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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
婚約騒動編

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16/258

16,見せる令嬢、知る『闘将』

 言い放った私の後ろでは「リーレイ様…」と、驚いたような呆然としたような皆の声や気配が感じられる。


 私が睨む視線の先で、男達が次々と怒りを見せて剣を握り直した。わざと剣をちらつかせてこちらへ一歩、近付いて来る。

 それにメイド達が身を寄せた。私はここから引かない。引けない。


「偉そうな事言っててめぇに何が出来んだよ!」


「今そいつを殺すな!」


「うるせえ!」


 国境警備隊員の制止の言葉も聞かず、男は剣を振り上げて向かって来る。

 身を寄せ合うメイド達の側で、ディーゴが前へ出ようとしたのが一瞬見えた。だけど私はそれを手で制する。


 私に剣を教えてくれたヴァンは、いつも呑気で気の抜けた人だけど、鍛錬の間だけはその動きは俊敏だった。だからすごくムッとしたし悔しさもあった。

 そんなヴァンは私に教えてくれた。


『考えて下さい。思考と動作。これを一瞬で重ねて剣を振る。剣術に思考は必須ですよ』


 だから考える。どう動けばいいのか。相手の隙はどこか。どこを狙えば一撃で動けなくさせられるか。


 ヴァンは本当に鍛錬では容赦がなかった。それは常にそうだった。

 そしてヴァンは、その身で、その動きで、私に全てを教えてくれた。


 思考のない相手の動きは簡単だ。私はその剣筋を予測する。

 予測通りに振り下ろされた剣を避けてすぐ、その脛を思いっ切り蹴る。呻いて体勢が崩れた瞬間にその顎を蹴り上げて、剣を奪い取った。


「「……え」」


「…おい。あんた本当に公爵家の令嬢か…?」


 前と後ろから驚いてる気配がひしひしと感じられるけど、それに構っている暇はない。


 私はそのまま斬り込んできた別の相手の剣を受け、そして流す。そして大きく流れた体を見て、思いっ切り股間を蹴り上げた。

 男は一瞬呼吸が止まったけど、悶絶して床に伏せた。その隙に離した剣をディーゴが奪い取る。

 そしてディーゴは皆を守るように私の隣に立った。


「リーレイ様…貴女という御方は何と申しますか…。非常に……はい…今の蹴り技は食らいたくないですね…」


「ディーゴにはしないよ。あれはヴァンに教わった撃退法です」


「…ヴァンさんですか…あの方も何と言うか…いえ。今はやめておきます」


 何だか少し冷や汗流し気味なディーゴは「ランサ様に何と報告すれば…」とかなんとか聞き取りづらい声で何か言っていたけど、すぐに振り払って前を見た。


 二人撃退したとはいえ、残るのは国境警備隊員と破落戸ゴロツキが三人。騎士の相手は正直どこまでやれるか分からない。

 これまではヴァンが居た。だけど私もヴァンにばかり頼れない。


 私も、自分の力で切り開かなければいけない事が沢山ある。


「ディーゴ。剣は使える?」


「はい。こう見えて私は、元は辺境伯直属部隊の人間ですので」


 そうだったの? それは驚きだ。

 だけど確かに、しっかりした体つきだから納得もある。そんなディーゴが一緒なら心強い。改めて相手を睨んで剣を構える。

 後ろではシスが皆を集めてくれている。本当に心強い人達ばかりだ。


 私とディーゴが臨戦態勢を取る。そして――


「はーい。もういいですか?」


 なんて、気の抜けた声が向かってきた。

 視線をそちらに向けると、扉を開けながら入って来るヴァンがいた。その目は事の前とは違ってどうも面倒くさそうに歪んでる。


 緊張感を壊してくれる調子に、全員が「……は?」って顔をしてヴァンを見る。視線を受けてもヴァンは一切変わらず、大きなため息を吐いた。

 そして扉を開けたまま、靴を鳴らしてズカズカと歩いて来る。そんな姿に国境警備隊員もハッと驚きから立ち戻った。


「い…いやお前! 何でいんだよ! 何で。アイツらは!」


「外のお庭で昼寝してっけど? よっぽど今日はいい日和なんじゃね?」


