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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
合同演習編

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113,顔を見れば元気になれるのです

 ♦*♦*




 ツェシャ領に吹く風は、いつからか心にも吹くような、落ち着きをくれるものになった。そう思える事は私には嬉しい。そんな場所だから遠乗りに出たくなって仕方ないんだけど…。

 今、ツェシャ領に吹く風は冬の冷たさを含んでいて、駆けるには少し寒さもある。


「リーレイ様。準備出来ました!」


「ありがとう、ミレイム」


「いえいえ! ランサ様は最近またお忙しそうですからね。偶には会いに行く口実も作らないと」


「ランサも大変なんだから邪魔できないよ。渡したらすぐに戻ってくるし」


「リーレイ様真面目すぎです!」


 贋作騒ぎがあってからランサは関所の改めを強化しているらしい。それもあって、ここしばらく砦に泊まっている。


 だから必然、私もランサに会えていない。

 お互いにすべき事もあって、それは仕方ない事だし。砦に行ってしまうと逆にランサに時間をとらせてしまうと思うから、あまり行かないようにとも思う。


 だけどやっぱり…少し寂しい気持ちにもなる。

 ヴァンと遠乗りに出ても、思わず砦の方へ行ってしまいそうで。そういう時は止めてってヴァンには言ってある。


「ではリーレイ様。お気をつけて」


「うん。行ってくるね」


 今日は、堂々と砦へ行く事ができる。

 辺境騎士団に差し入れを届けに行くのだ。しばらくランサに会っていないっていう状況は、まるで初めて砦を訪れた時のようで、少しだけ懐かしくなる。

 これまでもランサに連れられたり呼ばれたりで行っていたし、差し入れを持って行った事もある。普段は私も屋敷でしなくちゃいけない事があるけれど、今はやっと時間も少し余裕が出来た。


 もうすぐ年が明ける。だから今は社交も終わりの時期。

 辺境領にいると社交とは少し縁遠い。勿論、近くの領地で行われるパーティーに招待されれば赴いたりもするけれど。


 乾いた風が吹く中、私とヴァンは砦へ向かう。

 心地良い蹄音と振動が体に伝わる。もう何度も行き来している道を進む。


 冬になると警備も大変だ。寒さも堪えるだろう。

 暖を取れるように毛布を用意しておこうかな。防寒服とか、燃料や油も不足しないように…って、これらはランサがやってるか。私に何か出来ることはないかな。


 つらつらと考えながら進んでいると、すぐに砦が見えてきた。

 近付けば顔見知りの皆が「リーレイ様」って手を振ってくれたり頭を下げたりしてくれる。私もそれに応じて、ひとまず厩に馬を預けに向かった。


 馬丁に馬を預けてえさえさと砦の入り口に向かう。そこにはいつも見張りの騎士が二人立っている。


「リーレイ様」


「お疲れ様です」


 二人は私が初めてここに来た時も、きっちりと役目を果たしていた真面目な方だ。

 あの時は警戒されていた私も、ランサのおかげですっかり皆さんとは顔なじみになれてすんなり通していただける。嬉しい。


「将軍は今警戒に出ていらっしゃいます。中にヴィルドさんがいらっしゃいますので」


「そうですか…。分かりました。ありがとうございます。差し入れを持って来たので、後で皆さんとどうぞ」


「「ありがとうございます」」


 嬉しそうに頭を下げてくれると、私も嬉しくなる。


 砦の中に通された私は、ヴィルドさんがいるだろうランサの執務室へ向かう。何度か歩いているから場所は分かってる。


 まずは、砦の留守を預かっているヴィルドさんに挨拶をして。差し入れをお渡しして。それでお暇しよう。

 ランサは…いつ頃帰って来るかな。警戒に出たのはどれくらい前だろう。すぐに帰って来るのかな。ヴィルドさんや皆さんとお話してる間に帰って来るかな。少しでも顔が見たい…っていやいや、ランサは大事な役目中なんだから。私情で邪魔しない。ランサに時間を取らせちゃう。私は役目を大事に、誇りを持っているランサを尊敬する。


「ちょっと会ってないくらいで寂しいなんて…何思ってるの私は。大丈夫。役目、大事。よし」


「いや。別に会いたいって言っても迷惑じゃないと思いますけど?」


「私がまだ納得できないから」


「お嬢。それ迷惑になるとかいちいち気にしなくていいんじゃないです?」


 そんなわけない。そう思って思わず足を止めてヴァンに振り向いた。

 ヴァンはいつも通り、のんびり気の抜けたような空気で後ろに立っている。


「ランサ様は、お嬢にそんな事言われたからって別に仕事放り出す人じゃないでしょ。むしろ倍の速さで終わらせそうだし」


「それは…うん…かもしれないけれど…」


「そりゃま、お嬢がランサ様にしがみついて「仕事よりも私に構って!」とか言ったらもう出入り禁止でしょうけど、お嬢は邪魔にならないようにって考えてるわけですし。偶に砦に来て、ランサ様や騎士と話したり、「休みながら仕事してね」とか言っても邪魔にはならないですよ」


