119,将軍は似た者同士
両団の合同鍛錬が始まった。
すぐに離れて騎士達の動きを見ていると、ささっとヴァンが戻って来た。…なんでちょっと恐る恐るなのかな。
目の前では両団が打ち合いを始めた。それを見つめる。
ツェシャ領辺境騎士団の様子はいつも見ているから、今回は少し視線を逸らしてタンケイ領辺境騎士団を見てみる。
両団ともに実力は同等だろう。ぶつかり合う剣が強く鳴り響いている。滅多にない機会だからこそ、打ち合う相手は他領の騎士。
バールートさんは口角を上げてシャルドゥカ様直属の騎士と打ち合っている。エレンさんも男性相手に引けを取らない。
それを見てふと視線を動かす。
両団の女性騎士は多くが男性と打ち合っている。力では勝てなくても、皆さんそれぞれに戦い方を持っているみたい。速さ。体のしなやかさ。振るのではなく突きを繰り出したり。
これもきっと『将軍』達の教育なのだろう。
そんな中、ランサとシャルドゥカ様はそれぞれを見ながら、時に指導を入れる。指導の言葉は聞こえないけれど、声をかけられた方々はとても真剣に耳を傾け、次にはそれを意識しているのだと見ていても分かる。時に実践して見せる様子には周りの騎士達も視線を向けている。
ランサのこういう姿を見るのはなんだか久しぶりだ。
打ち合いの中でも、騎士同士が声をかけていたり教え合っていたりしている。両団ともこの機会を良いものにしようとしているのだろうと解る。
「わお。直属隊のコーリアとワイバンに勝つなんて、君やるね。名前は?」
「バールートです。いやもうっ。やっぱり直属隊凄いですね! 気を抜いたらブスリでしたし、この人には勝てなかったです」
「ダーバルは指折りの僕の騎士だからね。良かったら手合わせ、どう?」
「お願いします!」
バールートさんとシャルドゥカ様の手合わせ…。声が微かに聞こえて思わず視線を向けた。
隣のヴァンから「お嬢食いつきが凄い」って聞こえたけど、ヴァンだってすぐ視線向けたよね? 私も気付いてるからね。
バールートさんが高揚しながら剣を構えるのに対し、シャルドゥカ様は軽く、落ち着き払った空気のまま。
そして、バールートさんが地面を蹴った瞬間、シャルドゥカ様の目が変わった。
騎士というよりも貴族である印象の強かった目が、ランサが見せるような刃を思わせる『将軍』の目に変わり、私の全身に鳥肌が立った。
二人の剣が速く鋭く、火花を散らす。
バールートさんが繰り出す剣を、シャルドゥカ様は余裕も感じさせる動きで躱し、弾き、己の一手を打ち出す。バールートさんの剣筋を慌てる事無く見切っている…。
バールートさんも負けてない。それを紙一重で躱し、剣を繰り出す。
両者の攻防は空気を震わせ、他の騎士達も見守る。ランサもその試合を横目に見ていた。
長いように感じたその手合わせ。だけどそれは、バールートさんの剣を躱し、シャルドゥカ様が繰り出した一手で終わりとなった。
見ていた私も思わずホッと息を吐く。終えたバールートさんも、解放的な息を吐き出した。
「ふぅ…。やっぱり強いですね。負けました」
「なかなか良い手合わせだったよ。かなりランサに鍛えられてるね」
「そりゃもう。でもランサ様にも勝てないし、まだまだです」
緊迫の手合わせをした後でも、バールートさんは「まだやる!」って他の騎士達と手合わせを始めた。
その勢いに他の騎士達もあてられ、だんだんと熱気が立ち込める。それを見ながらシャルドゥカ様とランサが何か話をしていた。けれど今度は、ランサがタンケイ領辺境騎士に声をかけられ手合わせを始める。
ランサはそれはもう容赦なく、かかって来た全員を叩きのめしていた。どさくさ紛れにバールートさんと、誘われたらしいソルニャンさんまで打ち込んでいた。二人も同じようにやられてしまって、シャルドゥカ様が肩を震わせていた。
そんな様子に思わず私も笑ってしまった。
それからしばらく、騎士達はそれぞれに打ち合い、そして今度は障害物を突破する鍛錬を始めた。
置いてある障害物を越え、飛来物を弾き返し、死角からの攻撃を躱す。それを走りながら行う騎士達の緊張感には、私も手に汗を握った。