「なわけあるか! おまっ…六人だぞ!」


「だから?」


「だかっ…」


「六人っても騎士六人相手にする方が、まだ骨が折れっけど」


 トンッと、ヴァンは国境警備隊員の前に立った。けど、その口が何かを発するより先に、残っていた三人の破落戸が死角からヴァンへ一斉に斬りかかった。


「ヴァン!」


 思わず叫んだけど、別に心配で叫んだわけじゃない。ただの反射で危険を知らせる為の叫びだった。


 ヴァンは一切調子を崩さず慌ててもいなかった。

 剣を抜く事すらなく、一歩早い男の剣を一歩動くだけで避け、その手を掴んで別の男へ重ねるように投げ飛ばす。

 残った一人が剣を振り下ろせば、くるりと避け、容赦ない蹴りで壁まで蹴り飛ばした。


 瞬く事の出来ない一瞬。私の後ろで皆が呆然としているのが分かる。隣のディーゴも「え…」って驚いてる。


 やれやれって感じでふぅと息を吐くと、ヴァンは国境警備隊員を見た。と思ったその視線は、すぐに扉の方へ向いた。


「何をしている」


 そこに、辺境伯様が立っていた。






 ♦*♦*




 馬を駆り慣れた道を進み、俺はヴィルド、そしてバールートを始め数人の騎士と共に、すぐに辺境伯邸に着いた。

 が、目の前の状況がすぐに妙だと解る。


 なぜ、門が開いている…?

 俺は確かに門は必ず閉め、知る者以外に開けないようにと命じておいた。屋敷の者達はそれを破るような不心得者ではない。


 開いている門をそのまま駆け抜けた先、屋敷の扉の前に転がる六名の男。それを見て俺はすぐに馬を止めて降りる。

 男達は誰もかれも気を失っている。そしてその中に見慣れた男が二人。


「ジャンディゴとジュンドです。まさか屋敷に…」


「それにこれ、誰がやった」


 バールート達が真剣な目をして転がる面々を睨んでいる。俺も一瞥し、すぐに扉へ近づいた。

 扉は開いている。その向こうから声が漏れてくる。


「…け…るか! おまっ…六人だぞ!」


「だから?」


「だかっ…」


「六人っても騎士六人相手にする方が、まだ骨が折れっけど」


 一人はヴァンだ。それにもう一人は…。

 思い当たる男が浮かび、俺は扉の向こうを見る。と同時に「ヴァン!」と叫ぶ声が聞こえた。


 そして、目を瞠った。

 無駄のない動きで剣を避け、瞬間的な力を上手く発揮させ、相手を沈める。容赦のない蹴りがその威力を惜しみなく俺達に伝えた。


 俺の傍で同じように中を見ていたバールート達も声を失っている。俺も声が出なかった。

 あの男、これほどの腕を持っていたのか…。普段の気の抜けた様子からは一切想像の出来ない動きだ。


 見た目で判断はしない。昨日の件でも腕前は解っていたつもりだが、まさかこれほどだったとは…。


 屋敷の中、立っている男はギーニックだ。それに集められて固まっている使用人達。冷静なシスが上手くまとめてくれている。

 ディーゴは剣を手に立っている。相手から奪ったのだろう。元は直属隊の騎士だったのでそこに不思議はない。


 だが…シンプルなワンピース姿で、その手に剣を握っているリーレイ嬢がいる。

 怯えもない。震えもない。冷静であるように見える表情。悠然としたその立ち姿。

 また、ヴァンの言葉が思い出される。


 全てを、たださなければ――


「何をしている」






 ♦*♦*




 聞き慣れ始めていた低い声が聞こえた。

 たったその一声が場を鎮め、全員の視線を集める。場を支配した辺境伯様は、扉から屋敷内へ足を踏み入れていた。

 その目が鋭く場を睨む。


 辺境伯様の後ろにはヴィルドさん、バールートさんを始め数名の騎士がいる。誰もかれもが視線を鋭くさせていた。


 シン…と静まり、辺境伯様が一歩、足を踏み出す。鋭く斬れそうな空気を纏い、怯みもしない姿に目を惹かれた。


「元、国境警備隊隊員ギーニック。貴様ここで何をしている」


「っ……くっ…来るなっ!」


 その姿に恐慌するギーニックに、すぐさまヴァンが動いた。だけどそれより早くギーニックの剣が私へ向けられる。


 床を蹴る辺境伯様。それより早く私の元へ来るだろうヴァン。二人の姿がゆっくりとして見えた私は、動こうとした隣のディーゴを制した。驚いているだろう事は見なくても分かる。


