118,いつか似た事があったような…
ツェシャ領辺境騎士団はタンケイ領の騎士に案内されて、ひとまず別れる事になった。
私とランサ、ヴァンはシャルドゥカ様の後に続く。
歩きながら私はシャルドゥカ様を見た。首の後ろで結われた白い髪が動きに合わせて揺れている。
以前見た姿は礼装姿で、微笑みを浮かべた貴族のものだった。だけど今は違う。
ランサと同じ隊服に身を包み、騎士であり『将軍』であると強烈に意識させる。その腰には、ランサの剣とよく似た白い鞘の剣がある。鞘にはシーラット辺境伯家の家紋である温厚そうな海の動物が刻まれている。
「うーん…。後ろから熱烈な視線を感じる。罪な僕…」
「後ろから刺されないよう気を付けろ」
…これは、私も気を付けなければ。
背中に冷や汗が流れる私の後ろでは、ヴァンがケラケラと笑っていた。
砦の中を進み、シャルドゥカ様は執務室へと通してくれた。
私とランサはソファに座り、シャルドゥカ様は執務机の前に座る。
「さて。今回の軍事演習だけど…」
六年振りの両家の合同軍事演習。
目的は、実戦能力の向上、士気や危機意識を高める事。両家で違う鍛錬方法や警備体制について情報を交換し、それを国家防衛に活かす事。
そういう目的から、元々両家の合同演習は度々行われていたらしい。
「内容は事前に決めた通り、砦での鍛錬、輸出入船の監査、船での戦闘を想定した海上戦闘、陸での騎馬戦。それらでいいな?」
「うん。あ。海賊が出たら参戦してくれる?」
「あぁ」
海賊…。やっぱり出るのかな。海や船の問題ではそれがまず浮かぶ。
それの対応もまた騎士達の役目になっている。
「海賊はよく出るんですか?」
「偶にね。ここらは出ても僕らが沈めるから、多くもなければ少なくもない、かな」
さらっと、シャルドゥカ様もさすが『将軍』と思わせる言葉を紡ぐ。
ツェシャ領は内陸だからその心配はないけれど、海賊についても知っておきたい。お邪魔にならない時に聞いてみよう。
「内容はそうだとして、リーレイが見学する許可をくれ」
「うん、いいよ」
あっさりとした許可を頂けた。ありがたい。
これで私も、皆様のお邪魔にならないようにしつつ、皆様の姿を見る事ができる。私も頑張らないと。
「クリビア…僕の妻が会いたがってるから、お茶でもしてくれると嬉しいな」
「勿論です。私もお会いするのを楽しみにしていました」
これも、私の今回の役目だ。
辺境伯家の身内同士、良好な関係を築いていきたい。それに個人的にお伺いしたい話もある。
「それじゃあ改めて。皆の元へ行こうか。タンケイ領辺境騎士団一同、名を轟かす『闘将』様に会いたがってるんだ」
シャルドゥカ様が笑みを浮かべて告げた言葉に、ランサが重いため息を吐いた。そんな様子に私は眉が下がってしまう。
シャルドゥカ様に続いて腰を上げたランサは、眉を寄せたままシャルドゥカ様を見た。
「…羨望は過ぎれば毒だ。俺個人への情なら相手になるが…解ってるな?」
「大丈夫。その点のガス抜きはしてるから。僕の辺境騎士団は平和を望むし、美しくないものを望む者には相応の対応をさせてもらうよ」
二人の視線が鋭く交わった。その声音は少し強くて、どこか緊張感もある。
この空気、少し知ってる。
かつてあった、ツェシャ領国境警備隊の離反者と対峙した時と同じだ。
国境を預かる辺境騎士団の団長として、『将軍』として。部下達をまとめる上官の言葉。己の部下への厳しい態度。
だけどすぐ、ランサはその空気をスッと鎮めた。
「ならいい。すまなかった。お前の部下への対応に問題はないと思っているが…」
「え!? ランサがそこまで僕を信用してくれてるなんてっ…胸に響くっ…!」
「リーレイ。行こうか」
ランサ、さらっとシャルドゥカ様を放置。
差し出された手を取り、苦笑いが浮かぶ私も立ち上がった。
ランサはシャルドゥカ様なんて見えないかのように、そのまま執務室を出る。
ヴァンも思わずというのか「いいの?」ってランサとシャルドゥカ様を見ていたけれど、シャルドゥカ様はするりとランサの隣に立っていて、そんな動きには「うえぇ…」って圧倒されてるのか身を引きたいのか分からない声が出ていた。
砦を出た私達は、傍にある鍛錬場に向かった。
すでに、ツェシャ領辺境騎士団とタンケイ領辺境騎士団が整列していた。背筋を正し並ぶ隊服姿は圧巻だ。一人ひとりから立ち昇る意志と誇り。肌を刺す程に感じる。
私はそんな皆さんから離れて、お邪魔にならない場所で、両団の団長を見た。
ランサは堂々と威風を感じさせ、それでいて鷹揚と。シャルドゥカ様は柔らかで軽い空気をまといながらも、余裕気な態度を崩さない。
そんな二人を前にしている騎士達は、両団とも目が輝いていて少し高揚としているように見えた。
「二人揃ってすごい求心力ですね。さすが『将軍』」
「うん…」
ヴァンの言葉に頷きながらも、私はどうしてか心臓が冷えるような心地がした。
夜会の時は二人とも『将軍』であるよりも、貴族であり辺境伯家当主としての姿を見せていたのだと解る。
だけど今、目の前の二人は『将軍』だ。だからこそ思う。
ランサとシャルドゥカ様は、辺境伯家の生まれだから、その役目の為に腕を磨き、直属隊や国境警備隊を統率している。『将軍』であるために必要な努力をしてきた。
そんな二人がもし、別の生まれだったら…?
