115,もう一家からのお誘いです
私が砦に差し入れを持って行って数日。ランサは屋敷へ帰って来た。
仕事の方も落ち着いたみたいで、ランサの顔つきもどこか力が抜けたようなものになっている。
「ランサ。おかえり」
「ただいま。リーレイ」
「「おかえりなさいませ」」
「ただいま」
ランサの帰宅を心待ちにしていた皆と一緒に出迎える。と、すぐに体を強く抱き締められる。ぎゅうぎゅうって力は少し苦しいけれど、ランサはなんだか嬉しそうな様子で、私もそっと抱きしめ返した。
…うん。いくら屋敷の中で抱きしめられるのに慣れたとはいえ、皆が居て見られてるからちょっと恥ずかしい。
私はすぐにランサの背をトントンッと叩いた。ランサも察してくれたのか離れてくれる。
「俺が留守の間、何もなかったか?」
「うん。大丈夫」
ランサが屋敷に居ない間、留守を預かるのは私の役目。ディーゴに視線を向けると同意の頷きが返ってきた。ランサもそれを見てひとつ頷く。
そしてその視線を私に向けた。
「リーレイ。そのドレスは俺の為か?」
「っ…うん」
「それは嬉しいな。冬の中でも凛と咲く花のようでとても綺麗だ」
「ありがとうっ…」
…やっぱり少し恥ずかしいな。ランサはいつもスラスラと言いすぎる。でもそれが嬉しいからどうしようもない。
今の私は、普段のワンピースとは違って普段着として着れるドレスを着ている。
今日だから…というよりも、ランサが帰って来ると知ったメイド達がやる気を出したのがきっかけだった。
『お出迎えの準備をしましょう!』
『ランサ様のお帰りを待っていたと! 思いっ切りお伝えしましょう!』
って言い出したミレイムを筆頭に、私はあれよあれよと着替えさせられた。嵐に襲われた気分だった…。
私は元々、着替えにメイドの手を借りなかった。
けれど、メイド達とも良好な関係を築き、そして私自身がティウィル公爵家の令嬢であると、ランサの婚約者であるという強い意識を持てた王都での夜会以降、メイド達の仕事を受けようと思った。
だから今、私は、いきなり砦へ呼ばれたりっていう急ぎでない限りは、身支度にも皆の手を借りている。
メイド達に私の意見を伝えた時には驚かれた。駄目かな…って一瞬思ったけれど、すぐさまススッとセルカがやって来て「承知しました。ありがとうございます。リーレイ様」と言われた。
お礼を言われた事に少し首を傾げたけれど、後でシスが教えてくれた。
『私達の仕事を受け入れて下さった。それが嬉しいのです』
侍女を持たない今の私。つまり女主人の世話は、メイド達の大切な仕事でもある。逆を言えば、洗濯や掃除を除けば、最も力が入るやる気の出る仕事でもある。
私はそれを拒んでいた。着替えも、髪を結うのも。全部自分で出来るからと。
だけどそれは逆に仕事を奪っていた事。自分で出来ることは良い事だけど、委ねるのも私の仕事。
それに、メイド達の手を借りて分かった事もある。
私はいつも髪は高く結うか、そのまま下ろすかだったけれど、メイド達が小さな手を加えてくれたりして、少しずつアレンジを知っている。
他にも「リーレイ様うっすら隈が…」とか「今朝は水が凍ってたんですよ」とか、ちょっとした雑談や会話にも繋がる楽しい時間になっている。
そんな一層にやる気に溢れている皆だけど、ランサが絡むとさらに火が付く。その火力には私も少々後退る程。
今も、私の後ろで「よしっ」って拳をつくってる気がする。
…うん。皆がやる気に溢れてるならいいんだ。仕事にやりがいを感じてくれてるなら十分だよ。
「リーレイ。夕食の後、話がある。いいか?」
「うん」
ランサの目に私は迷いなく頷いた。
夕食後。私はヴァンを伴いランサの執務室へ向かった。
先に戻っていたランサはやって来た私を見て、見ていた書類から視線を上げた。
「座ってくれ」
「ランサ。私に出来る手伝いがあれば言ってね」
「あぁ。リーレイが書類をまとめてくれているから、かなり助かっている。ありがとう」
「ディーゴに色々教わりながらやってるの。あ。ランサもこうしてほしいとかあったら言ってね」
お願いすると、ランサはひとつ笑って「分かった」と言ってくれる。すぐに受け入れてくれる姿勢には私も嬉しさを感じる。
ランサは私の隣に腰を下ろすと一枚の書状らしい物をテーブルに置き、トンッと私の肩の凭れかかった。
軽い衝撃は難なく受けとめる事ができるけれど、少し驚いて黒髪を見る。私の視線に気付いているように腰に腕が回されてきゅっと引かれた。
「ランサ…? 疲れてる?」
「いや。…うん。少し。リーレイが不足しているのかもしれない。触れたくなる」
「…それは不足が原因?」
「いつも不足しているからそうだな」
