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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
合同演習編

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126,魔法の言葉があるのです

 そういえば、ランサは私に屋敷内の調べを任せると言ってくれたけれど、自分は何をするのかは言わなかったな。という事に気付いたのは翌日の昼間の事だった。


 午前の内に演習を見せてもらう時間を作ろうかと思っていたんだけど、それを聞いてみたら「ごめん。今日はちょっと特別な鍛錬だから。待ってて」とシャルドゥカ様に止められた。何か大事な事があるみたい。

 それなら私は従うのみ。だから今日は一日屋敷で調べに努めることにした。ヴァンと一緒に、例の席にいたメイドを調べて顔と名前を一致させた。中にはクリビア様の侍女も、私の世話をしてくれるウルシャもいた。他にも数名。

 この中に犯人がいるのかなと、考えながら時間を過ごす。


 屋敷内は危険もあるけれど、だからなのかヴァンは常に私の傍に居る。私も一人で動くつもりはない。


「母上。お花が咲いてたから、いっぱい持ってくるね」


「あら。ありがとう、ザオ」


 クリビア様は屋敷の花が好きだそうで、ザオ君はよく、メイドや庭師と一緒にその花を摘んでクリビア様に贈るらしい。

 てけてけとメイドを一人伴って温室の方へ行くザオ君を見送り、私はふとある事に気付く。


「花を贈るのも、いつかはシャルドゥカ様が止めに入るのでしょうか…?」


「ねぇ? いつになるかしら」


 クリビア様はクスクスと喉を震わせている。すでにそこには思い至っていたみたい。

 そうだろう。あのシャルドゥカ様の奥方なのだから。


「クリビア様は、シャルドゥカ様の事を深く理解していらっしゃるのですね。私なんてまだ驚かされる事も多くて…」


「そこはドンと構えていますから。いつまでも流されはしませんわ」


「って事は、昔は流されてたって事です?」


 すぐさま飛んだヴァンの言葉に、クリビア様も「少しだけ」と余裕を見せる。…流石だ。私もこうなれるくらい頑張ろう。


 クリビア様と話をしていると、ヴァンの傍にはユーティ君がやって来る。

 ユーティ君とザオ君はすっかりヴァンと仲良くて、暇さえあれば遊んでとやって来る。だからなのか、今ではもう親しいお兄さんのように接している。


「ヴァンさんは騎士ですか?」


「違うよ。俺はただのお嬢の護衛」


「剣は使いますか? 父上は、ヴァンさんは凄いんだって言ってました」


「使うよ。俺凄いから」


 そんな会話には笑ってしまう。

 ユーティ君はパッと表情を明るくさせてヴァンに子供用の木剣を持たせる。「鍛錬しましょう」「えー」って子供相手でも普段通りのヴァンは、一度だけ私をちらりと見て少しだけ離れた。


 早速打ち込み稽古。…と思えば、打ち込んでくるユーティ君に対して、ヴァンは木剣を振るどころかひらひらと躱すばかり。

 ユーティ君はムーっとムキになって、ヴァンは能天気にひらりひらり。そんなヴァンに困り顔になってしまう。


「シャルドゥカ様もユーティ君には鍛錬をつけるのですか?」


「えぇ。ユーティかザオ。どちらかが跡取りだから、すでに教育は始めているわ」


 私はユーティ君を見た。

 長男が継ぐ事が多い当主の座。順当にいけばユーティ君が継ぐだろう。そして未来を担っていく。

 シャルドゥカ様もランサも、そうして父から辺境伯位を継いだ。そして今度は自分が次代に託していく。いつか、ランサも――


「シャルドゥカ様にも、ユーティにもザオにも。出来るだけ何事もないで欲しいと思うけれど、こればかりは分からないから。カランサ国との戦が起こったあの時も、シルビ様の胸中を想うと辛かったわ…。シルビ様は私の想像などよりずっと辛かったでしょうけれど」


