16,見せる令嬢、知る『闘将』
言い放った私の後ろでは「リーレイ様…」と、驚いたような呆然としたような皆の声や気配が感じられる。
私が睨む視線の先で、男達が次々と怒りを見せて剣を握り直した。わざと剣をちらつかせてこちらへ一歩、近付いて来る。
それにメイド達が身を寄せた。私はここから引かない。引けない。
「偉そうな事言っててめぇに何が出来んだよ!」
「今そいつを殺すな!」
「うるせえ!」
国境警備隊員の制止の言葉も聞かず、男は剣を振り上げて向かって来る。
身を寄せ合うメイド達の側で、ディーゴが前へ出ようとしたのが一瞬見えた。だけど私はそれを手で制する。
私に剣を教えてくれたヴァンは、いつも呑気で気の抜けた人だけど、鍛錬の間だけはその動きは俊敏だった。だからすごくムッとしたし悔しさもあった。
そんなヴァンは私に教えてくれた。
『考えて下さい。思考と動作。これを一瞬で重ねて剣を振る。剣術に思考は必須ですよ』
だから考える。どう動けばいいのか。相手の隙はどこか。どこを狙えば一撃で動けなくさせられるか。
ヴァンは本当に鍛錬では容赦がなかった。それは常にそうだった。
そしてヴァンは、その身で、その動きで、私に全てを教えてくれた。
思考のない相手の動きは簡単だ。私はその剣筋を予測する。
予測通りに振り下ろされた剣を避けてすぐ、その脛を思いっ切り蹴る。呻いて体勢が崩れた瞬間にその顎を蹴り上げて、剣を奪い取った。
「「……え」」
「…おい。あんた本当に公爵家の令嬢か…?」
前と後ろから驚いてる気配がひしひしと感じられるけど、それに構っている暇はない。
私はそのまま斬り込んできた別の相手の剣を受け、そして流す。そして大きく流れた体を見て、思いっ切り股間を蹴り上げた。
男は一瞬呼吸が止まったけど、悶絶して床に伏せた。その隙に離した剣をディーゴが奪い取る。
そしてディーゴは皆を守るように私の隣に立った。
「リーレイ様…貴女という御方は何と申しますか…。非常に……はい…今の蹴り技は食らいたくないですね…」
「ディーゴにはしないよ。あれはヴァンに教わった撃退法です」
「…ヴァンさんですか…あの方も何と言うか…いえ。今はやめておきます」
何だか少し冷や汗流し気味なディーゴは「ランサ様に何と報告すれば…」とかなんとか聞き取りづらい声で何か言っていたけど、すぐに振り払って前を見た。
二人撃退したとはいえ、残るのは国境警備隊員と破落戸が三人。騎士の相手は正直どこまでやれるか分からない。
これまではヴァンが居た。だけど私もヴァンにばかり頼れない。
私も、自分の力で切り開かなければいけない事が沢山ある。
「ディーゴ。剣は使える?」
「はい。こう見えて私は、元は辺境伯直属部隊の人間ですので」
そうだったの? それは驚きだ。
だけど確かに、しっかりした体つきだから納得もある。そんなディーゴが一緒なら心強い。改めて相手を睨んで剣を構える。
後ろではシスが皆を集めてくれている。本当に心強い人達ばかりだ。
私とディーゴが臨戦態勢を取る。そして――
「はーい。もういいですか?」
なんて、気の抜けた声が向かってきた。
視線をそちらに向けると、扉を開けながら入って来るヴァンがいた。その目は事の前とは違ってどうも面倒くさそうに歪んでる。
緊張感を壊してくれる調子に、全員が「……は?」って顔をしてヴァンを見る。視線を受けてもヴァンは一切変わらず、大きなため息を吐いた。
そして扉を開けたまま、靴を鳴らしてズカズカと歩いて来る。そんな姿に国境警備隊員もハッと驚きから立ち戻った。
「い…いやお前! 何でいんだよ! 何で。アイツらは!」
「外のお庭で昼寝してっけど? よっぽど今日はいい日和なんじゃね?」
「なわけあるか! おまっ…六人だぞ!」
「だから?」
「だかっ…」
「六人っても騎士六人相手にする方が、まだ骨が折れっけど」
トンッと、ヴァンは国境警備隊員の前に立った。けど、その口が何かを発するより先に、残っていた三人の破落戸が死角からヴァンへ一斉に斬りかかった。
「ヴァン!」
思わず叫んだけど、別に心配で叫んだわけじゃない。ただの反射で危険を知らせる為の叫びだった。
ヴァンは一切調子を崩さず慌ててもいなかった。
剣を抜く事すらなく、一歩早い男の剣を一歩動くだけで避け、その手を掴んで別の男へ重ねるように投げ飛ばす。
残った一人が剣を振り下ろせば、くるりと避け、容赦ない蹴りで壁まで蹴り飛ばした。
瞬く事の出来ない一瞬。私の後ろで皆が呆然としているのが分かる。隣のディーゴも「え…」って驚いてる。
やれやれって感じでふぅと息を吐くと、ヴァンは国境警備隊員を見た。と思ったその視線は、すぐに扉の方へ向いた。
「何をしている」
そこに、辺境伯様が立っていた。
♦*♦*
馬を駆り慣れた道を進み、俺はヴィルド、そしてバールートを始め数人の騎士と共に、すぐに辺境伯邸に着いた。
が、目の前の状況がすぐに妙だと解る。
なぜ、門が開いている…?
