123,護衛官だけが気づいた事
夕方。ランサとシャルドゥカ様が屋敷へ帰って来た。今回はランサの後ろにヴィルドさんもいる。
三人を私とクリビア様は出迎える。
「「おかえりなさいませ」」
「うん。美しい二人が出迎えてくれるなんてとても幸せだね。ランサもそう思わない?」
「お前に同意したくないが…そうだな」
あ、ランサが肩を竦めた。「クリビアに不満でも?」「お前にな」って言い合う二人に私はクリビア様と顔を合わせて笑った。
シャルドゥカ様はすぐにクリビア様の傍へやって来ると、自然と引き寄せる。
「シャルドゥカ様。一つお話があるの。よろしいかしら?」
「勿論。何だい?」
「貴方、ユーティが私に美しいと言うのを止めているそうね? 妬くのも大概になさっては?」
ニコリと微笑みを浮かべているクリビア様に、シャルドゥカ様は一瞬体を強張らせた…ように見えた。
私がそんなお二人から少し離れると、ランサにスッと引き寄せられる。
「…うん。だってねクリビア。もう、ユーティだって分別の分かる歳になった男だよ? 気が気じゃない」
「大切な我が子です。それとも…ユーティがそう言えば私の心が動くとでも?」
「まさか。僕の愛しい人」
「あら。その即答は嬉しい。私は常々、貴方の令嬢への声かけも何も言いませんのに…私が言われる事には反応するなんて、困った方ね」
「だって君だけなんだ。…うん。ユーティには謝っておくよ。だけど頻繁には言わせないから」
そこは譲れないって様子なシャルドゥカ様に、クリビア様は口元に手を当てて笑った。
元々クリビア様も本気で怒ってはいないけれど、今の二人は想い合っているのが分かるくらい素敵な光景だ。
それを見ているランサも「全く…」って少々シャルドゥカ様には呆れているみたい。
だけど不意に、シャルドゥカ様が真剣な眼差しでランサを見た。
「ランサ。君だって考えてみなよ。我が子とはいえ他の男がリーレイ嬢を口説くなんて、黙っていられるかい?」
「……子供だろう」
「ランサ今の間は何かな?」
ちょっと真剣に考えてたの? シャルドゥカ様と同じ道を行こうとしてない?
思わずランサを見ると、どうしてかスーッとランサが視線を逸らす。ヴィルドさんも呆れているようにため息を吐き、ヴァンがケラケラと笑っている。ランサを見る私にクリビア様はしかと教えて下さった。
「リーレイ様。そういう時こそ、流されない、毅然と、しかと夫の手綱を握る、ですよ」
「はい!」
「待てリーレイ。一体夫人と何の話をしたんだ」
強く頷き合う私とクリビア様にランサは待ったをかけるけれど、私は色々とクリビア様に教わったから、もう流されない!
ランサのような男性はそういないけれど、それと唯一と言っていい同じような愛情表現をするのがシャルドゥカ様だ。だからこそ、クリビア様のお話は興味深くて為になる。
「ランサも頼もしい妻がいるね。早く結婚すればいいのに」
「初夏に殿下が成婚だろう。その後だな」
「あぁそっか。ランサは真面目だね」
シャルドゥカ様はランサの言葉に何か納得したような顔をした。だけど不意にニコリとその表情に笑みを浮かべる。
「それじゃあ、二人の子供を見れるのも先になるかな。楽しみなんだけど」
「お前には会わせたくない。夫人と子供達にのみ紹介する」
「また僕だけ放置っ…!」
ぐはってダメージを受けているような、けれどどこか楽しそうなシャルドゥカ様にランサも呆れの様子。
肩を竦めるクリビア様に促され私達は歩き出す。ランサとシャルドゥカ様が何か話しているのを見ながら、私はそっと後ろのヴィルドさんの隣に下がった。
「ヴィルドさん。軍事演習中でも二人はあんな様子なんですか?」
「はい。ほとんどあの感じです。シーラット辺境伯様がランサ様に声をかけ、ランサ様は毎回同じ反応をしていますが」
…うん。想像できる。
シャルドゥカ様はどこでも空気が変わらない。常に変わらぬ様子だというのは、同時に冷静である事でもあって凄い事だと思う。
「ですが、シーラット辺境伯様もやはり『将軍』ですね。実戦鍛錬となると、ランサ様同様に『将軍』としての顔になられます。あの切り替えは空気を一転させます」
「確かに。昨日の打ち合いでもそうでした」
あれには私も鳥肌が立った。ランサが見せるピリッとした緊張とはまた違う。
と、私は不意に疑問を覚えた。
「ヴィルドさん。今日屋敷にいらしたという事は、何か軍事演習の事で?」
「少し」
…もしかして、昨日ランサが言ってた、最終日の特別な演習の事かな?
