日常話 結婚祝いがまだでした その2
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「そっちもいいけど、そのイヤリングならこっちの色がいいんじゃない?」
「飾りすぎるのも似合わないから。やっぱりシンプルにいくべきかしら?」
「靴の踵は高くしなくても十分よ。リーレイちゃ……夫人のスラリとした身を活かすべきだわ」
私の回りで店の皆さんがとても熱心にあれこれと仕事をなさっている。
いつかのような光景に、私は口を出せず黙ったままされるがままにしている。……やっぱり苦手だ。
ランサと揃いでと、一着はドレスを決めた。けれど私にはもう一着選ぶという使命が残っている。
以前、アンさんに一着仕立てて頂いた、あれが結婚祝いだと思ってたのに……。だから、せめて買うと言いたかったのに、まさかこうなるなんて。
祝いや厚意は、素直に受け取った方がいいと、身に沁みて理解した。
ため息がこぼれてしまうけれど、そんな私の回りにはドレスや生地や宝飾品がまだまだある。
どれもこれもお高い物なのが一目で分かる。宝飾ひとつとっても価値は計り知れない。
私の回りであれこれと吟味していた皆さんは、不意に互いを見て何かを決めると、ささっと行動に移す。
個室から出て行った一人がさらっと連れて来たのは、どうしてかランサだ。
その姿に私も驚いて、ランサも何事かって訝しむ。そんな中で、アンさんがクスクスと喉を震わせた。
店主に目もくれず、皆さんはランサに向けて……
「リーレイちゃ……ごほんっ。奥様のドレスを、僭越ながら選ばせていただきました。イヤリングはこちらの色合いで、ネックレスにはこの宝石をと考えております」
「ドレスは裾の広がりは抑え、スラリとした身を活かすものとするか。他にも控えめに裾を広げるものもございます」
「「何かご要望はございますか!?」」
身を乗り出さん勢いの皆さんの声が部屋に響いた。
ランサも驚いたのかぱちりと瞬いている。だけどやっぱり、アンさんは楽しそうに笑っている。
「……それをなぜ俺に問う。リーレイに決めさせないのか?」
「「ここまで選べました。ですがこの先になるとリーレイちゃんは私達の言葉に頷くばかりなのですっ!」」
「す、すみません……」
私は平民の暮らしが身に沁みついていて、こういう店で高い品を選ぶのには未だに慣れない。……多分今後もそうだろう。
だから、品を良く知る皆さんの言葉に頷いてしまうばかりだ。申し訳ないんだけど、私には善し悪しが分からない。
だから皆さんは、私が頷き少し我儘を言った末に選んでくれた品を今目の前に出してくれている。けれど、最終決定を下すには押されて頷くと思ったんだろう。
私でもそう思う。だって皆さんが用意してくれた物はどれも素晴らしい物で、ここから選ぶのは難しい。誰かが選んでくれればいいけれど、皆さんは立場上それは出来ない。
私だって自分の好みで選ぶ。目の前の物はどれも好みに合っていて、それでいて素晴らしいんだ。選べない。
だから、皆さんがランサを連れて来たのは正解だ。
そしてランサも皆さんの言葉に納得の表情を見せ、私を見てクスリと笑った。……笑われてしまうと恥ずかしくて顔を見れない。
「そうだな……」
ランサは言いながら品の前に立つ。そして皆さんが見る中、品と私を交互に見た。
「リーレイは背が高いから裾は広げなくても似合うだろうな。だがダンスを踊るような時は広がりがある方が華やかでもあるし動きやすいだろうから、その方がいい。淡い色では可愛らしさが出てしまうから、落ち着いた色合いがいいな」
「承知しました」
「それから宝石だが、色はない方がいい」
「と、仰いますと?」
「宝飾品の色は透明か銀が一番いい。それ以外のものを付けさせたくない。それでは俺の色ではない」
「っ!」
「ドレスに使えない色なんだ。せめてそこだけは俺の色を使ってくれ。リーレイ」
……もう、やめてほしい。
皆さんの視線が痛い。小さく感激や歓声か分からない声が漏れ出ていて、全部刺さって来る。加えてランサが私を見て微笑むから、これも悪い。
ランサの決定に私もなんとか頷いて、皆さんが生き生きと作業に入る。
と、アンさんが笑いながら私の傍にやって来た。
「ふふっ。大丈夫? リーレイちゃん」
「……これからは全部自分で決められるようになります」
「頑張って」
救いは救いじゃなかった。自分でするのが一番平和だ。
そう決意して、私は大きく肩を落とした。
それからアンさんや皆さんと会話を楽しんで、お店を後にした。
アンさんは「いつでもおいで」って言ってくれて、皆さんも「またね」って言ってくれて。私は終始楽しかった。
楽しい気持ちのまま、帰りの馬車の中でホッと息を吐いた。
