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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
婚約騒動編

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17,『闘将』の覚悟と誇り

「は……?」


 呆然としたギーニックの声。完全に威勢を削がれた様子で辺境伯様を見上げる。

 その様子には私も少しばかり同意したかった。


 辺境伯様。意味は…分かると思います。貴方の立場は特殊なので…僻みとか妬みとかを受けるのだと思います。はい。結局実力不足ですが。


「俺は調子に乗った事などない。国境警備は常に緊張の中で行っている」


 ……だと思います。ただ、そうではなくて。


「見張り台は重要な役目だ。嫌なら要望書を出すか、俺に直接言え。ただし他へ配属できる実力は必須だ」


 ……全くその通りなのですが、そうではなく。


 辺境伯様の言葉には、怒りを露にしていたバールートさんやヴィルドさんもうんうんって深く頷いている。

 流石、どこへ配属されても実力十分な方々は説得力を添えてくれる。


 だけど、そんな中でも矢も楯もたまらずギーニックは叫ぶ。


「ちっげえんだよ! 俺が言いたいのは!」


「何が言いたい。何を言ってもお前の処罰は変わらない」


 辺境伯様は動じる事はない。私はその背を見つめた。


 若き将軍。若き辺境伯。だのになんだろう、この…心がホッとするような安心感と頼もしさ。

 傍にいたいなって思う心。不思議な心地にさせられる心。


 そして胸の奥で熱が沸き上がる。

 この人の力になりたいと。私も支えたいと。

 ドクドクと心臓が早い鼓動を打つ。体が少しずつ熱を持つ。


「俺は、陛下よりこの地を任される者として、国を乱す者は許さない。辺境騎士団ぶかの事なら尚の事」


 揺るぎない昂然とした声が放たれる。騎士達も、どこか誇らしいと言いたげな表情をそれぞれに浮かべている。


「陛下や殿下が任せると、信じると仰ってくださった以上、俺はそれに応える為に尽くすのみ。それ以外にない」


 強く揺るがぬ意志と覚悟。その背中に目を瞠った。


 きっと、こういう方だから、陛下は信頼し、国境を任せているのだろう。こういう方だから、王太子殿下は自分の幸せを考えろと表情を拗ねさせていたのだろう。

 臣下として信頼を置き、友として想う。


 そして、私がここに来た。この方の婚約者として。


 堂々たる辺境伯様の前では、もうギーニックは何も言えない様子で、すぐにバールートさんが拘束していた。心なしかきつく締めあげてるように見えたけど、気のせいだと言い切れない…。

 私の隣では、ヴァンがヴィルドさんに呼ばれて少し離れる。事情聴取かな?


 周りには皆いるのに辺境伯様だけがすぐ傍に居て、急に落ち着かなくなった。

 変だな…。こんな事これまでなかったのに…。


「リーレイ嬢。怪我は……殴られたのか?」


 問うていた声が急にすぐ近くで聞こえた。フッと息を呑むとすぐ前に辺境伯様のお顔があって、そっと私の頬に手を当てる。

 ドドッておかしいくらい心臓が煩くなる。思わずビクリと肩が跳ねた所為で、辺境伯様はすぐに手を引っ込めた。


「すまない。いきなりする事ではなかったな」


「いえっ…! お、驚いてしまって…」


 心臓ちょっと静かにしてくれないかな!?

 心がそぞろになって、言葉がおかしくなってしまわないか妙に心配になる。今までお話する時にこんなに緊張したことないのに…。


「な、殴られたのは平気です…。怪我も…ありません」


「……そうか」


 なんだか空気が変! 誰か助けて!

 ヴァンすぐに戻って来てくれないかな!


 心の中で必死に助けを求めてると、辺境伯様の傍にすぐにシスとディーゴがやって来た。二人は揃って身を小さくさせる。

 二人の後ろには続々とメイド達もやって来て、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。私達が御守りできず…」