と思いつつも、ランサに呼ばれて、私達はすぐに夕食に向かった。
♦*♦*
夕食を終えた俺とシャルドゥカ、ヴィルドは、三人でシャルドゥカの執務室へ入った。
昼間、軍事演習の合間にシャルドゥカが俺に聞かせた話。その件について改めて話し合うためだ。
気付いたシャルドゥカが調べていたという内容。その調べについての資料に目を通す。俺はそれを同様にヴィルドにも渡した。
「…成程。ツェシャ領ではない件ですね」
「あぁ。港町は何かと問題も多いが、これは特にな。シャルドゥカ。潰すという事でいいんだな?」
「当然。…本当、こういうモノを阻めない己が歯痒いよ。陛下に申し訳ない」
「全くだ」
シャルドゥカの内心の怒りも無力感も、同じものを背負う俺にはよく解る。
国境の関所において、問題を全て解決し、国内に一切の不審を持ち込ませない。そう出来るよう努めていても、現実はそうはいかない。
あぁ本当に…己に腹が立つ。だからこそ、見つければ決して許さない。
「辺境伯が気付いたのなら、それが国境に関わる以上、辺境伯も協力するのは当然だ」
「ありがとう。だけど、ここはあくまでタンケイ領。この地を守るタンケイ領辺境騎士団が前線を行くよ」
「あぁ。ツェシャ領辺境騎士団は実戦演習に参加させてもらおう」
シャルドゥカと俺の目が合う。口角を上げているシャルドゥカだが、恐らくそれは俺も同じだろう。
「二家の辺境伯が動くとして、他の調べは?」
「僕の諜報隊が動いてる。なかなか尻尾を出してくれないんだけど、いくつかそれらしい所は分かってる。人を辿って…」
不意に、シャルドゥカが言葉を切った。俺も視線を扉へ向ける。
近付いて来る気配が一人分。それはすぐに扉をノックすると、聞き慣れた伸びた声を発した。
「辺境伯様二人揃ってます? ちょっとお話があるんですけど。あ。出直します?」
「大丈夫。入って」
ヴァンが俺達の元へ来るとは珍しいな…。普段からヴァンだけが俺の元へ来る事はないんだが。
そう思いつつ、俺は資料をヴィルドへ渡した。極秘である以上ヴァンに見られるわけにもいかない。
かちゃりと扉を開け、ヴァンが入って来た。その気の抜けた様子はいつも通り…だが。
「…何ですか。それは」
さすがに、ヴィルドも訝しんで問いかけた。その内心は俺達も同じ。
入って来たヴァンは、片手に深い器を持っていた。しかも、ちゃぽちゃぽと水が入っているらしい音までしている。
なぜそんな物を持っている?
首を傾げる俺達の前で、ヴァンは「よいせっ」とその器を机に置いた。…だが、それを見て俺はまた眉を歪める。
「…ヴァン。魚が食いたいなら厨房へ持って行け」
「あ。食べる予定はないです。魚好きですけど」
ではなぜ、器の中に生きている魚がいる? 水と一緒に揺れていて、魚もさすがに気分が悪くて泳げないといった様子だ。
ヴァンの行動が分からずヴィルドも眉を寄せ、シャルドゥカも席を立つと俺の正面のソファに座り直した。
シャルドゥカの移動を待ってから、ヴァンが手巾を取り出した。「これです」と言って出したそこからは、スプーンが出てきた。
――それを見て妙に、嫌な予感がした。
ヴァンがそのスプーンに魚の餌を載せると水の中へ入れた。
水面の揺らぎが収まり、魚は周りを見ると餌に気付いたのか水面近くへやって来た。そして、餌をぱくりと食べた。
「昼間の内にも試してはみたんですけど…」
餌を食べた魚は、まだ腹が減っているのかしばらくスプーンを突いていた。餌が無いと分かると離れてまた泳ぎ出す。
そして少し後、動きを止めると一度沈み、ぷくりと腹を上に浮き上がってきた。
そんな魚からヴァンに、シャルドゥカと俺の視線が静かに動く。
「いつの物?」
「午後の演習見学から帰ったお嬢が、夫人考案の菓子を頂いたんです。その時にお嬢に用意されてたスプーンです」
「よく気付いたな」
「一緒に夫人のスプーンと予備もちょっとあったんですけど、これだけ光沢が違うというか、磨いてるわりにくすんでるような妙な違和感と言うか…。まぁ違ったらそれでいいかと」
俺はヴァンをじっと見た。
武の腕が優れているのは知っている。だがまさか、そういう目まであったとは。小さな違和感を気のせいとしないのは、護衛として大切な事だ。
抜かりなく教え込まれている。これもティウィル公爵の指導故なのか…。
やはり、とんでもない護衛だな。
そう思うと、ヴァンを育て上げたティウィル公爵も、主だと、唯一だとまで言われているリーレイも只者ではないなと、俺は改めて認識した。