少しでも間違えれば怪我をする。だからなのか、ランサもシャルドゥカ様も厳しい声を飛ばす。
勿論、ランサとシャルドゥカ様も参加した。
流れるように駆け抜ける。毎回飛んで来る位置も物も死角攻撃も、全てパターンが異なる。だけど二人は冷静で、慌てる事無く対処する。
「目だけじゃない感覚を鍛える意図もありますね、これ」
「うん。ヴァンならやれる?」
「どうでしょ。飛来は避けれると思いますよ。死角は気配と距離によりますかね」
「よし。後で試そう」
「さらっと参加させようとしないでくれます?」
騎士達がその鍛錬を終えたところで、一旦休憩となった。
その間に私はヴァンを誘ってみたけれど、頑として動いてくれなかった。
「ヤです。やったら絶対に全員に目をつけられるんで。俺は静かに過ごしたいです。お嬢。俺に平穏をください」
…なんだかもうすでに疲弊したような顔で言われると、それ以上言う事もできない。私だってヴァンの平穏を壊したいわけじゃないからね。
ヴァンの平穏は…うん。面倒事がなくて。昼寝が出来る事だもんね。分かってる。
いつも通りなヴァンには私も力が抜けた。けれど、少し残る緊張も溶かされたようで少しだけヴァンに感謝した。
空の色が変わり始めた頃、合同鍛錬は終了時間を迎えた。
開始の時と同じように『将軍』が整列した騎士達の前に立つ。
「それじゃあ、今日の基礎鍛錬は終わり」
「本番は明日からだ」
「「はい!」」
騎士の皆さんは最後まで真剣だ。
明日から合同演習が本格的に始まる。話に聞いただけだけど、船や警備にも加わるみたいだから、ツェシャ領辺境騎士にとっては初めての事もあるだろう。
騎士達を解散させ、ランサとシャルドゥカ様が私の元へやって来た。
「ランサ。シャルドゥカ様。お疲れ様でした」
「あぁ。退屈ではなかったか?」
「うん。鍛錬を改めてじっと見たのはとても有意義だったよ。こういう意図もあるものなのかな、とか。どういう力を使うとか。見てて解る事も沢山あって」
「リーレイらしいな。その言葉を騎士達に聞かせたい」
喉を震わせるランサだけど、その隣ではシャルドゥカ様まで喉を震わせて口元を押さえている。
そんなお姿に視線を向けつつ、少し頬を掻く。
「リーレイ嬢って本当に…辺境伯にぴったりな女性だよね」
「俺に、だが?」
「うんそう。美しいランサにぴったりな、とっても美しくて、喜びをくれる女性。僕らの役目も働きも、よく見てくれてるよね」
「だろう? 貴族連中に見習えと言ってやりたいくらいだ」
「それは解る」
…なんだろう。ランサとシャルドゥカ様が珍しく意気投合している。
私は何かおかしなことを言ったかな…?
少し首を傾げていると、シャルドゥカ様の笑みが私を見た。
「気にしないで。ただ僕らが嬉しいだけだから」
「はい…?」
「うん。それに、美しいランサの鍛錬姿を見れるのも嬉しいよね」
ニコリとした笑顔がクルリとランサに向いた。…あ。ランサの表情が…。
それを見たヴァンも「成程こういう…」って一人で納得している様子。うんこれがそう。シャルドゥカ様という方。
「リーレイ。シャルドゥカは放っておいて、屋敷へ行こう。夫人にも挨拶しなければいけない」
「ひどいよランサ。久方に二人でゆっくり過ごせるのに僕を放っておくなんて…。僕はずっと美しい君の傍に居たいのに」
「願い下げだ。お前と四六時中一緒など疲弊する。鍛錬中だけで充分だ」
「うーん。鍛錬中の美しいランサをずっと見ていられる…それも魅力的」
ローレン殿下は二人の話を笑って楽し気に聞いていた。…そのお気持ち、私にも分かる。
聞いているだけなら楽しい。噛み合っているのかいないのかって会話は、親しくて信頼している同士じゃないとできないもの。
「どんな時も美しいランサを独り占め…なんて、リーレイ嬢が羨ましいよ」
「当然だろう?」