社交界で。王都で。城内で。『将軍』の空気を消す理由が解る。王都に辺境騎士を必要外連れて行かない理由が解る。
貴族の中で、辺境伯家を警戒する人がいる理由が解る。
でも二人は、ただ役目に忠実で、他なんて望まない。己の為すべき事を考えて動く。
ただ、陛下や殿下の為に。信頼に応える為に。
辺境伯家の生まれでも、二人のようにいかない事もあるだろう。誰もが同じように育つとは限らない。
シャルドゥカ様は三児の父親だ。苦労や悩みもあるかもしれない。
そう考え、一度息を吐いた。
「…大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと考え事」
頭を切り替えて、私は改めて目の前を見た。
丁度、ランサとシャルドゥカ様が騎士達に声をかけるところだった。
「久方のクンツェ辺境伯と辺境騎士団との合同演習。お互いにとっても有益なものにしよう」
「得られるものは互いに吸収し、言葉と剣を交え、己の血肉としてくれ。今後の国境警備へ活かし、国境を守り通せ」
「「はい!」」
威勢の良い騎士達の声が揃う。そんな皆さんを見ていると意欲が溢れているのがとても感じられる。
見ていると、ランサが私を手招いた。何で私? あ。挨拶。
ランサが私を呼ぶ理由に見当がついて、すぐに駆け寄った。
傍へ行くと、ランサは私の肩に手を置いて、タンケイ領辺境騎士団を見た。
「俺の婚約者、リーレイ・ティウィル嬢だ。合同演習にも顔を出すが、シャルドゥカから許可は貰っている」
「リーレイです。皆様の役目に務めるお姿を拝見し、私も共に国境警備について学びたいと思います。お邪魔にならないようにしますので、どうかよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
ティウィルの名に少し驚いている騎士達もいる。…なんだか懐かしい反応だ。
けれど、これまた気持ちの良いお返事をいただいた。それにはどうしてか、ツェシャ領辺境騎士達が笑みをつくっている。
それを聞き、隣のランサは「それから…」とまだ何か続けた。
「リーレイの護衛官、ヴァンだ」
「どーも」
「リーレイ。タンケイ領辺境騎士団の鍛錬相手にヴァンはどうだろう? 滅多にない良い相手だと思うんだが」
「はぁ!?」
ヴァンが目を剥いてランサを見た。ランサは気持ち良いくらいの笑みだ。
…何だろう。似たような会話をツェシャ領に行った頃にもしたような。
「ヤですよ! 俺は辺境騎士じゃねえし。また付き合わされるなんざゴメンです!」
「シャルドゥカ。ヴァンは護衛官、つまりは武官だ」
「うん。入っても問題ないね」
「ヤですよ絶対!」
ヴァンがザザッと後退っていく。…よっぽど嫌なんだね。顔がそう言ってるもん。
そんな様子に、バールートさんやエレンさん、ツェシャ領辺境騎士達が吹き出した。それを見たランサが私を見る。…えっと。
「ヴァンが良いならね? 私が見学させてもらう中で、機会があれば」
「分かった」
「ねぇランサ。彼そんなに凄いの?」
「あぁ。…辺境騎士の基準で、第一級騎士の腕はある」
ランサの評価にはシャルドゥカ様だけじゃなく、騎士達も揃って引かれたみたい。その目がヴァンを見ると、ヴァンがまた距離を開けていく。…君、一応私の護衛なんだよ? 離れすぎじゃないかな。
早速ここで「そうなの?」「そうそう」「ランサ様と良い勝負」「何それ!」って両団の情報共有がされている。
それを見たランサがフッと軽く息をこぼした。それを聞いて、ランサを見る。
「…ヴァンの話、もしかして両団の交流のきっかけにした?」
「それもある。半分は本気だったぞ?」
ランサの笑みに感嘆と困るような感情が混ざった。もうっ。
それからすぐに、ランサとシャルドゥカ様が軽い鍛錬を始める指示を出し始めた。




