124,『闘将』は正直に伝えます
「よくやった」
「いえいえ」
「リーレイには?」
「言ってません。夕食のカトラリーも一通り見ましたけど、特に怪しいのはなかったです」
ヴァンの報告を聞きながら俺は口元に手を当て考える。
食べ物に直接という可能性もあるが、リーレイにおかしなところはなかった。
食べ物に仕込めば配膳まで己の手でなさねば、誰に給仕されるか分からず確実性がない。となると、容疑者も特定しやすくなる。…そこを避けたのか。
昼間と夕食、続けて行うのを避けたとしても…厄介な問題が出て来たな。
「屋敷内でこんな美しくない事をする者がいるとは…」
シャルドゥカも声音に不快を見せている。へらへらとしている男だが、こういう時はその音も変わり、低く重い。
その心境には俺も心底同意だ。しかも狙ったのはリーレイ。
役目に忙しい俺やシャルドゥカは、屋敷内の事は必然、妻や家令に任せる事が多い。それで解決する事がほとんどであるが、こういう場合は俺達も黙っているわけにはいかない。
容疑者は、屋敷にいるすべての者になるのだから。雇っている側に責任がある。
「状況を考えれば狙いはリーレイだ。だとしても理由が解らん」
「すぐ浮かぶのは、僕ら両家の関係悪化。演習の阻止。ティウィル公爵家との衝突。…かな」
「演習を阻止しても大して意味はない。これはこれまで出来なかっただけで、以前からやっている国家防衛行事だ。辺境伯家に恨みがあって、というならまぁ分からなくはないが」
「…ってなると、辺境伯家の使用人に不心得者がいるってことかな。僕はそんな美しくない人は入れてないはずなんだけど」
屋敷内で問題が起こるのはどの家でも困り事だ。だから使用人を雇う時には身元もきちんと調べる。
もしも不審な点があればシャルドゥカが雇う訳がない。辺境伯家の使用人には必然、役目の理解と危機意識が他家よりも必要になる。
となると、他の動機…。
考える俺の後ろからヴィルドの声も飛んでくる。
「ティウィル公爵家に関しては、表立った衝突をしようというつもりはないと見てよろしいのですね?」
「あぁ。それによる軋轢が国や王家に及ぼす影響を考えれば、ティウィル公爵とてあからさまには動かないだろう」
「ですね。いくらお嬢可愛がってるって言っても、国は国ですし。単にランサ様への眼光が増すくらいですかね」
…それも十分なんだがな。以前も受けた眼光は今も覚えている。
あぁいう方だが、リーレイだけを見ている人ではない。考えはきちんと分けられている。だからこそ五家の当主が務まるのだろう。
二つの候補が消え、ヴァンの目がシャルドゥカと俺を交互に見た。
「んで、何か一番可能性がありそうなお二人絡みはどうなんです?」
「ヴァン。確かに大変な問題だけど、それで僕とランサの間に亀裂が走ると思うかい? 僕とランサだよ? 美しいランサとそんな美しい彼が好きな僕だよ?」
「そうですね。なんかすごく一方的に入りそうな気がします」
「どうして!?」
シャルドゥカ。本気で理解できないというような顔をやめろ。お前を見ていると呆れのため息しか出て来ない。
隠す事無く息を吐き、俺は仕方なくヴァンを見た。
「ヴァン。俺個人がシャルドゥカ及び犯人であろう人物に向ける感情と、辺境伯としてシーラット辺境伯に向ける感情は別物だ。シーラット辺境伯への信頼と共感は決して消えない」
「ランサっ…! 君がそこまで言ってくれるなんてっ…。いつだってまっすぐ揺るがない君は本当に美しい…!」
「何か二人に妙な差があるんですけど」
放っておけ。シャルドゥカにあれこれと言って聞かせるのは無理だと俺はすでに知っている。
真面目なのかふざけているのか。すぐに話がズレるのはよくある事だ。
「シャルドゥカ。一応聞くが、夫人がリーレイを狙う動機はありそうか?」
「僕が知る限りはないよ。うーん…。そこを一番に聞くランサも、冷静に考えを広げていて美しいね」