シャルドゥカ様の笑みが私を見る。ランサもその言葉には平然としているけれど、私はシャルドゥカ様の言葉にゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、シャルドゥカ様。私はランサ様を独り占めはできません。ランサ様を独り占めできるのは、陛下ただお一人ですから」
「「…!」」
ランサも、シャルドゥカ様も、意表を突かれたように驚いた顔をした。そんな二人に私は笑みを返す。
ランサの全てはそこにある。ランサが全てを懸ける相手はその御方。私じゃない。
それは恐らくシャルドゥカ様も同じ。勿論、一人への愛情という点においては奥方であるかもしれない。だけど時に、辺境伯は愛情を選ばない。そして、それを阻むことを妻はしてはいけない。
少し落ちた沈黙に、やがてシャルドゥカ様の溢した息が聞こえた。一度聞こえればそれはだんだんと大きくなる。
次第にハハハッて声が上げられて、聞こえたらしい騎士達も何かと視線を向けているのが見えた。
笑って。お腹を抱えて。口角が上がって楽しそう。そんなシャルドゥカ様は笑いながら言った。
「うんっそう…! 確かにそうだね。本当にっ、リーレイ嬢って美しいねっ…! それをそんな顔して言えるなんてっ」
「…変な顔ですか?」
「ううんっ。まるで自分の誇りみたいに、嬉しそうな顔。本当に…ランサの事を解ってくれてるんだなって、見ててよく伝わる、とっても美しい表情だよ。ね? ランサ」
「…そうだな。俺は本当に、リーレイには沢山のものを貰ってばかりだな…」
ランサが最後に何かをぼそりと紡いだ。だけどそれは私の耳には届かなくて、ランサを見るけれど笑みが返って来るばかり。
その隣でシャルドゥカ様がニコリと笑顔で「さて」と手を打ち鳴らした。
「じゃあ、屋敷へ案内するよ」
「お前は残って良いが?」
「さらっと放置はさせないよ?」
…あら。空気が逆戻り。
だけどそれでいいのか、ランサとシャルドゥカ様は顔を見合わせると「行こう」と歩き出した。
ツェシャ領辺境騎士一同は砦に滞在するけれど、私とランサはシーラット辺境伯邸でお世話になる事になっている。
砦を出た私とランサ、ヴァン、シャルドゥカ様は、シーラット辺境伯邸へ向かう。
馬を並べて町をゆっくり進んでいると、夕暮れの中で家路につく子供達の姿も見える。
「あ! 領主様だ」
「おかえりなさい!」
「ただいま」
元気な子供達は、すぐにシャルドゥカ様に駆け寄った。それを見てシャルドゥカ様もさっと馬を降りる。
この町の子供達は本当に、領主であるシャルドゥカ様にもすぐに駆け寄って行く。日頃からそれだけ言葉を交わしているのかな…。
「今日も船いっぱいだったの?」
「うん。今日も沢山来たり出て行ったりしたよ」
「悪い船は全部領主様が騎士達と一緒に見るんでしょ? 俺も大きくなったら騎士になって領主様と一緒に悪い船捕まえる!」
「それは頼もしくて美しい志だね。楽しみにしてるよ」
シャルドゥカ様の手に撫でられた子供は嬉しそうな笑顔をつくり、他の子達と駆け出して行った。
進んでいると、町の大人達もシャルドゥカ様の姿を見つけて頭を下げたり、シャルドゥカ様が振る手に応えてくれたり。
そんな姿を見る。私はランサと一緒に町へ行く機会は少ない。だけど同じような光景はよく見ていた。
シャルドゥカ様も慕われる、頼られる領主なんだと、とてもよく分かる。
貴族の暮らしに領民の存在は欠かせない。食べ物だって領民が育てたもの。着る物も領民が作ったもの。屋敷でできる暮らしも民が納める税があるから。
貴族は、そういった事に支えられているのだと忘れてはいけない。
ランサもシャルドゥカ様もそこを胸に、領民の為に出来る事をして。時に厳しくもあるんだろう。
若くとも、考え行動する力を二人とも備えている。
シャルドゥカ様に案内されて着いたのは、クンツェ辺境伯邸と同じくらい広い屋敷。
敷き詰められた石畳。庭の芝は短く揃えられている。屋敷の壁は白いのか夕日の色に染まっている。
「父上! おかえりなさいませ!」
屋敷の前で下馬すると、元気な子供の声が耳に届いた。その声を受けたシャルドゥカ様は視線を向け、優し気に目を細めた。




