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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
接近編

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24/258

24,『闘将』と護衛は気心が知れました

「ヴァン。己の磨ける腕を磨いて、馬も剣もこなせるようになったリーレイの事だが」


「はい」


「俺は彼女に、どちらもやめさせようとは思っていない」


「……その心は?」


 驚いているのかいないのか、特に普段と変わらない目がランサを見る。

 その目を見返しながら、自分が引き入れたいと思うこの男から、リーレイはどちらも習ったのだと思い出す。


「単純にリーレイの心の安定と自信になるからだ。これまで貴族らしい生活でなかったリーレイに、いきなり俺の婚約者、ひいては妻としての振る舞いを求めれば負担になる。変わらないところ、変える必要がないところは変えるつもりはない。何より、自衛の手段を身につけているのは俺も少しは安心できる」


「…成程。俺はいいですけど」


「そんな事を知られる事もまずない。してはならない理由もない。理由が必要なら俺が求めたとしよう。ここは辺境だ、理由は何とでも付けられる」


「うっわ…そうきますか」


 今度はヴァンが頬を引き攣らせた。目の前のランサは不敵に口端を上げるだけ。本気だと、必要ならそうすると、その目が言っている。

 それをヴァンは確かに感じ取った。だから逸らす事無くランサを見つめ、ランサもヴァンを見た。


(お嬢を託すにあたうか…何があろうとお嬢を守り、愛する男か、否か…)


(リーレイを守り、その役目を決して裏切る事は無いと断じ切れる男か、否か…)


 ただ一人の女性に、主に、向ける想いは全く違えども、見定めるのは同じ。白銀と薄茶の瞳が強く鋭く交差する。

 僅かに睨み合い、どちらとなく微かに口端を上げた。


「分かりました。んじゃ、これからもお嬢の鍛錬は俺がしてもいいんで?」


「あぁ。それと、バールートとエレンにも任せる」


 名前を出された二人が驚いたように瞬いた。そんな二人をヴァンもちらりと見た。


「俺らもですか?」


「ヴァンばかりが相手になるよりも、時には別の者がいる方がリーレイの為にもなる。二人は直属隊でも加減が出来る上位者だ。腕は保証する」


「辺境伯直属隊で腕の保証されない人なんていないでしょ」


 誰もかれもが騎士団の騎士に劣らない。ヴァンとて全員は知らないが、砦ではその鍛錬の様子も見てきた。

 ヴァンは了承を示すが、名を出されたエレンはランサを見た。


「将軍。もしリーレイ様がお怪我でもされれば……」


「罪は問わない。承知の上だ。ただし刃を使うなら砦に限る。木剣なら砦か屋敷だ。それ以外は俺の目のある場所にしろ」


「「了解しました」」


 場所の指定は直属隊の制約上の問題だ。砦は関係者以外立ち入れない場所であり、立ち入れる者なら鍛錬をしても問題にはならない。リーレイはランサの婚約者として立ち入りをすでに許されている。