俺は確かに門は必ず閉め、知る者以外に開けないようにと命じておいた。屋敷の者達はそれを破るような不心得者ではない。
開いている門をそのまま駆け抜けた先、屋敷の扉の前に転がる六名の男。それを見て俺はすぐに馬を止めて降りる。
男達は誰もかれも気を失っている。そしてその中に見慣れた男が二人。
「ジャンディゴとジュンドです。まさか屋敷に…」
「それにこれ、誰がやった」
バールート達が真剣な目をして転がる面々を睨んでいる。俺も一瞥し、すぐに扉へ近づいた。
扉は開いている。その向こうから声が漏れてくる。
「…け…るか! おまっ…六人だぞ!」
「だから?」
「だかっ…」
「六人っても騎士六人相手にする方が、まだ骨が折れっけど」
一人はヴァンだ。それにもう一人は…。
思い当たる男が浮かび、俺は扉の向こうを見る。と同時に「ヴァン!」と叫ぶ声が聞こえた。
そして、目を瞠った。
無駄のない動きで剣を避け、瞬間的な力を上手く発揮させ、相手を沈める。容赦のない蹴りがその威力を惜しみなく俺達に伝えた。
俺の傍で同じように中を見ていたバールート達も声を失っている。俺も声が出なかった。
あの男、これほどの腕を持っていたのか…。普段の気の抜けた様子からは一切想像の出来ない動きだ。
見た目で判断はしない。昨日の件でも腕前は解っていたつもりだが、まさかこれほどだったとは…。
屋敷の中、立っている男はギーニックだ。それに集められて固まっている使用人達。冷静なシスが上手くまとめてくれている。
ディーゴは剣を手に立っている。相手から奪ったのだろう。元は直属隊の騎士だったのでそこに不思議はない。
だが…シンプルなワンピース姿で、その手に剣を握っているリーレイ嬢がいる。
怯えもない。震えもない。冷静であるように見える表情。悠然としたその立ち姿。
また、ヴァンの言葉が思い出される。
全てを、糺さなければ――
「何をしている」
♦*♦*
聞き慣れ始めていた低い声が聞こえた。
たったその一声が場を鎮め、全員の視線を集める。場を支配した辺境伯様は、扉から屋敷内へ足を踏み入れていた。
その目が鋭く場を睨む。
辺境伯様の後ろにはヴィルドさん、バールートさんを始め数名の騎士がいる。誰もかれもが視線を鋭くさせていた。
シン…と静まり、辺境伯様が一歩、足を踏み出す。鋭く斬れそうな空気を纏い、怯みもしない姿に目を惹かれた。
「元、国境警備隊隊員ギーニック。貴様ここで何をしている」
「っ……くっ…来るなっ!」
その姿に恐慌するギーニックに、すぐさまヴァンが動いた。だけどそれより早くギーニックの剣が私へ向けられる。
床を蹴る辺境伯様。それより早く私の元へ来るだろうヴァン。二人の姿がゆっくりとして見えた私は、動こうとした隣のディーゴを制した。驚いているだろう事は見なくても分かる。
頭は自然と冷静だった。
いや、少し違う。辺境伯様がここにいらっしゃる今、隠せないと思った。だから私は、剣を持つ手に一瞬の力を籠めた。
貴方の事を知ると言った私に、辺境伯様も私の事を知ると言ってくれた。
だから、ちゃんと話そう。知ってもらおう。
例えそれで、もう剣を握る事がなくなっても、受け入れよう。
例えそれで、失望されても。嫌われても――
そう考えて、胸がツキリと痛んだ気がした。
だけどその痛みはすぐに消す。そして私は剣を振った。
毎日毎日鍛錬した。何年も何年も。ヴァンだって時には上達を褒めてくれる、その剣術で。
ギーニックの剣はその手を離れ、私の剣がその喉元に刃を添えた。まるで事の始まりのように、立場を変えて。
「貴方の処罰は辺境伯様がお決めになる。もう逃げられない」
ただそうとだけ、言い置いた。
するとガクンッとギーニックは床に座り込んだ。呆然とした様子を見下ろし、やっと終わりの息を吐く事ができた。
すぐさま騎士達が動き、倒れた破落戸達を拘束していく。その中の女性隊員がシス達に声をかけていた。メイド達も皆これで安心できる。
そう思ってホッとする私の手から、スッと剣が離された。
「……あ…」
辺境伯様だ。何も言わず剣を取ると、何か言いたげな目を微かに揺らした。
だけど、すぐに肩を竦めて苦笑する。
「……成程。ヴァンがあぁ言うわけだ」
その視線がヴァンに向く。それに対してヴァンは、同じようにうっすら笑みを浮かべて肩を竦めた。
どういう話かな…?
