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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
婚約騒動編

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12,『闘将』は少々ご機嫌斜め

 流れるような動きでさらっととんでもないことをしたヴァンに、全員が言葉を失った。


「おー。当たった当たった。あ、何か回収してもらえます?」


「お…え……おぉ」


「……いや…いやいやっ! 何今の!?」


 すぐに騎士達が興奮した様に騒めきだす。ヴァンは「うげっ」って言ってるけど、それも仕方ない。

 あんな事、まず出来るものじゃないから。ヴァンがあんな事出来たなんて私も初めて知った。強い事は知ってるけど。


 でも、私はすぐにヴァンに駆け寄った。


「ヴァン手は? 怪我してない?」


「大丈夫です。お嬢は?」


「平気。ありがとう、ヴァン」


「護衛ですから」


 いつもの調子に少しホッとする。


 だけどすぐにヴァンの視線が動くと、私は腕をグイッと引かれて振り向いた。


「平気、じゃないだろう。何をやってるんだ!」


 そこには怒りを露にする辺境伯様がいた。

 これまでずっと話に耳を傾けてくれた一面と、優しい一面を見ていた私には、この怒りは衝撃的で咄嗟に言葉が出て来ない。

 その手の力が少しだけ強くて、痛い。


「なぜ矢の前に飛び出すなんて危険な真似をしたんだ。危険だと思わないのか!?」


「それは……ですがあれは辺境伯様を狙って…」


「俺の事はどうでもいい! まかり間違えば当たっていたのは貴女だ! 少しは危険を考えろ!」


「どうでもいいわけないでしょう! 私は間違った事はしてない!」


 矢の危険は分かってる。だけど、あの瞬間にそんな事を呑気に考えてる暇はない。

 ただ体が動いた。それに従った。


 バッと思い切って掴まれた腕を振り払う。

 周りは騎士達がいるはずなのに、なぜかとても静かだった。辺境伯様も怒りでもう言葉も出ないのか、顔を歪めているけれど何も言わない。


 でも。でも。私は私の言葉を否定するつもりはない。

 だから、辺境伯様の怒りと苦渋の表情を睨み返す。互いが拳をつくり、逸らしたら負けだと言わんばかりに睨み合う。


「…ラ…ランサ様……」


「お嬢やめません?」


 周りがオドオドしてるのは分かるけどやめません。


 私達の睨み合いをやめさせたのはヴィルドさんだった。やれやれって、ため息交じりの声が辺境伯様の後ろからかけられる。


「ランサ様。ひとまず事後処理を」


「分かっている…」


 怒りを抑えたような声音が重い息と共に出ると、辺境伯様は私から視線を逸らしてすぐに動き出した。「戻るぞ」とすぐさま馬に乗ってしまう。

 少し躊躇いながらも騎士達もそれに続く。


「お嬢。戻ります?」


「うん……」


 強く握った拳が、痛かった。


 砦へ戻るまで、砦に戻っても、辺境伯様は一切私に声をかけることなく、すぐに執務室へ向かってしまった。






 ♦*♦*




 国境の要所である砦、その執務室はランサを始め主だった騎士達が集められていた。


 辺境伯直属隊であるバールートを始めとした面々、そして国境警備隊の面々。全員が執務机に肘をつくランサを前に直立不動を維持していた。

 将軍である長を前に、今から緊迫の会議が始まる為……ではなく。


((恐いっ……!))


 ひとえに、座る将軍の顔が恐いから。少しでも動いたら射殺されるのではないかと思うくらいには恐い。

 空気がピリピリしていて、殺気は出ていないけれどとてつもなく居心地は宜しくない。


 すぐに鍛錬に戻りたい。もしくは警備の仕事に。

 全員の胸中が全く同じに揃っていた。


(ランサ様何でこんな恐いのっ…? いつもはもっとピシッとしてるけどここまで恐くないのに…!)


(やっぱ警備隊から離反者出たから?)


(ってか何でヴィルドさんは平然としてるんですかっ!)


 口は開けられないので心の中で喋る。喋っていないと心が死んでしまう。空気に殺される。

 騎士達はかつてない将軍の様子に、とにかく必死だった。生きたいですっと願う程には。


 そんなダラダラ冷や汗な騎士達とは逆に、補佐官ヴィルドは通常運転を崩さない。


「ヴァン殿が矢を当てた者ですが、雇われていた一人でした。軽くシメればよく喋ってくれました。警備隊の者から金を貰い、仲間を集めてこれまでの事を行ったようです。国境から多数の野盗が流れたとなれば、将軍の責任問題になる。不利になって直接将軍を狙ったが邪魔をされた…と」


「吐かせた相手とも一致する首謀は、バールートからの報告でも上がった、国境警備隊第三級騎士ギーニック、ジュンド、ジャンディゴの三名だな?」


 ランサの視線がギロリと動き、バールートと国境警備隊隊長ロンザへ向けられる。

 両者は一瞬その視線に身を強張らせながらも、はっきりと頷いた。


「顔見てますから、間違いないです」


「資料室からはすでに逃亡してました。現在は所在不明です」


「…すんません。俺が拘束してれば…」


「失態を嘆くのは一瞬でいい。次を考えろ」


「はい!」


 ぴしゃりと放たれたランサからの指摘に、バールートは背筋を正した。


 所在不明の離反者。捕らえた野盗。次に考えられる事態。ランサは白銀の目を細める。

 その隣でヴィルドは離反者三名の経歴を載せた資料から、ランサへ視線を移した。


「三名にすぐ手配網を敷け」


「了解しました。野盗の処罰は順に為すとして……で? 何をそう苛立っておられるので?」


「あ? 別に苛立ってなどいない」


((絶対嘘だ! 自分の顔鏡で見てきて将軍!))