 カランサ国との戦は、タンケイ領とは真逆の国の片隅で起こった事。だけど、クリビア様やシャルドゥカ様は最もその危険と当事者達の想いが解った方達だ。

 これが逆の立場でもきっと同じ。


「私も、そう思います…。心配や不安は、どうしようもないですが。信じます」


「私もよ」


 私も知った。国を守るという事。国境を守るという事。

 ランサがその背中で教えてくれた。隣に立って教えてくれた。王都に居た頃には知らなかった事を。


 行かないでと告げるよりも、信じていると想い続ける。

 その力になれる事をしたいと思うから。


 私達の前では、ユーティ君が負けずとヴァンに挑んでいく。


「…ヴァン。もうちょっとちゃんと鍛錬つけてあげないかな…」


「ふふっ」


 クリビア様も思わずと言った様子で笑っている。

 …あ。またひらひらと。ふざけてないかな? でも、私が打ち込んでも時々あぁいう動きをするからそうとも言えない。

 そう思っていると、ユーティ君が少し拗ねたようにとてとてと私の元へやって来た。


「リーレイ様。ヴァンさんはいつもこうなんですか?」


「そうなの。でもね、ヴァンを動かす魔法の言葉があるの」


「! 何ですか?」


 不服そうだったユーティ君の表情がパッと聞きたそうに輝く。私はその耳にこっそりと魔法の言葉を教えた。

 普段なら私も使わない。だけど、熱心なユーティ君の為に少しは鍛錬をしてあげてほしい思いから、この言葉を教えてあげる。


 それを聞いたユーティ君はタタッとヴァンの元へ駆け寄った。


「ヴァンさん! 今から父上と鍛錬するのと僕と鍛錬するの、どっちがいいですか?」


「お嬢変な入れ知恵やめてくれません!?」


 ヴァンの悲鳴のような声が聞こえてくる。それを聞いて思わず吹き出した。


「ヴァン。今日は何か特別な鍛錬をするんだって。今からなら出来るかもしれないよ?」


「よーしユーティ様。みっちり鍛錬やりますよー」


「はーい!」


 ヴァンの切り替えにはクリビア様もメイド達も笑っている。


「ヴァンさん。鍛錬嫌なの?」


「本人が少々面倒がりなんです。十分騎士達と手合わせできる腕を持っているので、騎士やランサ様からは鍛錬に誘われるのですが、本人がやりたがらなくて…」


「それで、それを出せば別の方を取るのね。分かり易いけれど、存外きちんとしてるわ」


 クリビア様の言葉には私も頷いた。

 そう。ヴァンは面倒がるけれど、提示したどちらかをちゃんと選ぶ。面倒くさいを理由にどっちも拒む事はない。どちらも嫌なら第三の方法を提示してくれたりする事もある。お願いをした時も顔を顰めながらも了承してくれる事だってある。

 そんなヴァンは、ひらひら躱すのを止めてちゃんと教えてる。そんな様子を見て笑みが浮かんだ。


 それから二人はしばらく手合わせをして、疲れた頃に戻って来た。

 一息吐いて菓子と茶を口にしたユーティ君は私を見た。


「リーレイ様は剣を使うんですか?」


「えっ。…うん。どうして?」


「リーレイ様。家に来た時に剣を持ってたので。ヴァンさんに聞いたらそうだよって」


 私が剣を佩いてきた事は知られている。隠しているわけではないし、シャルドゥカ様にも許可を得ている。…良い顔をされるか否かは別問題だけど。そういうことも考慮して、剣もクローゼットに仕舞ってあった。

 今いるメイド達もさして表情は変えず、クリビア様も何も言わない。


 私が頷けばユーティ君は驚きと感動の混じる表情を浮かべた。


「凄いです! 馬にも乗れて剣も出来るなんて! じゃ、じゃあランサ様と勝負したりするんですか?」


「ランサ様とはした事はないよ。……ランサ様と手合わせか」


「お嬢。若干惹かれないでくれます? まずランサ様は受けませんって。お嬢に剣向けて髪一本でも切れたら…」


「うん、しない。言わないやめとくから」


 ガドゥン様との手合わせだってあれだけ渋られたんだから。そんな事をランサに言ったら…


『…手合わせ? リーレイと? それは…リーレイがしたいなら。だがリーレイに傷…いや髪一本でも切ったら俺は…。いや…うん。そうだな…。うん…リーレイがしたいなら…』


 …駄目だ言えない。私の髪以上の代償をランサが払う光景しか浮かばない。


「じゃあリーレイ様も、ヴァンさんと鍛錬するんですか?」


「うん。後は…直属隊の騎士の方と時々」


「凄いです! じゃあ僕と鍛錬してくれますか?」


 あら…。期待に満ちたその眼差しに何て言えばいいものか。

 少し迷う私の耳に、クスリと笑うクリビア様の声が聞こえた。


「構いませんわ。リーレイ様さえよろしければ」


「…では、少しだけ」


 私はヴァンに子供用の木剣を借りて、ユーティ君と一緒に少し離れた。


 構えるユーティ君はとても真剣で、日々の鍛錬を頑張っているんだと一目で分かった。それなら私も半端な事はできない。

 打ち込んでくるユーティ君の剣を弾き、こちらからも打ち込む。当て所の加減はするけれど、それ以外は全力で。私達から突かず離れずの距離を保ったヴァンは、いつでも動けるようにとじっと私達を見ている。それもとても頼もしい。


 打ち合う木剣の音は心地良い。ここしばらくなかった感覚も気持ち良い。


 しばし打ち合っているうちに、ザオ君とメイドが戻って来たのが見えた。

 ザオ君は嬉しそうに、綺麗に包んだ花束をクリビア様に渡し、クリビア様も笑顔で受け取っていた。






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