「疲れたか?」
「ううん。皆さんに久しぶりに会えて嬉しかった。ありがとう、ランサ」
「俺は何もしていない。あちらからの申し出を受け取っただけだ」
そう言うランサも微笑んだ。
アンさんの店に行かなくても屋敷に呼ぶ事だってできたはずだ。だけど、そうしなかった。
店だったからこそ、皆と久しぶりの話ができた。私が辺境伯夫人になったから接し方は変わっても、皆さん私が働いていた頃と何も変わってない。その空気が嬉しかった。
「リーレイは、どういう経緯であの店で働く事になったんだ?」
首を傾げてそう問われ、少し懐かしい頃を思い返す。
「ヴァンが城で働くようになってしばらくした頃だったかな。私も働こうと思って、少しでも給金がよさそうな場所を探したの。貴族街に近い店ならいいかなと思って」
普段足を運ばないような場所まで行ってみた。だけど品の良い店はなかなか足を踏み入れるのも難しくて。飛び込んで断られるのも何軒も経験した。
それでも勇気を振り絞って、品の良い店構えだけど少しだけ入りやすそうな店に何度も飛び込んだ。
「何軒目かで飛び込んだのがアンさんの店だったの。子供一人の来店を不思議に思ったアンさんが話を聞いてくれて。思い切って「ここで働かせてください」って言うと、驚いて、笑って「いいよ」って言ってくれて」
「そんな飛び込み仕事探しに遭ったのは、彼女も初めてだっただろうな」
「うん。そう言われた。でも……とても良い人で。私が家事も金銭管理も出来るって言うと、仕事を任せてくれて。店の皆さんも親切で。アンさんは店の皆にも姉さんって慕われてるんだけど、私にとっても姉さんみたいな人だったの」
いつも気にかけてくれて。リランと私にってお菓子をくれたりして。
ずっと。働いていた頃から。今だって。気にかけてくれる優しい人。
「そうか。リーレイは本当に王都に知り合いや友人が多いな」
「そうかな……。家の近くは皆が顔見知りだし、市場にも多いけど。ランサだって町の皆さんにいつも囲まれるでしょう?」
「苦情も少なくないぞ?」
「でも、皆ランサを領主様って慕ってる。じゃなきゃあんなにも気心知れた風に声なんてかけないもの」
ツェシャ領で見るランサと領民の光景が好きだ。
領主として毅然としながらも、領民の声を聞き逃すまいと耳を立てるランサ。頭を下げつつも平身低頭になりすぎず、胸の内をきちんとランサに伝える領民。
貴族は平民よりも立場が上だ。
それは、その生活を守りながらまとめる故の立場であって、対等になりすぎれば統率がとれず領内が乱れる要因にもなる。立場には相応の責任がある。
ランサは『将軍』としての一面から領民をまとめるのも上手い。それに領民も『将軍』を信頼している。それが領主としての立場や仕事にも通じていて、だからこそ、ランサも慕われている。
私が言うと、ランサは優しい表情を浮かべて私を見た。
「リーレイにそう言ってもらえると嬉しい。リーレイは本当に……いつも俺を救ってくれる」
「私の方がしてもらってること多いけど……あ。でも。もうドレスはいいからね?」
「それは残念」
そう言うランサは何もそう思っていないように見えるから、少しだけ分かってるのか疑わしい。じーっと見ても笑顔のままだから余計に。
「ランサには、兄や姉のような方っている? シャルドゥカ様?」
「アイツをそう言いたくないな……」
ちょっと悪戯心で言うと、ランサの顔が歪んでしまう。そんなランサにはどうしても笑ってしまう。
「殿下が以前仰ってたよ。シャルドゥカ様は兄のような存在だったかもって」
「あんな兄がいて堪るか。そうなると恐れ多くも殿下も兄弟のような存在になってしまう」
「ふふっ。楽しそうな兄弟だね」
想像しても微笑ましい。苦労しているらしいランサは末っ子なのかな?
クスクスと笑ってしまう私の傍で、ランサは少し考えながら言った。
「リーレイにとってのラグン様やアン殿という存在か……。俺は昔から父上の騎士が近かったから、そういう者達が兄のようだったかもしれない。あの時の俺の直属隊候補生はいずれは部下だから、そういう風ではなかったな」
「そっか。なら兄が沢山いたみたいなものかな」
「かもしれない。……待てよ。そうなると本当に騎士以外ではシャルドゥカしかいないのか? それはそれで何だこの気持ちは……」
ランサが急に眉間に皺を寄せて唸ってしまった。それを見てまた笑ってしまうのだから仕方ない。
久方の王都での、久方の親しい方との再会。
立場が変わっても変わらない繋がりが嬉しく、それを良しと認めてくれるランサに感謝を抱いて、今日という日が楽しく終わっていった。
後日アンさんから仕立てたドレスが届いて、揃いのドレスで夜会に行く日は遠くないと思うと、嬉しくて少し気恥ずかしくなった。




