日常話 結婚祝いがまだでした その1
「リーレイ。少し出掛けないか?」
王都で開かれる夜会に参加する為、王都にあるクンツェ辺境伯邸に来ていた私は、ランサにそう言われて外出する事になった。
ツェシャ領なら馬を歩かせるけれど、今日はどうしてか馬車を使うらしい。
珍しいなと思うけれど、賑やかな王都をゆっくり馬で歩くのも向かないとも思う。王都は人も多いし馬が落ち着かない。騒ぎになれば問題だ。
馬車に乗りこめば、御者台にはヴァンとエレンさん。傍をローラさんが護衛の為付き添う。
車窓から見える外はまだ貴族街で、人がいても静かな光景だ。
馬車での移動なら私の家に行くわけじゃないのかな。一般街に貴族の馬車が行けば目立つから。ランサも我が家へ行く時は馬で行くのが常だから今日は違う目的地なのが分かる。
「ランサ。どこに行くの?」
「秘密だ」
そう言ってランサは微笑む。それを見て問うのはやめておいた。
……なんだろう。ランサが私に秘密にするなんて。
王都で行くような場所なんてあまり思いつかない。我が家じゃないなら、演劇でも見に行くのかな? ティウィル公爵邸? でも招待はされてないし。
うーん……と一人考えていると、そう時間がかからず馬車は止まった。
「着きました」
外からヴァンが扉を開けてくれる。ランサが出て、私に手を差し出してくれた。
そっと片手でワンピースの裾を上げて石畳の地面に足を着き、私は目的地を確認した。
「……え」
見覚えのある店構えに一瞬言葉が出て来なくなる。
上品な店構えは落ち着いた色合いで、貴族街に近いその立地にも相応しい。扱う品々も同様なのだと私はよく知っている。
「ラ、ランサ……ここは…」
「こっちだ」
私の手を取ったまま、ランサは迷うことなく店に向かって歩き出す。
引かれながら、私は思わずヴァンを見た。だけど「何か?」って顔をしたまま首を傾げる。
私は、ランサに王都で仕事をしていたとは話してある。衣裳店の金番をしていたと。
だけど当然、それがなんという店なのかは言っていない。だからその店に連れて来られて私は今とても混乱している。
アンさんの店は王都でも指折りの店だ。だからなにもおかしくはない。……おかしくはないんだけど。
ランサは自ら店の扉を開けた。
「「ようこそおいでくださいました」」
そして、店の方々がまるで待っていたように出迎えてくれた。そんな光景に驚く私の前で、店主であるアンさんが一歩前へ出る。
「ようこそ。ランサ・クンツェ辺境伯様、クンツェ辺境伯夫人。お越し頂けるなんて光栄です」
「出迎え感謝する」
貴族を出迎えるに不足ない礼をしたアンさんは、私を見て変わらず微笑む。
そんな笑みにホッとしつつ、私はそっとランサを見た。
ランサは知ってるの? 店が貸し切り状態に見えるのはどうして? 何を始める気?
言いたい事は沢山で、何から言えばいいのか分からない。
ヴァン達は入り口でこっちを見守るだけで、手も口も出すつもりはないみたい。
助けを求めたい気持ちになっていると、続けてランサがアンさんに言った。
「事前の連絡通り、リーレイの衣裳を仕立てて欲しい」
「!? ちょっと待って!」
「どうした?」
そこでやっと、ランサは私を見る。
思わずランサの腕を掴んでしまったけれど、そんな事は気にもしていない様子でランサは優しい目で私を見る。
「わ、私ドレスが欲しいなんて言ってないよ!? 今でも十分なのにっ……」
「だが、店主から俺達の結婚祝いに是非にと言われたんだ。無下にはできないだろう? リーレイが働いていた店の店主の申し出なら尚更」
「っ、ランサそれいつ知ったの!」
「バールートがここでの件に関わったのを忘れたか?」
そうだったっ……! ランサに伝わってて当然だった!
しまった抜かっていたっ……思わず頭を抱える私を見て、アンさんや店の皆がクスクスと笑った。
「リーレイちゃん。受け取ってくれないのかい?」
「それはっ……! でもそれで以前一着仕立てていただいて……」
「あれはそれまで受け取ってもらえなかった分。結婚祝いはまだしてないけど?」
「うっ……」
したいなぁって風に言われると言い返す事ができない。アンさんにはこれまで随分とお世話になっているし、無理に雇って頂いた経緯もある。だから断るなんてできない。
「そっか…。リーレイちゃんは受け取ってくれないの。悲しいなぁ。せっかくクンツェ辺境伯様とお揃いのものにしようかなって皆で考えてたのに。そっか。いらないのかぁ」
「うっ、あ、うぅ……」
ちらりと悲しそうに見られるともう……私の負けだ。
「……か、買います」
「やった。それじゃあまずはお祝いの方を見て決めてもらって、それからもう一着ね!」
しまった二着に増えた!
