20,まずは貴方の事を知りましょう
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夕食の席にはヴィルドさんやバールートさん、そして二人の騎士が同席した。
始めて言葉を交わす騎士は二人とも辺境伯直属隊の所属。一人は女性で、三日前にも屋敷に来てくれた騎士で、名をエレンさんと言った。もう一人は屈強な体格の男性で、名をソルニャンさんと言った。「リーレイです」と食事の前に簡単な自己紹介を交わしたけれど、二人とも好意的な方だった。
ランサが騎士を連れて来たのは、事後報告と持ち帰った仕事の関係上らしくて、普段は時折ヴィルドさんを連れて帰って来るくらいらしい。
「俺の直属隊だが、基本は国境警備が仕事だからな。時には要人警護なんかの仕事につくが、あまりない。俺が王都に行く時に付いて来るくらいだ」
ランサはあくまで、直属隊を警備の為に動かす。本来がその役目を持っている隊だから、それは当然の事なのかもしれない。
他領の領軍とは違い、辺境伯直属隊は個人の実力がずば抜けているし、何より実戦能力が高い。勿論、領軍同様に治安維持にも努めるけれど。
ランサは、そこは能力によって振り分けてるみたい。だけど、能力に差が出ないよう時には異動させる事もあるらしい。
バールートさんはむしゃむしゃご飯を食べていて、料理長がその食べっぷりに感動して、もっともっと料理を運んでくる。すごい量を食べてる……。私の三…四倍?
思わず私の分もあげたくなってしまう。料理の載ったお皿を差し出そうとすれば「リーレイ様も食べて下さいね!?」って隣のエレンさんに止められた。
そんな様子に、控えるメイド達もクスリと笑っていた。
そうして楽しい食事を終え、バールートさんも満足気。「いつ食べても美味い」と料理長に惜しみない賞賛を送っている。感涙にむせぶ料理長にランサも笑い、食後の一息を吐く。
そして、その目は私を見た。
「リーレイ。俺は明日の朝のうちにまた砦へ行く。急がせるつもりはないが、このまま話をするか? 明日の朝でもいいが」
「私はこのままでもいいけど…ランサは疲れてない? 少し休んだ方が…」
「問題ない。それに俺の場合、先延ばすと次がいつになるか分からない」
困ったような顔に、その仕事の大変さを改めて感じる。
それに、ランサはまだ夜にも仕事をするんだろう。休んで欲しいけれど、確かに次がいつになるかも分からない。
「それならこのままでいいよ。私は皆にも聞いて欲しいと思ってるから、丁度いい」
「ではそうしよう」
元々私は、ランサに話をした後に屋敷の皆にも話すつもりだった。今の状況は都合が良い一面もある。
ランサも私の言葉に頷き、控えるディーゴやシスに視線を送った。その視線に承知したというように二人も頷き、メイド達と使用人達も背筋を正す。
「俺らもいいんですか?」
「はい」
手を上げたバールートさんに私は頷いた。
私がここへ来たばかりの頃なら、辺境騎士団の皆さんは知る必要はなかったかもしれない。だけどもうすでに伺って立場は知られている。それならそのまま勘違いをさせるわけにはいかない。
だから、皆さんにも知っておいてほしい。
ちゃんと知ってもらって、ちゃんと話して、私はこれからの良好な関係へと近づけたい。
皆さんが聞いてくれる中、私よりも先にランサが口を開いた。
「だがリーレイ。君は俺の事を知る為にここへ来てくれた。まずは俺が俺の事を話そう」
この人は本当に……。
嬉しい気持ちが溢れてくる。そんな思いでランサを見つめ「お願いします」と聞く姿勢をとった。
そんな私にランサは「では改めて」と教えてくれる。
「ツェシャ領を治めるクンツェ辺境伯家当主、ランサ・クンツェ。歳は二十三。『闘将』だなんだと呼ばれているが戦は嫌いだ。俺の直属隊と、騎士団からの派遣である国境警備隊を『将軍』として統率している。役目は陛下より託されたツェシャ辺境領、領民、国境を守る事」
ギーニックに言った時のように、その言葉には威風と誇りを感じさせる。ランサがどれだけその役目に誇りを持ち、日々務めているのかが感じられる。
陛下の為、そして領民の為、国の為に、全うしているのだと。
「後はそうだな…」
「ランサ様の事ですね! 戦ってる時のランサ様はもうっ…強いの一言です!」
「鍛錬すらも戦と見間違うくらい凄まじいですね。厳しくて」
「偉ぶらないし、毎度俺らより前を駆けるので付いてくしかないですよ」
「仕事において手は抜かない人です」
続々と続いた騎士と補佐官の補足。なんだか凄い事は伝わってくる…。
騎士達は揃って表情を輝かせているけれど、ヴィルドさんは通常通り。
そんな部下達にランサは少々頬を引き攣らせていた。
「もう少しリーレイによく知ってもらえる良い内容はないのか……」
「良い? んー…あ。五年前の戦で相手側の砦を攻め込んだ時の恐ろしさが未だに語り継がれ…」
「やめろ」
……ちょっと気になってしまった。
それはヴァンも同じだったみたいで、私の後ろの方に控えながら「え、何なに」とバールートさんに声を投げている。答えかけたバールートさんはまたランサに止められていた。
ブーッと不満げなバールートさんの隣で、今度はエレンさんが手を上げた。
「ではこれはいかがでしょう。将軍に憧れる騎士が国境警備隊にも多く、騎士団から直属隊入りする者が…」
「やめろ。毎度頭を悩まされている案件だ」
「でも俺はその気持ちが分かる」