「妻を疑われて何を言っている」
「ランサが僕の立場でも同じじゃない?」
…かもしれない。シャルドゥカの微笑みから俺は視線を逸らした。
俺達は『将軍』だ。ありとあらゆる可能性を考慮する。そこに身内は関係ない。
何を賭しても守らなければならないものがある。だから俺達は、天秤に何が載っても役目以外に傾く事は無いのだ。
それを伝えた時、リーレイはあっさりと「当然」だと頷いてくれた。あっさりすぎて俺が何も言えなかった。
すでにそこまで理解してくれていた事には感謝もした。頭が上がらない想いだった。
そんなリーレイだからこそ、もしも自分が疑われ俺が反論もしないでいても普段通り堂々としているかもしれない。
「最も疑わしいのはそのスプーンを持って来た人物ですね。ヴァン殿、その人物は?」
「一応厨房で聞いたんですけど。菓子の準備を始めた時には用意されてて、正直出しっぱで誰でも触れる状況だったらしいんで、容疑は微妙です。あ。厨房の人にも毒については言ってません。魚は自分で捌くからって貰ってきました。後で埋葬しときます」
「容疑者が多いね。しばらく内密でよろしく」
「あぁ。だがリーレイには伝える」
「…いいの?」
少し驚いたような顔をするのはシャルドゥカだけだ。
黙っているつもりは最初からない。それに、狙われたかもしれない本人だ、きちんと自衛は意識してもらいたい。
頷いた俺にはヴァンもヴィルドも頷いた。
「そうですね。それならリーレイ様も御自身で注意されるでしょう」
「言っておけば、自分から犯人探しとかしそうですし。言わなくても、怪しいと思えば勝手に動きそうですし。ある程度動きは予測できる方がいいですね」
「…ヴァン。お前のそれは何も安心できないんだが」
俺とて思わないわけではないんだ。あぁ本当に…いつもいつもリーレイには心配させられる。
思わず頭を抱える俺の耳にはシャルドゥカの笑う声も聞こえる。
「護衛。しかとリーレイを守れよ。リーレイが動けばお前も道連れだ」
「あー…お嬢本当大人しくなってくれないかな…」
諦めの言葉には俺も笑った。
そう言いながら、その顔は本気には見えないが? お前も結局は、駆けまわるリーレイについて行くことを決めたんだろう。
ヴァンは魚の入った器を持つと「埋葬ついでにお嬢呼んで来ます」と、一旦執務室を出て行った。
♦*♦*
自室でのんびりとしていた私は、ヴァンに呼ばれてシャルドゥカ様の執務室に向かった。
そこにはランサもヴィルドさんもいる。何か大事な話でもしてたのかなと思うけれど、一体どうして私が呼ばれるの…? 分からない私はそのままランサに手招かれて隣に座る。
この集まりなら軍事演習の事じゃないのかな。ヴィルドさんもそうらしい様子だったし。
だけど、ランサの目は真剣で、空気もどこか鋭い。…自然と背筋が伸びた。
「何かあったの?」
少し、心臓が煩い。
国境警備や演習の事で私が呼ばれる心当たりはないけれど、多分、ランサが私にも伝えるべきだと思ったんだろう。それなら私にも出来る事はしたい。
そう思ってランサを見ると、ランサは少しだけ口元に笑みを作った。その手がきゅっと私の手を包んでくれる。
強い眼差しは、私をまっすぐ見つめた。
「夫人と菓子を食べたそうだな。実はその時、リーレイにと用意されたスプーンに毒が塗られていた」
「…!」
「ヴァンが気付いたおかげで、リーレイの体には入っていない。安心してくれ」
ギョッとした私の不安をランサはすぐに晴らしてくれた。だけど衝撃は消えない。
毒…。私に。衝撃は全身を巡って体が強張った。
もしも、それを口にしていたら…。そう思うとゾッとする。
だけど、その毒にヴァンが気付いていた。
その言葉に、私はハッとあの場での小さな騒動を思い出した。疲労困憊なのかと思ったけれど、それは全く違って、わざとだった…?