 仕事より私…なんて言わない。言いたくもないし、思ってもいない。

 ランサがどれだけ役目を大事にしてるか、私だって解ってる。


 だから私も屋敷で自分の事を頑張る。そういう互いの会えない時間はこれからだってきっと増える。

 そう思うから、寂しさだけでもやもやしているなんてできない。


「会えてない時にちょっとでも会えば、お嬢だってやる気出るでしょ?」


「…うん」


 それは確かに。ランサに頑張る力を貰っていると思う。

 ランサも、そうなのかな…。そうだといいな。


「…帰る前に顔見ても、いいかな」


「んじゃ、ランサ様戻るまでちょっと待ちますか」


 止まっていた足をもう一度進めて執務室へ向かう。

 見えてきた扉。ノックをして入れば、中にはランサの補佐官ヴィルドさんと国境警備隊隊長ロンザさんがいた。少し驚いた顔をして私を見る。


「お仕事中すみません。差し入れを持ってきました」


「いやいや、そいつはありがとうございます」


 すぐに席を立ったロンザさんが私の手から差し入れを受け取った。

 大柄な方だけど、砕けた口調と空気は親しみを与えてくれる。国境警備隊の騎士達も隊長であるロンザさんを慕っている。


 喜びを見せていた表情が、不意に申し訳なさそうに眉を下げた。


「すみません。ランサ様は今警備に出てまして」


「いえ。役目ですし、己で行くそんな彼を尊敬していますから」


 ランサはいつも己が動く。部下に任せるということはあまりしない。

 戦でもその最前線を走った人だから。心配もあるけれど、その姿勢を尊敬もする。


 ロンザさんはフッと空気を柔らかくすると、その視線をヴィルドさんへ向けた。


「ヴィルド。休憩にするか。大方終わっただろ」


「えぇ。構いませんよ」


「リーレイ様。座っててください」


「え、あ。お構いなく…!」


 ロンザさんは一度部屋を出て行った。

 それを少し申し訳なく思いながらも、私は腰から剣を抜き、ソファに腰を下ろした。ヴァンはいつものように扉の傍に控えている。


 ソファに座ると必然、ヴィルドさんと向かい合う事になる。私はそっとヴィルドさんを見た。机の上の書類を片付けている姿は、いつもと何も変わらない。淡々としていてさして表情も動かない。

 そんな様子を見ていると、私はあんまりヴィルドさんの事を知らないなって…ふと思った。


 私が知っているヴィルドさんの事は、ランサの補佐官として辺境騎士団で働いているという事。そして、元は何かしらの罪を犯し、ランサが引き入れた事。

 ヴィルドさんはお喋りではない。私も踏み入るのは良くないと思って聞いていない。

 元々、ヴィルドさんとは二人で話すような事もない。いつもランサか他の騎士がいるから。今日は少し珍しい。


「お仕事のお邪魔をしてしまって、申し訳ありません」


「いえ。丁度終わりでしたので。お気になさらず」


 トンッと書類を整え、それを執務机の上に置いた。…他にも書類が一杯載ってる。大変だ。


「かなり大変なようですが…。ヴィルドさんも休めていますか?」


「問題ありません。ランサ様自身が、仕事が積んでいようと遅くまでの徹夜はしない方ですので。夜も休む時間がしかと確保されています。屋敷での仕事は必然、遅くになってしまいますが、睡眠時間を削る事はなさっていないと思います」


「…そうなんですね。確かに遅くても明かりが消える時間が決まっているような…」


 ヴィルドさんに言われて思い出す。

 これまでも夕食の後に領主としての仕事をしていて、部屋の明かりは遅くまで点いていた。いつ休むだろうと思って少し心配で見ていた頃もあったけれど、それでも確かに時間が決まっていたような気がする。


 その事実に、私は少し驚いてヴィルドさんを見た。


「…ヴィルドさんは、ランサの事をよく解っているんですね」


「補佐をしていますから。主人の習慣はすぐに把握しました」


 凄い。ここに凄い方がいる。

 思わずがばりとヴァンを見たら「何でそこで俺見るんです?」って嫌そうな顔をされた。同意を求めただけなのに…。


「ヴィルドさんはいつからランサの補佐を?」


「四年前からです。戦が終わり、ランサ様が辺境伯位を継いでしばらくした頃でした」


 その四年で、砦でのランサの補佐、そして領主としての仕事の補佐も少し、出来るようになった。加えて辺境騎士団としての腕前もつけたって事になる。それって凄い事なんじゃ…。

 そう思っていたけれど、ヴィルドさんはソファに座り直すと、私に問いを投げた。


「参考までにお聞きしたいのですが」


「はい」


「日常において、騎士達の士気を高めたいと思った時、リーレイ様ならどうされますか?」


 いきなりの難しい問いに少し考える。


 ヴィルドさんはランサや他の騎士達とは違う風に私にも接する。それはありがたいとも思う。

 私が間違った時、ヴィルドさんは容赦なく私を下がらせ責める。そうしてくれる人がいるから、私も心に安心がある。

 ヴィルドさんはランサや国境警備を、何よりも大事にしてくれていると思うから。


 そして今、その茶色の目が私を見る。

 これもまた試されているのか。それともただ意見を求められているのか。どちらかは分からないけれど、私の意見を考えてみる。


 士気を高める。つまり士気が下がっている状況。それを上げるのは容易じゃない。そして、特別な事をするのでなく、日常の中で出来る方法。これも難しい。

 そんな状況をこの砦に置き換えて考えてみる。…駄目だ。ランサにしごかれる騎士達と、真剣で緊張感ある鍛錬が浮かんでくる。


 それを振り払っていると、不意に、ヴァンの言葉を思い出した。


「私なら、家族に会う時間や、街へ出かけるような時間をつくります」


 見つめるその茶色の目を、私はまっすぐ見返した。






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