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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
婚約騒動編

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15/258

15,知りたい『闘将』、令嬢の覚悟

 私は刃に気を付けながら、私の後ろにいるレレックへ声だけを向けた。


「レレック下がって」


「ですが…」


「下がって。大丈夫だから」


 頼むと、レレックは私に合わせてゆっくりと下がってくれた。


 じたりじたりと後退していく。私を嘲笑っているのか、男達は誰もが品悪く笑みを浮かべている。

 屋敷内へ下がると扉は閉められ、外で足止めされるヴァンとは完全に切り離される。


 外の石畳から感触が変わる足元。だけど、まだこちらへ足を進めて来る相手に、止まる事はできない。

 屋敷へ入れば、すぐに使用人達の目にも入る。


「きゃぁぁあ!」


「リーレイ様!」


 メイド達の悲鳴。ディーゴの引き攣った声。屋敷の中がにわかに騒がしくなる。


「屋敷中の使用人を集めろ。じゃなきゃ大事な主人の婚約者がどうなるか…分かってんな」


 男の要求に、ディーゴは私をちらりと見るとすぐに応じた。

 屋敷中の者達が集められる中、私も頬につらりと汗が流れた。ぎゅっと拳をつくる。


 どうすればいい…。私に何が出来る…。






 ♦*♦*




 今日もまた太陽の光が暖かさをくれる。そんな晴れ渡る空の下で、俺は部下達を連れ警備に当たっていた。


 広がる草原。砦から離れて行けば町への道と、屋敷への道が続く。だが生憎と、まだどちらへも向かう事は出来そうにない。

 そっと息を吐き、俺は治める領地を見やる。


 奴らは姿を消した。ならばそれはどこか。

 すでに候補地ならいくつか浮かんでいる。それらに部下を向かわせているから、捕らえるのに時間はかからない。

 だが、万が一そこにいなかったら…。


 そう考え、俺は後ろへと問う。


「ヴィルド。お前ならどう動く」


「国境は諦めます。貴方に責をと考えるなら、町での暴挙、隣接する貴族領との境界、辺境領こちらに近いカランサ国側での何かしら……。まぁざっとそんな感じでしょうか」


「ヴィルドさんの口からスラスラとランサ様嵌めようって言葉が出てくる…。うっわー…」


 バールートが口元を引き攣らせる。ヴィルドは表情を変えず口にするから無理もない。

 俺も苦笑いが浮かんでしまうが、ヴィルドの考えに否はない。すぐにそれらを答えてくれる補佐官は実にありがたい。


「奴らの手勢も残りは少ないようです。そこで仮に大きな事をいうならカランサ国ですが、これはよほど上手くやらなければ首が飛びますし。残るは……公爵家ですか」


「ティウィル公爵家か? 彼女を殺すと?」


「貴方と公爵家、最悪王家を巻き込む大騒動ですよ」


 それは勘弁願いたいな…。

 だが、ヴィルドが言う事は否定できない。そうなりかねない危険がある。


 シャグリット国において、辺境伯家は特殊な位置づけに在り、国境を守るという役目を持つ。そのために必要な権利と軍を持っている。


 王家から強く固い信を受ける辺境伯家は、権利がなければ歴史上の功績からもっと高位に…それこそ第六家として公爵位を賜っていてもおかしくないとさえ言われている。

 だが、権利と立場を二つ与えるのは良くないとされ、だから「特殊な立場」と「制約付きの権利」を与えられた。そして、辺境伯家と王家の間で縁組がされたこともない。


 俺は特段、地位に興味はない。あくまで為すべき事を為し、陛下や殿下の信頼に応える事が俺の重要な事。

 それは、俺と同じように国境を守るもう一家の辺境伯も同じだろう。

 …というか、アイツは地位そんなものよりも、己の重要基準が存在するからな。思い出して少々頭痛がしてしまったが、今は放っておく。


 リーレイ嬢の事は奴らも知っている。俺が伝えてからの話の広がりが、普段以上に早かった気さえするが。


「でもランサ様。それなら何でリーレイ様を屋敷に帰したんですか?」


「屋敷と砦では、リーレイ嬢の心が休まるのはどちらだと思う? 危険はどちらも同じだ」


「それは……」


 言いたい事は分かるけれど…という表情でバールートが口を閉ざす。そんな表情が手に取るように分かり口元が緩んだ。


「それに屋敷の者もいる。護衛にはヴァンもいる。目撃者は多くなるぞ? そうなれば事実解明も容易い」


 人の出入りが激しい砦よりも、堅固で知る者だけが出入りする屋敷。俺は後者を選んだ。


 確かに奴らが接近する危険はある。

 バールートの報告では、奴らの企みに気づいたのはリーレイ嬢だったらしい。鬼ごっこをしていたという報告には首を捻ったが、まぁ鍛錬でやらなくもない。

 奴らの話から、リーレイ嬢はすぐに俺の元へ走ることを選んだ。


 聞いた時には驚いた。同時に奴らがリーレイ嬢に手を出す危険も考えた。

 だが、砦での保護はリーレイ嬢に負担をかける。心が休まらないだろ。いくら馬を駆るとはいえ公爵家の『令嬢』だ。緊張状態は辛いはず。


 それに、俺の婚約者である彼女にはこういった危険はこれからもある。常に砦で保護するわけにはいかない。


 砦での保護は確かに安全だが、正直に言って場所はどこでも危険は変わらない。

 リーレイ嬢には護衛がついている。ヴァンの腕は正直どれほどか分からなかったが、矢を止め、射った腕前からかなりであると解った。

 それも俺がリーレイ嬢を屋敷へ帰した理由だ。ヴァンの腕が分からなければ、俺も彼女を砦に置いたかもしれない。


 考えて思い出すのは、執務室で笑っていたヴァンの事。思い出しても眉間に皺が寄る言葉の数々。


「あ、そういえば」


「何だ」


「いえ、大した事じゃないんですけど。リーレイ様って意外と冷静なんですよ。後、実は凄いかもです」


 言葉の意味が分からない。ヴィルドも後ろの数名の部下達もまた、バールートを見ていた。

 全員の視線を受けても、バールートは調子を崩さない。


「昨日俺が資料室に入った時、リーレイ様が剣持ってたんです」


「剣を…?」


「はい。それにランサ様が戦ってるのを見て、殺してない戦闘不能攻撃まで見て取ってました」


 見て取った? あの状況で?