 頭は自然と冷静だった。

 いや、少し違う。辺境伯様がここにいらっしゃる今、隠せないと思った。だから私は、剣を持つ手に一瞬の力を籠めた。


 貴方の事を知ると言った私に、辺境伯様も私の事を知ると言ってくれた。

 だから、ちゃんと話そう。知ってもらおう。


 例えそれで、もう剣を握る事がなくなっても、受け入れよう。

 例えそれで、失望されても。嫌われても――


 そう考えて、胸がツキリと痛んだ気がした。


 だけどその痛みはすぐに消す。そして私は剣を振った。

 毎日毎日鍛錬した。何年も何年も。ヴァンだって時には上達を褒めてくれる、その剣術で。


 ギーニックの剣はその手を離れ、私の剣がその喉元に刃を添えた。まるで事の始まりのように、立場を変えて。


「貴方の処罰は辺境伯様がお決めになる。もう逃げられない」


 ただそうとだけ、言い置いた。


 するとガクンッとギーニックは床に座り込んだ。呆然とした様子を見下ろし、やっと終わりの息を吐く事ができた。


 すぐさま騎士達が動き、倒れた破落戸達を拘束していく。その中の女性隊員がシス達に声をかけていた。メイド達も皆これで安心できる。


 そう思ってホッとする私の手から、スッと剣が離された。


「……あ…」


 辺境伯様だ。何も言わず剣を取ると、何か言いたげな目を微かに揺らした。

 だけど、すぐに肩を竦めて苦笑する。


「……成程。ヴァンがあぁ言うわけだ」


 その視線がヴァンに向く。それに対してヴァンは、同じようにうっすら笑みを浮かべて肩を竦めた。

 どういう話かな…?

 疑問には思うけど、私自身、言葉を紡ぐ事にいっぱいいっぱいだった。


 だけど、それが音になるより先に、「クソッ!」ってギーニックの苛立つ声が耳に入った。座り込んだままのギーニックはダンッと床に拳を打ち付ける。

 そんな姿を、辺境伯様はすぐに冷たく見下ろした。


「ギーニック。屋敷の者やリーレイ嬢にまで危害を加えた罪、軽くはないぞ」


「うっせぇ! 大体お前が悪いんだよ!」


 みっともない叫びが辺境伯様に向かい、辺境伯様は一層に視線を冷たく鋭くさせる。

 私の隣にいるヴァンの目が急に、まるで痛々しいものを見るような目に変わった。やめなさい。あからさますぎるから。


「王族の信頼が厚いだの『闘将』だの知らねえけど、たかが辺境の貴族が調子に乗ってんじゃねえ!」


 その言葉に、一気に場の空気が冷えた。私にも感じられる。私もカッとなりかけたけど、私以上の空気が周りから向けられていて逆に冷静になれた。

 シスやディーゴ達屋敷の皆、そして騎士達の視線はまるで氷だ。一件が始まった時よりも遥かに居心地が悪い。


 多分、ギーニックはもう、辺境伯様がどういう処罰を下したとしても、このツェシャ辺境領にはいられないだろうな……。


「俺は伯爵子息だぞ! いつまでも見張り台なんかに立たせやがって! てめぇだって変わらねえくせに偉そうに! 箔付けようと思って辺境領ここに来たのに全部無駄だお前の所為で!」


 身分と実力は関係ない。

 伯爵家の御令息でもここでは一騎士であり、辺境伯は将軍である。それが組織上決まっていて、『将軍』はそれだけの実力を持っている。

 それは決して、身分だけで決まっているものではない。


 それに相応しくある為の努力を、きっと誰よりもしているから。

 『将軍』だと騎士達が認める実力を持っているから。


 ちらりと辺境伯様を見るけれど、その視線が私に向く事は無い。代わりにヴァンがこっそり耳打ちしてきた。


「ラグン様が聞いたらキレますね」


「あはは…」


 否定できない…。私も思ってしまったから。


 私の従兄で、ティウィル公爵家当主の叔父様の息子であるラグン様。生まれながらに地位を持ってる方だけど、それにおもねることなく己の力で己の地位を築いた、私も尊敬する立派な方。

 そんな方だから、ギーニックのような人にはもう……軽蔑の眼差しと鼻で笑う嘲笑を送るだろう。厳しい人だから。


 ツェシャ辺境領へ来る前の一か月間、仕事の後に色々教えてくれた優しい人だけど、それまでは年に数回会う程度で、会う度に「ティウィル公爵家の令嬢として…」って諭すお言葉を受けた。私が乗馬も剣術もこなす事、ラグン様はそれを知る数少ない人の一人だった。

 私は毎度「やめません。ラグン様が身に付けろという事もちゃんとやります!」って半強制的に打ち切っていた。ため息ついて許してくれる、優しい方でもある。

 …ちなみに、「ちゃんとやります」とは言ったもの、全く身に付いていなかったことは一か月の初日に証明された。


 少々逃避していた私の耳に、耐えかねたようなバールートさんの唸り声が聞こえた。


「てめぇ…」


 怒りを露にするのはバールートさんだけじゃなく、他の騎士達も同じ。私は、これまで一切動じた表情を見せなかったヴィルドさんの、初めての表情の変化を見た。

 騎士達は揃って拘束した破落戸を放り捨てると、その腰の剣に手を添える。誰もかれも今にも剣を抜きそうな空気に、スッと辺境伯様が手を上げた。


「やめろ」


 その一声で、騎士達は剣から手を離した。

 破落戸さえ言う事を聞かせられなかったギーニックとは雲泥の差。


 辺境伯様は私に背を向けるように立つと、ギーニックを見下ろす。視線を向けても、その表情は分からない。

 この場に、辺境伯様の堂々と強い声が静かに響いた。


「ギーニック。貴様は先程から何を言っている。意味が分からん」






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