしてもらってたんでしょう? ほら。長い苦労話になるからって、今まで聞けなかったけど」
「えー……それ今聞きます?」
「駄目なの?」
いや別にダメじゃないですけど……。
俺はちらりとお嬢の傍にいるランサ様に視線を向けた。俺の言いたいことはすぐに解ったのか、ランサ様も俺を見て頷く。
「どういう鍛錬を受けたのか、俺も聞きたいところだ」
……この人、絶対に俺の苦労を辺境騎士団で採用させる気だ。
さすが『将軍』というべきか。かつての苦労を再び目にすることになると嘆くべきか。ちょっとこれは難しい。
「えーっとですねー……」
……そういえば、お嬢は先日、ラグン様との手紙で俺の事を書いてるって話してた。その頃にちょうど俺も、ツェシャ領へ来る前のことを思い出してた時があった。
なんとなく空を仰いで見れば、いつか見たような青空が広がっていた。
♢*♢*
どこまで広がってるんだろうって思うくらいの青い空。白い雲がぽつぽつとしかなくて、突き抜けるような感じがする。
そんな空からちょっと視線を下げれば、見た事ないようなだだっ広い庭と、どれだけデカいんだって屋敷が建ってる。しかも何軒かあるし。
庭ってこんなに広いもんなのか。野菜とか作ってないのか。
家ってこんなにデカいものなのか。何人で暮らしてんだ。
なんか色々、思う事は色々あるけど、とりあえずあんまり言葉も出て来ない。
人生初、貴族様の屋敷へ来てしまった……。
「ここが我が屋敷だ。お前の衣食住もここで保証する」
「えーっと……貴族様ってこういうのが普通……なんですか?」
「立場と責任に付随するものだ」
「そういや俺、アンタの名前知らないんだけど……ですけど、誰?」
俺は、至極当然の反応をしてると思う。
俺は元々、こんな貴族様とは関係ない場所で暮らしていた。
ラーシュ領にある小さな孤児院。そこが俺が暮らしていた家だ。他にも子供が沢山いて、世話してくれる大人もいて、領主様からちゃんとお金ももらって、皆で生活してた。
そういう、毎日だったはずだ。
孤児院の歳の近い同士で剣術遊びをしてた時、いきなりやって来たこの貴族様。
子供の誰かを引き取りにでも来たのかって、偶にある事だからそう思ってた。なのに――…
『剣は好きか?』
『まあ……。負けるの嫌だし』
『騎士になろうとは思わないのか? 孤児院の子でも、援助を受けて、王都の学園で学ぶ事は可能だろう』
『そんなのになったらなんか面倒くさそうだからヤだ。自分がやるって思った時にやれればそれでいいし、騎士になったら昼寝できないし』
俺はただ、思った事を言っただけだ。
なのになんでか、答えたら「よし。君にしよう」って言われて誘拐された。院長もびっくりしてた。他の子もびっくりしてたり、明らかに貴族様って相手に「やったな!」って喜んでた奴もいた。俺は別に嬉しくない。
そしてそのまま、ひょいと馬車に放り込まれて連行された。
どうやら俺は、この人の家に行くことになったらしい。
らしい、けど、この人は別に子供が欲しいってわけじゃないらしい。
『私の尊敬する兄家族を守る為にお前を強くする。いずれはそちらへ行かせるから、お前は屋敷では養子でもなんでもないが、衣食住は保証する。精々強くなれ』
……正直、誘拐同然だと思ってる俺は、この人が言ってる意味が解らない。何言ってんだこの人。
そして連れて来られたのはこの屋敷。明らかに貴族様すぎて正直もう疲れてる。
だから、ものすごく今更な疑問が浮かんだ俺は、それを隣の貴族様に聞いた。
生まれて初めて乗った馬車を降りて。目の前の屋敷に言葉も出なくて。俺は隣の貴族様を見上げた。
そんな俺に返ってくるのは、貴族様の一瞥。
「ジークン・ティウィルだ」
「へー。何か聞いたことある。あ、俺はヴァンです」
「行くぞ。君を皆に紹介しなければいけない」
歩きだした貴族様に、俺は仕方なくついて行く。
俺の他にも貴族様についてる人がいて、なんかきっちりしてる服着てる人もいれば、腰に剣を佩いてる人もいる。
この時の俺はまだ、分かってなかった。この隣の貴族様が何者なのか。
屋敷の扉を開けて早々、使用人が並んで出迎え、そこに女性と、俺と似たような歳の子供が二人いた。その人達は貴族様の家族らしく、いきなり来た俺だったけど、三人は快く迎えてくれた。
俺と似た年の男の子はラグンだと名乗り、年下の女の子はスイだと名乗った。二人は兄妹らしい。
「父上に話を聞いた。今日から一緒に暮らすんだって。名前は?」
「ヴァン。えーっと……よろしくお願いします……?」
「一緒に暮らすんだから、ヴァンは家族?」
「いや俺は――」
「そんなものだな。スイ。ヴァンは俺達とは違う生活だっただろうから、ゆっくり仲良くなるんだぞ」
いや家族じゃない。別にこの家の子供だってことで引き取られたわけじゃない。
そう言いたいのに、目の前の女の子がキラキラした目をするから、あんまり強く言い返せない。
兄の言葉に素直に頷く妹だけど、もうちょっと俺の話も聞いてほしい。
二人の母親らしい女性は、挨拶する俺たちを見て微笑んでいた。
「旦那様。では、この子を我が家に?」
「あぁ。だが、ティウィルの家名は与えない。いずれは兄上の元へ行かせる」
「承知しました」
女の人はすごく丁寧に貴族様に頭を下げていた。
なんか、貴族様って大変なんだな。俺が知ってる大人とは全然違う。
そう思ってると、女の人は優しい目をして俺を見た。
「ヴァン。いずれ義兄様の屋敷へ行くとしても、引き取った以上、家名や血のつながりなどなくても、ここでは息子として扱いますからね」
「はぁ……」
家名とか血とか、俺には分からない。
けど、女性と貴族様は分かってるみたいだし、貴族様も俺を見てる。
この屋敷での態度ととか、女性との会話とか、この人はなんだか偉そうだ。
そう思ってふと、何かが引っかかった。
「――ん?」
ティウィル……? 家名?
えーっと……。勉強は苦手な俺だけど、孤児院がどの領地にあるとか、領主様が誰だとか、一応暮らしに関係あるからって院長先生とかには教えられてる。
そういえば、そんな名前が……。確か五大公爵家とかっていうよく分かんないけどとりあえず偉い貴族様だった気がする。
つまり……
「……え。俺、すげえ面倒くさい所に来た? 帰っていい?」
「駄目だ」