「ご本人が言うとやっぱり説得力がありますね」
私の視線は発言者に向かって動く。
ランサがちょっと疲れたみたいにため息を吐いてる。ソルニャンさんはエレンさんの言葉に深く頷いている様子。元は国境警備隊の方だったみたい。
所属を変える人もいるんだ…。それは初耳だ。
少し気になってソルニャンさんに聞いてみる。
「所属を変えるのは問題はないんですか?」
「誰でも出来るってもんじゃないですが…。直属隊は他軍とは違って制約があるので、それと噛み合わせて、騎士団団長と辺境伯の許可が下りれば、異動は認められます。といっても、叶うのはほんの一部の者のみです」
「そうなんですか…」
やっぱり、国軍から辺境伯直属隊への所属変更は簡単にはいかないみたい。当然だろうけど。
そもそも、辺境伯直属隊は騎士団に劣らない軍だと言われている。それが問題視されないのは、ソルニャンさんが言ったように直属隊には制約があるから。その中で隊員達は動く。
制約については今度ランサに教えてもらえるかな。私もそういうところは知っておきたい。
でもまさか、ランサが頭を悩まされる程に希望者が出てるって事なのかな……?
「…そういえば、『闘将』と『益荒』の活躍が知れ渡ってからは、騎士を目指す子供が増えたって話も聞いたね」
「そうなんですか? さっすがランサ様の名声は王都にまで轟いてますね!」
「はい。とっても有名です」
バールートさん達は少し誇らしげ。
……ローレン王太子殿下から聞いた、王都でのランサの印象については触れないでおこう。
でも、バールートさんはもっと嬉しい様子を見せるかと思ったけど、思った程ではなくて、ニッと笑みを浮かべるだけで次にはもう普段の表情に戻る。
それはエレンさんもソルニャンさんも同じ。
そんな彼らから視線を移せば、ランサは少し困ったように眉を下げている。
「ランサは、あまり嬉しくない……?」
「嬉しく…はないな。戦の活躍は…国の中で放置できないとしても、正直褒められるものではないと思ってる。本当なら戦など起こらず平穏を守れる。それが一番の活躍だ」
「……そっか。ランサはそう考える人なんだね」
心がどこかホッとした。ランサは戦の功を威張る人ではなかった。
バールートさん達が誇らしい気持ちなのは解る。直属隊の身としては上官の名が知れ渡るのは誇らしいだろう。その気持ちは否定しない。
今も、知ってるよと言いたげな目でランサを見ている。その目にランサも気にしてないと伝えるように目を返す。
直属隊の騎士達はきっと、ランサの活躍を誇らしく思いながら、戦は嫌いだというその心を知っていて、自分達から威張らない。褒められればその時だけ少し誇らしくするだけ。
なんだか、羨ましい関係だな。
ランサは本当に、部下からとても信頼されていて、尊敬されていて。
ランサは私とヴァンがそうだと言ったけど、それは、ランサとランサの部下達もそうだと思う。
私とランサが一番、お互いの事を知らなくて、互いの事は別の人が知っている。
そう思ってキュッと拳をつくった。
私も埋めたい。この距離を。もっとちゃんと知りたい。知ってほしい。
「リーレイは、何か俺の事で知りたい事はあるか?」
ランサがじっと私を見てくれるから、少し考えた。
知りたい事……。
「……ランサは、どうしてそこまで役目を重んじるの?」
私の問いを、ランサはじっと聞いてくれた。
辺境伯として、国境を守る者として、当然の事なのかもしれない。代々の当主もそうして守ってきただろう。
ランサはまだ若い。それでも、己の使命に強い誇りを持っているように見える。
それは、辺境伯家の当主だから、ではない気がした。
「…そうだな。この家に生まれたから、というのはある。だが…」
当然だと言い切るわけでもなく。愚問だと切り捨てるでもなく。ランサは答えをくれる。
そう言うランサは何かを懐かしむような目を見せた。
そんな様子を、私も騎士達も、使用人達もじっと見つめた。その視線を受けても、ランサはその空気を崩さない。
「ローレン殿下の御力になれれば…と思っているから、かな」
「殿下の…?」
出てきた名前に、バールートさん達は少しだけ驚いた顔を見せた。
私は一度だけお会いした殿下を思い浮かべる。
ランサを友だと言い、そういう表情を見せていた殿下。そういえばランサからはまだ話に聞いた事がない。
「殿下とは子供の頃に何度かお会いした事がある。父と王都へ行った時にな。そしてその人柄や考えを知った。そして…この方の御代の御力になりたいと思った」
そう言うランサが見つめているのは、殿下であり、いずれ来る未来なのかな。
言うと、ランサはくしゃりと困ったような顔を見せた。
「まぁ、殿下には友だと言って頂いてもいるからな。その力にならないわけにはいかないだろう? 俺は、とうの昔にあの方の為に国を守ると決めた。だから己の為すべき事を為す」
ランサは子供の頃に、ローレン殿下に仕える覚悟を決めたんだろう。そしてそれが彼を、ツェシャ辺境領の国境の番人たらしめている。
同時に、ローレン殿下は強力な頼もしい味方を得た。
その覚悟を持ち続け、それは決して揺るがない。一度見た背中を思い出す。
凄い人だ。本当に。
「…ランサの背中は…遠いな…」
「リーレイ?」
「ううん。何でもない」
…私は本当にこの人を傍で支えられるんだろうか? 少しだけ思ってしまった。
ランサはもうすでに誰の助けもいらないくらい立派で。凄い人で。逆に私はお荷物にならないかな…?