 口にした瞬間眼光に刺される反論が全員の心の声。

 ギロリとランサに睨まれても、ヴィルドは平然としたまま呆れのようにため息を吐く。それに対してランサがピクリと眉を動かした時、


「ちょいと失礼しまーす」


 なんとも気の抜けた声が扉からかけられた。全員の視線が向き、ランサの視線が鋭さを増した。


 開け放たれたままの扉をノックするように、ヴァンが立っていた。その表情も目も、場の空気を感じているはずなのに締まりがないまま。

 が、その目がランサと合うと、急にげんなりとしたように変わった。


「何で俺、睨まれるんです? 若干殺気が…」


「何用だ」


「なんか慌ただしくなってきたし、なんか空気も微妙だし……お嬢を屋敷へ連れて帰った方がいいかなと相談に」


 部屋に入りたくなさそうなヴァンの腰がだんだんと廊下へ引いていく。

 今にもクルリと身を翻しそうなヴァンに、行かないでーっと騎士達の心の声が向くが、ヴァンは嫌そうに顔を歪めるだけ。


「入れ」


 ランサの言葉に、反論はせずとも僅か顔を顰めたヴァンは、仕方なさそうに執務室に足を踏み入れる。その進む先を騎士達が開ける。

 そうして、ランサとヴァンが対峙した。


「え、何これ。俺殺されるの?」


 さらっと失礼な発言が出たが、騎士達は答えられない。ランサがピクリと反応したので余計に不動に徹する。

 ちょっと、とヴァンは騎士達に視線を向けるが、誰も目を合わせてくれない。


((なんか言って将軍! 重くて死にそう!))


 国境を守る猛者達、助けを求める。

 何とかしてくれ。こっちが苦しい。出て行きたい今すぐに。


 騎士達の心の声が届いたのか、ランサがゆっくりと口を開いた。


「ヴァン。お前……護衛のわりに随分とリーレイ嬢と親しいな」


「え? はい」


((そんなさらっと!))


 騎士一同、心の中ではしゃべり続けても、空気に徹するように微動だにしない。

 ヴァンの視線も助けを求めるのを諦めたのか、ランサへ向けられたまま。


「リーレイ嬢もお前を信頼しているようだ」


「…まぁ、そうですね。知らない場所で唯一の知ってる人間ですから」


「お前はリーレイ嬢のあの行動も読めたはずだ。実際特に驚いてもいなかった。なぜ危険な真似を止めない」


「……もしかして辺境伯様は、お嬢のさっきの行動に腹が立ってるんですか?」


 ピクリとランサの眉が動き、その眼光が鋭くヴァンを睨む。しかし、ヴァンは何事もないかのように平然とランサを見たまま。

 両者の間から妙な緊張が感じられた。


「俺の問いに答えろ」


「矢が襲ってきたのは驚きました。ですが、お嬢の突拍子もない行動には驚いてません。慣れてます。止めない理由は単純に、止められないからです」


「それでも護衛か」


 責めるような眼光にヴァンはフッと口端が上がった。それを認めたランサが一層に視線を鋭くさせる。


(確かに、普通の護衛官なら止めるな。でも――…)


 ずっと見てきた。まだ子供の頃からずっと。だから彼女がどんな人かをよく知っている。


「止められないんですよ。あの人は、自分で勝手に走ってくんですから。それなら俺は付いてって、本当に危ない事からは守ります」


「だから、さっきの事は止めないと?」


「どう止めろってんですか? 辺境伯様がお嬢に危険な真似させずにどっかに閉じ込めるって言うなら、それは俺も楽ですね。でも無理ですよ」


 笑いながら言うヴァンに、ランサは眉を歪めた。


 確かにリーレイは行動的だ。だがそれは危険な方向にも作用している。それが分かっていてこの護衛官は放置している。本当に危険だと判断しない限りは呑気な顔をして。

 危険な事をした彼女に思わず怒鳴った。だのに彼女は怒り返してきた。そんな女性ひとは見た事がない。


 そしてふと、ランサはヴァンを見て、外で感じたのと同じ距離感を感じた。


(俺なら止める。だがヴァンは止めない。この差は、何だ)


 無理だとヴァンは言った。危険な真似をさせない事は。止める事は。

 何故、そう言える。


「俺からも一つ、聞いていいですか?」


「…何だ」


「辺境伯様。その怒りに、迷わず危険に身を投じた事への怒りの中に、お嬢を心配する気持ちはありますか?」


 その問いは、静かな室内で静かな声音で紡ぎ出され、なのに妙に真剣に問いただそうとしているようにも聞こえた。






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