それは違うかな。ランサは分かっていて笑って言う。もうっ…。
こっちが恥ずかしくなる。だけどこの恥ずかしさを晴らす方法がない。困る…。
少しそうしていたランサは離れるとテーブルに置いた書状を手に取り直して、それを私に差し出した。
封筒はすでに封が開けられている。私はそれを受け取ってランサを見た。
「これは…?」
「シャルドゥカからの手紙だ。合同軍事演習をしないかと」
シャルドゥカ・シーラット辺境伯様。ランサと同じシャグリット国の「特別」な辺境伯家の主。
夜会でお会いした印象からはランサよりも優男に見え、軽い調子で殿下とも親しく、微笑みを絶やさない柔らかな空気を感じた。
ランサを「美しい人」と称していて、ランサは常時顔を歪めていたけれど。決して仲が悪いわけじゃない。
ランサと同じ立場だからこそ、その意志や覚悟、忠心をきっと誰よりも理解し、共有している。長くクンツェ辺境伯家と共に国を守って来た、信頼厚い忠臣。
そんな御方からの軍事演習の誘い。
これも辺境伯家同士だからかな。
「お受けするの?」
「あぁ」
ランサの頷きを受け取ってから、私は渡された手紙を見た。
流麗な筆跡は、確かに軍事演習の提案について書かれている。さらにその内容に目を通していく。
『強く美しい君の騎馬も久しぶりに見たいな。一段と美しくなってるよねきっと!』
『普段気軽に会えないから、こういう機会は本当に大事にしたいんだ。お互いの為にもね。それに…他の貴族が知らないランサの美しい真剣な眼差しを近くで見れる貴重な時間だから是非!』
…うん。シャルドゥカ様の熱烈なお言葉の数々。言ってる姿も想像できてしまう。
読みながら思わずクスリと笑みが浮かんだ。
「シャルドゥカ様、本当にランサが好きなんだね」
「やめてくれ。アイツに好かれるのだけは嬉しくない」
ランサが頭を抱えた。そんな姿に笑ってしまう。
離れて控えるヴァンはコテンと首を傾げるから、私はランサの許可をもらってヴァンにも手紙を見せた。お会いしたシャルドゥカ様の為人も添えて伝える。
と、ヴァンは「何それ」って言いたげな顔をしてランサを見た。
「もう一家の辺境伯様ってどんな人かと思ってたんですけど…そういう…。ランサ様も大変ですね。お疲れです」
「他人事め。お前がしてきた数々の成果も伝えてやろう。同じ目に遭うぞ」
「勘弁してください」
じたりと睨む目と嫌だって訴える目を交互に見て笑ってしまった。すると二人に「リーレイ」「お嬢」って揃って不満を向けられる。
でも、笑ってしまうから仕方ない。
「ふふっ。えっと…それで。私もって書いてあるけど?」
「夫人からの誘いだ。夜会で会っていないからよければと」
そういう事か。だから『良かったらリーレイ嬢も来てほしい』って書いてあるんだ。
私も、シャルドゥカ様の奥方、確か…クリビア様。お会いしたいと思ってる。辺境伯の妻としての心構えとか、お話とか是非お聞きしたい。
だからこの誘いはとても嬉しい。
「確か身重だって…」
シャルドゥカ様の言葉を思い出しながら読み進めていると、最後の方に記されていた。
「三月前に無事に女の子を出産したらしい」
「良かった…。三人目のお子さんだっけ?」
「あぁ。上の二人は男の子だから、シャルドゥカはかなり喜んだだろうな」
簡単に読めるって風なランサは微笑ましそうな様子を浮かべているのか、微かに笑みをつくる。
出産も無事に終えたなら、私も安心してお話ができる。
「私も是非お受けしたい。いいかな?」
「あぁ。年が明けてから出発するから、そのつもりでいてくれ」
「分かった」
頭の中で予定を立てながら、夜会でのシャルドゥカ様を思い出す。
あの方が剣を手に、辺境伯として役目をこなす。一体どんな風なんだろう…。気になる。
軍事演習。ランサ達の大事な仕事。同行するのも緊張する。
だけど、それを間近で見られるのも貴重で、その立場に重みも感じる。
「それから…」
「よし…私も頑張らないと…。うん。何?」
「…いや。あちらに行ってからでいい」
一瞬何かを言い出しかけたランサが、私も見て言うのを止めた。
コテンと首を傾げるけれどランサは首を横に振る。…何だったんだろう?
演習の事か。シャルドゥカ様の事か。クリビア様の事か…。
そう考えて少し、気になる点が浮かんでランサを見た。私の視線にランサは「どうした?」って私の言葉を待ってくれる。
「ランサは…夫人にお会いした事があるの…?」
「あぁ。社交界や今回のような軍事演習の時にな。といっても、俺も六年振りだ」
それもそうだよね…。二家の辺境伯家は互いの交流も大事にしてるだろうし。
でも、そう考えると、私もクリビア様と良好な関係になれるように頑張らないと。