「ヴァン。ありがとう」
「護衛ですから」
さらりとしていて頼もしい護衛だ。感謝を抱きつつも、次には疑問がどんどん湧き上がってくる。
一体誰が。そして何故私に。心当たりはない。スプーンに毒という事は仕込んだのは屋敷の誰か…?
「私への恨みより…辺境伯家同士の関係悪化が目的かな? だけど、犯人と辺境伯は別だよね? 寧ろ…二人とも協力するだろうから、逆効果じゃないかな? 他家から見られる方が重要だったとか?」
「そうだな。シャルドゥカには呆れるが、それが両家の関係悪化にはならない。が、周りの目というものは俺達ではどうにもできないから厳しいな」
「演習…は、別に変わらないよね?」
「あぁ。リーレイに護衛と毒見役をつければ良い」
「分かった。私も気を付ける。何か出来ることないかな?」
ランサが話してくれた理由が解った。知ると知らないでは心構えが違う。
疑うのは心苦しいけれど、起こったのは事実。ヴァンにばかり頼ることなく、私自身も気を付けないと。それに、屋敷の中に犯人がいるなら、ランサやシャルドゥカ様よりは屋敷にいる時間もあるから調べられる。
そう思っていると、抑えているような忍び笑いが聞こえた。すぐさまランサの半眼がそちらに向く。
「…シャルドゥカ」
「うんっ…。リーレイ嬢って本当に…頼もしいねっ…」
「そう…でしょうか?」
「うん。とっても。全てを正直に伝えるランサには少し驚いたけど、こういう事かなってちょっと解った気がする」
「お前は…その目でこちらを見るな。首を後ろへ捻じれ」
「そんな勿体ない。ずっと見ていたい」
シャルドゥカ様は輝くような笑みを浮かべている。よく見るそんな笑みは、見目麗しい容貌にとても似合っているけれど、ランサからは素敵な笑みには見えていないらしい。その表情で分かる。
呆れの息を吐くランサとシャルドゥカ様が言い合っているのを聞き流しながら、私は後ろのヴィルドさんへ小声を向けた。
「ヴィルドさん」
「はい」
聞かれたくない私の意図を察してか、ヴィルドさんはスッと少し身を屈めてくれる。それに感謝しつつ私はまっすぐ見つめた。
「ランサが狙われないとも限りません。役目の間、ランサをお願いします」
「勿論」
一瞬、変わらない表情の中にある目を私にまっすぐ向け、ヴィルドさんが頷いた。
辺境騎士団で今、この件を知っているのはヴィルドさんだけ。私は常に傍に居るわけじゃない。だけど、頼れる人がいるのだということは知っている。
ヴィルドさんはすぐに体勢を戻すと、一つ息を吐いてランサを見た。
「ランサ様。それで、屋敷でリーレイ様に何を調べてもらうつもりで? 犯人が屋敷内の者ならば我々よりも動ける時間がありますが」
ヴィルドさんの言葉に、ランサはシャルドゥカ様からヴィルドさん、そして私に視線を向けた。
「あぁ。その茶会の準備にあたっていた使用人と、その動きを調べてほしい。幾人かは絞り込めるだろう。くれぐれも、無理はしないように」
「分かった」
「リーレイ。くれぐれも」
「無理しない。ちゃんとヴァンを傍に連れて、一人で動かない」
ランサは心配性だ。私がちゃんと言葉にするとそれでいいと言うかのように頷いた。
こういう時、ランサは私に「動くな」と言わない。嬉しくもあり、心配させないようにしようと思う。
私に出来る事を。して欲しい事を。ランサは言ってくれる。だから私も頑張れる。