あぁぁ……と頭を抱える私に皆も笑い、ランサも笑っていた。
♦*♦*
店主アン殿から申し出があったのは、俺とリーレイが結婚したと知られて少しした頃だった。
俺達は普段辺境領にいて、社交でもないと王都には来ない。店からの申し出……というより、アン殿個人からの申し出は、王都にあるクンツェ辺境伯邸に届いていた。それを今回俺が知り、こうして来ることになった。
当初は、アン殿を屋敷に招こうかと思っていた。しかしリーレイが働いていた店なら、親しい同僚もいたのではないかと思い、リーレイが働いていた場所を見てみたい気持ちもあった俺はこちらが赴く事を決めた。
リーレイが知ればドレスを受け取らないだろうと容易に想像できたので秘密にしていたが。
予想通りの反応だったが、さすが王都で長くリーレイを見てきた人の手腕だ。リーレイが頷く方法をよく知っている。
リーレイはあれこれと候補を挙げてくれているという店員たちと共に奥の個室に行ってしまった。
「ふふっ。本当、あぁいうところは変わらない子」
嬉しそうに、楽しそうにそう言うアン殿を見れば、その眼差しは見えなくなったリーレイに向いているように思えた。
「並の娘じゃ、貴族の妻になれば立場を鼻にかけたり天狗になったり、変わったりもするものだけど、やっぱりリーレイちゃんはリーレイちゃんのまま」
「振る舞いを意識しても、根本は変わらないだろう。なによりリーレイは誇り高いティウィル公爵家の者だ」
「えぇ。あの家は貴族というものを間違えないでしょうから」
そう言って、アン殿は俺を見た。
「私も安心しました。最初はリーレイちゃんの婚約者が貴方様だと知って、少し心配でもありましたが……。あの子、元気でしょう?」
「とても。そういう彼女だからこそ好ましい。俺はただ、リーレイにはリーレイのままでいてほしいだけだ。変えるつもりはない」
そう言うとアン殿は安心したように微笑んだ。
それを見て、リーレイがまだ戻らないのを見て、俺は少々気になっていた事を聞いてみる。
「なぜ、リーレイをそこまで贔屓に?」
そう問うと、アン殿は一瞬間を開けクスリと笑った。
「贔屓なんてしてるつもりはありません。――ただ、働かせてほしいってここへ来た時のあの子は、必死なんだと思えて……。そういう子、応援したくなるでしょう?」
その言葉で、王都で忙しく駆けまわっているリーレイを想像した。
ディルク殿もヴァンも働いて、生活に多分に困るという事は少なかったはずだ。それでもリーレイは自分も働いた。自分ででも出来る事をと探して。
――なんて健気で。頑張り屋で。甘えを知らない人なのか。
そう思ってしまうから、リーレイを甘やかしたくなって仕方ない。
そう思っていると、タタッと向かって来る足音が聞こえ、視線が向いた。
「ランサ……!」
「リーレイ。どうした?」
ドレスを選んでいたはずの妻の、困惑と焦燥を感じさせる様子に、俺はすぐに駆け寄った。
と、リーレイは捕まえたと言いたげに俺の腕を掴むと、キッと俺を見上げる。
「ランサも揃いで一着作るのに、いなくてどうするの。早く」
「確かに揃いでとは聞いたが、リーレイの色味に合わせてくれれば俺は何でも……」
言いかけると、リーレイの腕がキュッと俺の腕を掴んだ。その力とリーレイの表情で腑に落ちた。
……これは、助けてくれということか。
リーレイはこういうものを選ぶのが得意ではない。かなり苦手にしている。元々平民でこういう品に馴染みもなかったからか、慣れることはないようで毎度苦労しているのを俺も知っている。そういう姿も大変好ましいと密かに想っている。
だからだろう。リーレイは自分の限界から俺に助けを求めてくれたらしい。
これは嬉しいな。頬が緩んで仕方ない。
「分かった。では一緒に選ぼう」
「うんっ……!」
ホッとした様子で、嬉しそうに笑ってくれる姿にただただ愛しさを覚えた。