 バールートの言葉には俺だけでなく全員が驚かされる。


 そういえば、バールート側の報告は受けたが、リーレイ嬢の詳細を聞いていなかったな…。奴らの事を中心に聞いていた。抜かった。

 思わず己を叱責するが、俺の頭に浮かぶのはリーレイ嬢の姿ばかり。


 跨って駆ける事は無くとも、乗馬は貴族令嬢の中でもこなせる方もいる。

 だが、剣術まで? いや。それはないだろう。乗馬でさえ怪我はする。剣術となるとさらに増える。そんな事を公爵が許すはずがない。

 隠れて鍛錬したとしても、傍で世話するメイドや侍女にはバレるだろう。


 護身術の教育を受けても、騎士から剣を奪い取るか? 俺の戦い方まで見て…。


 疑問が浮かんでくるが、その答えなど出ない。

 だが、また、俺の頭の中でヴァンが笑う。無意識に馬の腹を軽く圧し、俺は走り出した。

 後ろからは「どこ行くんですか!」と、バールートの声が聞こえてくるが止まらなかった。どうせ追って来るのは分かっている。


『止められないんですよ。あの人は、自分で勝手に走ってくんですから。それなら俺は付いてって、本当に危ない事からは守ります』


『どう止めろってんですか? 辺境伯様がお嬢に危険な真似させずにどっかに閉じ込めるって言うなら、それは俺も楽ですね。でも無理ですよ』


『お嬢が一人で突っ走らない限りは』


 ヴァンは知っている。俺が知らない事を。リーレイ嬢という人の事を。

 あの言葉の意味を、俺は今すぐ知りたい。


 胸に沸き上がって仕方ない疑問と同じくらい、砦を去っていくリーレイ嬢の小さな背中を思い出し、無性に心が逸った。






 ♦*♦*




 喉元に突きつけられた刃にはずっと緊張させられる。それでも何とか周りの状況を見た。


 こいつらは屋敷に盗みに入りに来たわけじゃないらしい。使用人を一所に集めて、自分達も動こうとしていない。

 壁の前に皆が集まり、私はその前で立ったまま。


 相手は、私に剣を突きつけてる国境警備隊の一人と、破落戸ゴロツキが五人。そして屋敷の外でヴァンの足止めをしてるのは、国境警備隊が二人と破落戸が四人。


 屋敷の中に入って少し安心したのか落ち着いたのか、男達は余裕気だ。


「泣かねえ御令嬢とは、強情だなぁ」


「泣いて助け求めてもいいんだぜ?」


 品のない笑い声が周囲でドッと上がる。

 馬鹿にされるのは腹立たしいけれど、この状況では逆に冷静になれた。


「そんな深窓の御令嬢じゃなくて、ごめんなさいね」


 冷静に、だけど不快だけはしっかりと込めて言ってやると、破落戸共の顔が歪んだ。


 私はここで泣いているだけなんて許されない。この状況は私が招いた事。

 後ろではまだ若いメイド達が怯えてる。男性達は比較的冷静なようだけど、長引かせる事は出来ない。


 何とかしないと…。


 不愉快に顔を歪めた破落戸の一人が、私に向けて手を伸ばす。その手が私に触れるより先に、私の後ろからぴしゃりとシスの声が放たれた。


「おやめなさい! その方はランサ・クンツェ辺境伯様の御婚約者、ティウィル様ですよ!」


 毅然としたシスには少し驚いた。メイド達の前で彼女達を守るようにしている。

 驚いた私とは違い、男は怒りを顔に浮かべるとズカズカとシスに歩み寄る。


「生意気なんだよ! 辺境伯風情の小鼠が!」


「シス!」


「「シス様!」」


 シスを蹴り飛ばす男に、私とメイド達の声が重なる。

 シスは身を伏せて痛みに顔を歪めた。その傍にはメイド達が青い顔をして慌てて寄りそう。

 そんな彼女達にも、男は拳を振り上げた。


「ただのメイドが楯突くんじゃねえ!」


「いやっ…!」


 考えるより先に、身体が動いた。