疑問には思うけど、私自身、言葉を紡ぐ事にいっぱいいっぱいだった。
だけど、それが音になるより先に、「クソッ!」ってギーニックの苛立つ声が耳に入った。座り込んだままのギーニックはダンッと床に拳を打ち付ける。
そんな姿を、辺境伯様はすぐに冷たく見下ろした。
「ギーニック。屋敷の者やリーレイ嬢にまで危害を加えた罪、軽くはないぞ」
「うっせぇ! 大体お前が悪いんだよ!」
みっともない叫びが辺境伯様に向かい、辺境伯様は一層に視線を冷たく鋭くさせる。
私の隣にいるヴァンの目が急に、まるで痛々しいものを見るような目に変わった。やめなさい。あからさますぎるから。
「王族の信頼が厚いだの『闘将』だの知らねえけど、たかが辺境の貴族が調子に乗ってんじゃねえ!」
その言葉に、一気に場の空気が冷えた。私にも感じられる。私もカッとなりかけたけど、私以上の空気が周りから向けられていて逆に冷静になれた。
シスやディーゴ達屋敷の皆、そして騎士達の視線はまるで氷だ。一件が始まった時よりも遥かに居心地が悪い。
多分、ギーニックはもう、辺境伯様がどういう処罰を下したとしても、このツェシャ辺境領にはいられないだろうな……。
「俺は伯爵子息だぞ! いつまでも見張り台なんかに立たせやがって! てめぇだって変わらねえくせに偉そうに! 箔付けようと思って辺境領に来たのに全部無駄だお前の所為で!」
身分と実力は関係ない。
伯爵家の御令息でもここでは一騎士であり、辺境伯は将軍である。それが組織上決まっていて、『将軍』はそれだけの実力を持っている。
それは決して、身分だけで決まっているものではない。
それに相応しくある為の努力を、きっと誰よりもしているから。
『将軍』だと騎士達が認める実力を持っているから。
ちらりと辺境伯様を見るけれど、その視線が私に向く事は無い。代わりにヴァンがこっそり耳打ちしてきた。
「ラグン様が聞いたらキレますね」
「あはは…」
否定できない…。私も思ってしまったから。
私の従兄で、ティウィル公爵家当主の叔父様の息子であるラグン様。生まれながらに地位を持ってる方だけど、それに阿ることなく己の力で己の地位を築いた、私も尊敬する立派な方。
そんな方だから、ギーニックのような人にはもう……軽蔑の眼差しと鼻で笑う嘲笑を送るだろう。厳しい人だから。
ツェシャ辺境領へ来る前の一か月間、仕事の後に色々教えてくれた優しい人だけど、それまでは年に数回会う程度で、会う度に「ティウィル公爵家の令嬢として…」って諭すお言葉を受けた。私が乗馬も剣術もこなす事、ラグン様はそれを知る数少ない人の一人だった。
私は毎度「やめません。ラグン様が身に付けろという事もちゃんとやります!」って半強制的に打ち切っていた。ため息ついて許してくれる、優しい方でもある。
…ちなみに、「ちゃんとやります」とは言ったもの、全く身に付いていなかったことは一か月の初日に証明された。
少々逃避していた私の耳に、耐えかねたようなバールートさんの唸り声が聞こえた。
「てめぇ…」
怒りを露にするのはバールートさんだけじゃなく、他の騎士達も同じ。私は、これまで一切動じた表情を見せなかったヴィルドさんの、初めての表情の変化を見た。
騎士達は揃って拘束した破落戸を放り捨てると、その腰の剣に手を添える。誰もかれも今にも剣を抜きそうな空気に、スッと辺境伯様が手を上げた。
「やめろ」
その一声で、騎士達は剣から手を離した。
破落戸さえ言う事を聞かせられなかったギーニックとは雲泥の差。
辺境伯様は私に背を向けるように立つと、ギーニックを見下ろす。視線を向けても、その表情は分からない。
この場に、辺境伯様の堂々と強い声が静かに響いた。
「ギーニック。貴様は先程から何を言っている。意味が分からん」