「今お嬢が何考えてるか、言ってやりましょうか?」
「!? いらないっ!」
後ろから突き刺さってきた言葉に、思わず大きな声が出てしまった。
バッと後ろを見ると、ヴァンがニヤリとものすごく悪い笑顔を浮かべてる。あれは絶対に悪い事考えてる顔だ。あぁいう時だけ表情が生きてる。憎らしい…。
ヴァンを睨む私と、睨まれてるけど全然平気なヴァン。そんな私達をランサが交互に見ていた。
「ヴァン。俺には言ってくれ。こういう時のリーレイの心情が知りたい」
「了解です」
「ヴァン! 言わなくていいから!」
ヴァンは絶対に碌な事言わない。しかもそれが外れてないのが余計に腹立たしいんだ。
今にも告げ口しそうなヴァンに、私も臨戦態勢を取って立ち上がった。「やります?」って余裕な態度が憎いっ…!
威嚇する私と上から目線で余裕綽々なヴァン。その戦闘が始まる事はなく、ランサがクツクツと喉を震わせていた。
それを見て、さすがに私も場を思い出して座り直す。ここですべき事じゃなかった。皆も見てるのに。
いたたまれず「…ごめんなさい」と皆に謝罪する。本当に何をやってるんだろう…。
前からはバールートさんの笑い声が聞こえていたけど、頭は上げられない。
「話を戻そう。リーレイ、他に聞きたい事はあるか?」
「えっと……ランサのご両親は?」
「今は王都にある屋敷で暮らしている」
「王都にいらしたの?」
てっきりツェシャ辺境領のどこかにいらっしゃるとばかり思ってた。
驚く私にランサは頷いた。
王都とツェシャ辺境領は遠い。行き来は決して簡単じゃないのに…。
「それじゃあ、私がここへ来た事はご存知なのかな?」
「俺からも一応手紙は書いたし、今回の婚約は親同士も承知だ。それに確か…ティウィル公爵家の御令息は今宰相をされていたな。詳細はすでに伝わっているはずだ。父は今、城で騎士団の指導をしているから」
「そうなの?」
前辺境伯である『益荒』が騎士団の指導…。どんな指導になってるのかも気になる。
ランサの父君である前辺境伯様は、五年前の戦の後に隠居したと聞いている。今思えば、随分早い隠居だとも思うし、若いランサによく託したなとも思う。
シャグリット国で「特別」な辺境伯は、隠居しても相応に敬意が払われるし、実績と信頼は一切揺るがない。
ずっと国境の警備に務めてきた後、ようやくゆっくり過ごせると言っても過言じゃないはずなのに、騎士団の指導をされてるなんて…。
役目から解放されても仕事。全然悠々な隠居生活じゃない…。
そんな事を思っていると、私の前でバールートさんが体を傾かせた。その視線の先に私も思わず後ろを見る。
「ヴァンさん。どうかしました?」
私を揶揄っていたヴァンが、今度は頬を引き攣らせていた。頬を汗が流れそうで、怒りなのか困惑なのか分からない形容し難い表情になってる。
ヴァンのこんな表情は珍しい…。しかも、私達と視線を合わせようとしない。
「お気になさらず。目にゴミが入りまして」
「いえ。そんな顔ではないです」
冷静なエレンさんのお言葉だけど、「ゴミです」と妙なところで譲らない。ペラペラな嘘なのに。
皆の視線が集まっても、ヴァンは「話続けてください」って言うばかり。
そんな様子に私は少し考える。ヴァンの様子。そしてヴァンが王都に居た頃の事。そこからすぐに導き出される答えは……
「ヴァン。ランサの御父上知って…」
「知りません存じません面識もありません。俺は全く何も知りません」
……あ、これは知ってるな。否定が早いし声も少し大きいし。
じたりと見やると、ヴァンは不自然なくらいクルリと首ごと動かして視線を逸らした。
こら。逃げないの。