 余裕から安心しきった隙だらけの国境警備隊の刃を、シュッと身を屈めて避けると、そのまま私は後ろに跳んだ。


 男の振り上げられた拳が落ちる。その先に居るメイドはお喋り好きのミレイム。その合間に身体をねじ込んだ。

 瞬間、頬に強烈な痛みが走った。


 体勢は崩さないようになんとか膝を折ったままを保ったけれど、まともに食らって痛い。食らいながら倒れればよかった…。

 そんな事を思うけど、一瞬でそんな考えは消えた。


「「リーレイ様!」」


 シスやディーゴの声が聞こえる。

 ただただ頬が痛くて口の中で血の味がした。


 一瞬シン…と静まった場だけど、すぐにドッと男達の笑い声が響き渡った。どいつも大口開けて笑っている。


「正気かコイツ!」


「たかがメイド庇って殴られに来やがった!」


 耳障りな笑い声。

 私の周りには、青ざめたメイド達やシスがすぐに来てくれる。彼女達の主として未熟すぎる私への気遣いが、場に似合わない嬉しさをくれた。


 だから、頑張らないと。彼女達の為にも。私の責任の取り方としても。

 それに……許せない。


「謝罪しなさい」


「あ?」


 猛烈に腹が立った。皆を制して立ち上がる。


 私は知ってる。この屋敷の皆が、辺境伯様の為にと心を砕いて仕事をしている事を。誰もが辺境伯様を尊敬し、想い、共に居る事を。

 屋敷に来て長くはないけれど、屋敷中をあてなく歩いて見ていた。


 あるメイドは、辺境伯様の執務室を毎日丁寧に掃除していた。あるメイドと料理長は、辺境伯様がいつお戻りになっても温かい食事を召し上がっていただけるように思案していた。

 ある使用人は毎日エントランスと外の掃除をしていた。「大変じゃないか」と聞いた事がある。そうしたら笑ってこう言った。


『ランサ様がお戻りになったら、気持ちよく過ごして頂きたいので』


 レレックも「ランサ様が心安らぐ庭にしたい」と言っていた。


 皆、屋敷の主の為に尽くしてる。そんな中で突然風変わりな『令嬢』が来たら、それは快くも思えないだろう。

 納得もしたし、辺境伯様に対する皆の心が見えて、少し嬉しくて、そして…羨ましかった。


 私の家にも昔、使用人がいた。叔父様が父様の為にと手配してくれたんだと聞いている。

 だけどその人達は、母様が亡くなってすぐ、勝手に家を出て行った。いくら父様が公爵家の子息でも、平民暮らしの主には耐えられなかったんだと思う。母様の死は丁度いい機会になった。

 父様は困ったように笑うだけで、手を打つ様子はなかった。私もまだ幼くて、母様が亡くなったばかりで、事がよく分かっていなかった。


 今になっては、特に気にもしていない。

 だけど辺境伯邸に来て、使用人達の姿勢に感心して、羨ましさを感じた。


 尽くせる人がいる事も。尽くしてもらう辺境伯様も。


 使用人として当たり前と言う姿勢なのかもしれない。だけど私にはそう思えなかった。


「ハッ! お偉い公爵家の私を殴ったのだから、ってか!」


「そんな事心底どうでもいい!」


 馬鹿にした言葉に怒鳴り返した。怒鳴り返された男も「は…?」と唖然としている。

 後ろの皆からも、戸惑うような驚いたような視線を感じた。だけど…


「あんた達が、たかがなんて言うな! 人を容易に傷つけるあんた達も誇りの欠片もない国境警備隊員も! 誇りをもって役目に勤め、屋敷の主の為にと心を砕くこの人達を、笑う資格はない!」


 支えんと。少しでも力にならんと。毎日の仕事を誠心誠意こなす皆。

 部下を向かわせれば済む事でも、己で馬を駆り、前線へとその足で向かう辺境伯様。


 どちらへの侮辱も、決して許さない。






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