 砦ならば、他の入隊希望者同様に扱う事ができる。


 が、砦を出れば領民を守る役目を持つ直属隊も、辺境伯の婚約者に刃を向けるわけにはいかない。それが出来るのはランサの命令を受けた時か。国境警備上の必要時。

 辺境伯直属隊には少々動きづらい制約が付いて回る。


 ふむふむ…と聞いていたヴァンだが、エレンの心配を調子を変えず払拭させた。


「お嬢ならちょっと怪我しても大丈夫ですよ。十年間地面転がるわ。剣叩き落されるわ。時々下手打って流血してるわなんてよくあった事で…」


「……ヴァン」


「あ、言いすぎた。すんません忘れて下さい」


「残念だったな。もう耳に残った」


 やべっと少々焦るヴァンを、バールートも「あーあ」と言いたげに目を向けた。それにはエレンもソルニャンも肩を竦める。

 目の前のヴァンをじたりと見やり、ランサは大きくため息を吐いた。


「剣術も馬術も怪我と無縁ではいられないが、お前は……リーレイをどれだけ傷つけた?」


「言い方悪いですよ。俺は頼まれたから鍛錬つけただけで…」


「ヴァン」


 ヴァンが逃げるように視線を逸らす。そんな様子に呆れに似たため息が漏れた。


 さてどうしてやろうか…とランサは考える。

 怪我をしていないとは思っていない。自分もかつては傷を山ほどつくった。そして鍛錬してきた。実戦ともなれば傷が無い方が珍しい。

 だがそれは自分の話で、リーレイは別だ。聞いてしまった話は無視できない。


「ヴァン。今度リーレイが砦に来た時には、お前を辺境騎士団の鍛錬に混ぜてやろう。喜べ」


「はぁっ!? 絶対ヤです!」


「バールート。エレン。ソルニャン。リーレイには俺が許可をもらう。今度連れていけ」


「「「了解ですっ!」」」


「喜ぶな腹立つ!」


 ヴァンの悲鳴は誰にも受け入れられず、聞いているヴィルドでさえため息を吐いた。

 そんな目の前の光景に、言ったランサもクツクツと面白そうに喉を震わせた。


「お嬢が今後行くって時は絶対阻止します」


「俺が連れて行くぞ? まさか護衛が離れる気か?」


 せり上がる百の言葉を何とか押しとどめているようなヴァンの、怒りのような何とも言えない表情にランサは声を上げて笑った。

 バールート達も口元を抑える。


「恨みますよ、辺境伯様」


「ランサで良い。大体ヴァン、それだけで済むなら安いとは思わないか?」


「……………」


 ヴァンがランサを見る。その目をランサもまっすぐ見返した。


 これが他の貴族ならそうはならない可能性がある。リーレイ自身がもっと酷い目に遭っていたかもしれない。

 そうなっていたらヴァンはどんな手を使ってもリーレイを守った。怪我を与えた罪悪感などではなく『主』の為に。


 そもそもヴァンは、剣術も馬術も教えた事に後悔はない。それはリーレイも同じ。

 傷を理由に乱暴されればヴァンはリーレイを守ったし、されなければ幸せを祈る。傷などリーレイにもヴァンにも大きな問題ではなかった。


 だからリーレイも、まず考えたのはどちらも止めなければならないという事だった。そして次に傷を知られる事を考えた。


「……今すぐお嬢に婚約破棄提案してきていいですか?」


「良い訳がないだろう。お前は俺と決闘でもしたいのか?」


「それはヤですね。負けそうです」


「……負ける、と言わない辺りがお前だな」


 打ち解けているのか殺伐としているのか分からない空気だが、両者はとても気楽である。

 ヴァンも本気ではないし、ランサも肩を竦めるだけ。


 そんな中、ランサはふと思い出したような顔をした。


「ところでヴァン、聞き忘れていたが、リーレイは俺が役目を果たすと話した時、何を思っていたと?」


「え? あぁ……あれですか。多分自信の問題です。お嬢、あぁ見えて案外情けないっていうか、弱気になる事が多いんですよ。しかもそれ言わねぇし。ランサ様はご立派な方ですから、そんな人の婚約者としてちゃんとやっていけるのかってとこじゃないですかね。お嬢は多分、平民暮らしの立場だけって気にしてるんです」


「そうか…」


「そういう時は遠乗りにでも誘ってやってください。体を動かせばちゃんと気持ち切り替えられる人なんで」


 活動的なリーレイだ。確かにそうかもしれないとランサも頬を緩めた。


 今度休みがあれば早速リーレイを遠乗りに誘う事にしよう。もっとこのツェシャ辺境領の事も教えたい。

 何より、リーレイとの時間が得られるのは嬉しい事だ。


 そう思いながら、頬杖をついてヴァンを見る。


「そうしよう。……にしても、本当にお前には嫉妬しそうだ」


「え。ヤですよ殺されるの」


「そこまでは言ってない」


「ヤですよ。首切られるの」


「言ってない。前者と違いがないぞ」


 だんだんとランサを物騒な男に格上げさせていくヴァンに、ソルニャンも乾いた笑みしかこぼれない。


 これまでこんな風にランサに接し、こんな言葉を交わす者などいなかった。リーレイに接するランサも辺境騎士達にとっては驚きの一面だが、ヴァンと話すランサもまた知らない一面である。

 もっとも、ランサがそれを自覚しているのかは、ソルニャン達には分からない。


 と、今度はヴァンが何か思い出した顔をした。


「あ、俺からも一つ」


「何だ」


「ティウィル公爵から命じられました。「もしも辺境伯がリーレイを泣かせたら即報告しろ」って。なんかもう…念を感じる手紙で」


「それは聞きたくなかったな」


 この二人だけでなくティウィル公爵も相当な人物であるとバールート達の頭に刻まれる中、ランサは頭痛を覚えたように頭を抱えた。




 ♦*♦*






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