「私を庇ってリーレイ様は殴られたのですっ! 至らなかったのは私の所為で…」


「申し訳ございません!」


 皆の口から飛び出す謝罪の数々に、私は呆気に取られた。


 頭を下げた面々からは心からの謝罪を感じる。そんな姿に私の方が胸が痛む。

 違う。私の所為なの。


「違います辺境伯様。今回の事は私の不用心が招いた事です。皆を恐怖に晒したのも私です。未熟な私の責任です」


「リーレイ様そのようなっ…!」


 深々と、私は謝罪の頭を下げた。

 皆の恐怖に比べたら。己の未熟を戒める為なら、これくらい安い。


 私達に頭を下げられている辺境伯様は、「ふむ…」と一つこぼした。


「とりあえず全員頭を上げてくれ。事の次第は各々から聞き取る」


 頼んでいるようできちんとした命令に、私達はすぐに従う。

 辺境伯様はすぐに手の空いた騎士達に、使用人達からの聴取を命じた。皆もそれに従い始める。


「さてリーレイ嬢。貴女からも聞きたいんだが」


「はい」


「不用心と言うのはどういう事だ?」


 私は、今回の事の始まりをお話した。

 レレックと庭に居た事。物音がして門に近づいた事。侵入してきた男達。ヴァンと分断され、皆を巻き込んだ事。

 そこまでを話すと、辺境伯様は「そこまででいい」と手で制した。私もスッと口を閉ざす。


 辺境伯様は少し考え、そしてその白銀の瞳を私に向けた。

 鋭くも、ギーニックに対するものとは違う、柔らかさも優しさもある瞳。その目は少し困ったように細められた。


「……流石に予想外だった。まさかリーレイ嬢があそこまで剣を使えるとは…」


「……お伝えせず、申し訳ありません」


「構わない。いきなりでは俺も驚く」


 さすがに身が縮こまる。申し訳なさが出てしまう。


 結果、辺境伯様には黙っていたという事で、怒られても仕方がない。

 伝えなければと思って。それを先延ばしにして…。


「リーレイ嬢」


「はい」


 だから、どんなお言葉でも受けよう。逃げる事は許されない。

 その目をまっすぐ見返すと、辺境伯様は少しだけ驚いたように目を瞠って、そしてフッと和らげた。


「俺の負けだ」


「……え」


「やられた」


 辺境伯様。なぜ、ハハッと笑われるのですか…? さっぱり意味が分かりません。


 辺境伯様が笑うから、皆もどうしたって風に視線を向けて首を傾げてる。気づいてないのか、辺境伯様は少し笑うと笑みのまま私を見た。

 そしてまた、そっと、今度は驚かさないようにか、そっと、私の頬に触れた。触れたそこが、だんだんと熱を持つような気がする。

 その手は壊れ物に触れるかのように優しくて、そっと離れていった。


 そしてすぐ、ヴィルドさんが辺境伯様へ近づく。


「あらかたは終えました」


「分かった。すぐ戻る」


 辺境伯様は表情を変えると、すぐに周りへ指示を出す。

 その姿を少し見つめていると、バールートさんがそそっとやって来てくれた。


「大丈夫ですか?」


「はい。あの…拘束された者達は…」


「ランサ様がしっかり処断します。ギーニックはまぁ……ランサ様に殴り返されるか、向こう十年は固いパン食う事になるか、首がなくなるか、ですかね」


「最後だけは随分重くなってないですか!?」


 さらっと同列に語られてる気がするんですが…。いや。確かに問題行動ではありますが、そこまではやりすぎでは…?

 そんな事を思うけど、バールートさんが何やらしきりに頷いてる。そういうものなの? 自分の考えに自信が持てない。


 辺境伯様と騎士達は、事後処理の為にすぐに砦に戻る事になった。そんな皆様を私も屋敷の皆も見送りに出る。


 空はのんびりとした雲が流れていて、優雅に鳥が飛んでいる。

 人間達の騒ぎなんて知らない空はのびのびとしているように見えた。


 そんな空の下で辺境伯様は私達を見る。


「また少し留守にする。後は頼む」


「「承知いたしました。いってらっしゃいませ」」


 ぴったりと重なった皆の礼を、辺境伯様は鷹揚たる態度で受け取った。

 そんな両者に、慣れてない私だけは少々気後れしてしまう。いや。これからはもっとしっかりしないと。


 皆を見ていた辺境伯様の視線が私を見る。


「行ってくる」


「はい。お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 私も礼をする。そしてふと思った。


 こうして誰かを見送るのは初めてだ。家ではもっと気軽で気さくに「行ってきます」と「いってらっしゃい」を交わしていたから。

 少しだけ慣れないけれど、これからはこうした事もきちんとできるようにならないと。頑張ろう。


 そう思っていると、私の前からそっと静かな声が落ちてきた。


「……リーレイ」


「はい?」


 呼び方と呼ばれた事に、少しだけ驚いて顔を上げた。

 その瞬間、ぐっと強い力に身体が引かれた。背に回った手。すぐ横にある黒い髪が日の光に当たって少し毛先が赤みがかっている。押さえつけるような逞しい身体。


 突然の事に頭が真っ白になって、すぐにハッとなった。


 なっ、何で抱き締められてる……!?

 心臓が急に鳴り響いて、身体が熱くなる。離れたいのに腕も満足に動かない。


「へっ、辺境伯様…!?」


「三日後に帰って来る。ちゃんと話をしよう」


「え、あっ…はっ…!」


「それから、その他人行儀な呼び方と態度はやめてくれ。そうだな……ヴァンと同じように接してくれ」


「へ……えっ!?」


 飛び出しそうなくらい心臓が煩くて、その音は気づかれているんじゃないかと思う。体は熱くて、すぐ傍で聞こえる声に耳がずっと震えている。何を言われても頭は理解が追いつかない。


 そんな私をクスリと笑い、閉じ込める力はスッと離れていった。

 さっと馬に乗った辺境伯様は、私を一目見ると余裕気な笑みを浮かべ、騎士達を連れて颯爽と砦へ戻っていった。


 その姿が見えなくなると、急に周りが静かになる。そんな私の傍に一人。


「えーっと、とりあえずお嬢。生きてます?」


「……死にそう」


「お疲れー」


 今になって羞恥が沸き上がってくる。頬が熱くて仕方ない。


 いきなりすぎます辺境伯様っ…!






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