過去話 三人の友の出会いと冒険 2
「ローレン様なんというお姿をっ…!」
「殿下! どこに行っておられたのですか!」
王宮に戻った俺達三人は、木登りをした殿下の少し汚れた服と頭についた木の葉を見たメイド達に悲鳴を上げられて、部屋を抜け出した事を近衛騎士に怒られた。
その所為で、ぽいっと部屋に閉じ込められた。
「あーあ。これでまた退屈になったな」
「仕方ないですよ…。勝手に出て行ったのは俺達ですし」
殿下はすぐに着替えてしまってソファに座った。俺達も同じように座るけれど、殿下は少し不満そうな顔をしていた。
「ローレン様。ローレン様は王族で、大事な人です。だから皆守りたいし、学んでほしい事も沢山あるんです」
「…分かってる。俺だって王子だ。国と民の為に為すべき事があるんだと、公爵家の当主達も父上も言う。それは解る」
「うん」
「だが…公爵家の子息達と会っても勉強やマナーを気にするし、他に大人の目もあるだろう? 俺は…父上とお前達の父のように、ただ友としてこう…仲良くなりたいんだ!」
頬を膨らませていた殿下が俺達を見て怒ったような顔をした。それを見て隣のシャルドゥカがぱちりと瞬いている。
…少しだけ殿下の気持ちが解った気がした。
王子としてしっかりしないといけない殿下。でもただ遊びたい時もあって。でも、周りには大人の目が沢山あって。やらなくちゃいけない事があるけれど、それをしたくない時もあって。
それが解ってぎゅっと拳に力が入った。
「だから、そうだな…。我儘に付き合わせてすまなかった。父上の耳に入ったら、俺から謝っておく」
殿下が俺達にぺこりと頭を下げた。
そんな事をされてしまって何も言えなくなってしまった俺の隣で、シャルドゥカが急に項垂れた。
「美しいっ…!」
「シャルドゥカ?」
今何か言った? シャルドゥカを見るけれど、なんだか一人でうんうん唸っていてよく分からない。
殿下を見るけれど、殿下もコテンと首を傾げている。
けれど急に、がばりとシャルドゥカは頭を上げて殿下を見た。
「ローレン様は確かに大変な立場におられるけれど、今はまだ遊びたい子供盛り。それまで殺してしまう事はないですよ。何よりご自分で分かっていらっしゃる。それで十分です」
「そうか?」
「はい。そんな美しい心を殺してしまう方が良くない。偶にはしたい事をしてその心の美しさを磨いてあげないと勿体な…いえ。感情の吐き口は作っておかないといけませんから」
「今何か変な事言わなかったか?」
「何も?」
そうか? なんだかシャルドゥカの笑顔がすごく嬉しそうなものに見えるんだけど。
シャルドゥカは変わらず殿下を見ている。
「だからローレン様。僕らといる時は、ただの友でいいですよ」
「…そうか。そうか。ありがとう、シャルドゥカ。ランサ」
少しだけ驚いたような顔をしていた殿下だけど、すぐに笑顔になった。
それから俺達はただなんてことない話をした。好きなものは何だとか。勉強がどうとか。鍛錬がどうとか。
殿下は楽しそうに聞いてくれて。シャルドゥカは話すのが上手で。
「あーあ。お前達とはなかなか会えないのが残念だな。…そうだ! 会えた時には何か思い出になる遊びをしよう」
「思い出…?」
「だってお前達は王都にいなくて。会いに行けないじゃないか」
首を傾げた俺に殿下は大きく頷いた。
だけどわざわざそんな事をしなくても…。一年に一度くらいになるだろうけど会えるし。
「そういえば、ランサは王都に来たのも、ローレン様にお会いしたのも初めてだっけ?」
「うん」
「それだ!」
いきなり、殿下が良い事を思いついたみたいに声を出した。俺とシャルドゥカが見ると、殿下は笑顔を浮かべている。
「ランサに城を案内しよう。それなら初めての城の思い出になる」
「えっ。そんな…。大丈夫です。別に知らなくても…」
「ローレン様。ただの案内なんてちょっと勿体ない気もしますし。もっと記憶に残る遊びにしませんか?」
「どんな?」
いやだから…。俺の側で殿下とシャルドゥカが勝手に話を進めていく。
こういう時に止める方法を、俺は早く知りたい。
どうしてこうなったんだろう…。
もう何度もそう思うけれど、目の前の二人は止まってくれない。
殿下の部屋の前に立っていた近衛騎士を扉を少し開けて覗き見て、「えいやっ」って殿下が足を踏んで、痛がってる隙に部屋から飛び出す。…俺は殿下に腕を引かれて走るしかなかった。
後ろからは「ローレン様ぁっ!」ってすごく怒ってる声が聞こえたけど、シャルドゥカが楽しそうにして、殿下まで笑って…。俺はため息しか出て来ない。
「ランサ。まずは国の為に皆が働いている場所に行くぞ」
そう言った殿下に連れて来られたのは、殿下の部屋がある場所とは全く別の建物。
色んな人が居て、時々忙しそうにしている。こういう場所は国の為に色んな人が色んな事を考えているんだと、俺も少しだけ知ってる。大人は凄い。大変だ。
そんな中を殿下を先頭に歩いていると、時々大人達に少し驚いたように見られる。
「ローレン様。やっぱり俺達いない方が…」
「大丈夫だ。それにランサ。ランサやシャルドゥカだって国を守ってくれる人だ。ここだって同じだ。なら居てもおかしくない!」
「うんうん。やり方違えど心は同じ、ですね」
そうなんだろうか…。でもすごくお邪魔になっているような気がする。
堂々と歩いていく殿下は、少し離れた場所まで向かった。
「ここは薬草室だ。色んな薬草を育てている」
「あぁ。僕の屋敷の庭にもあります」
殿下は中に入ると、周りをキョロキョロ見て何かを見つけると、ぺちっと一枚の葉っぱを毟った。そしてそれを俺達に見せてくれる。
「ここには色んな病気や怪我に効く薬草が沢山あるんだ。病気の人や騎士達にだっていつでもあげられる。色々あるんだぞ。これは腹痛に効くのだと聞いた。葉っぱ一枚でも凄いな」
「えぇえぇ。葉っぱ一枚も侮れぬものですよ」
と、声が降って来て俺達は視線を向けた。そこに男の人がいた。
俺は知らない人だけれど、殿下は知ってるみたいですぐ言葉を返した。
「モク公爵。びっくりした」
「これは失礼。して、殿下はお二人と何用でしょうかな?」
「城の案内をしていた。ランサとシャルドゥカは辺境伯の子だから、薬草は城にも一杯あるんだと教えたかった」
「そうですか」
モク公爵って確か、五大公爵家の家の人だ。王族の次に凄い人達。
そんな人は殿下の言葉にどうしてか笑みを浮かべて頷いてる。殿下と何か話をしているのを見ている俺に、シャルドゥカが小声で教えてくれた。
「モク公爵は、陛下の妹君が奥方なんだ。薬草にも詳しくて、王都に来た時には時折こうして薬草栽培の助言に来るらしいよ。ローレン様は…多分、僕らが怪我をしても城にも薬草があるんだって、言いたいんじゃないかな」
「…そう、なのかな」
父上も、時々怪我をする事があるらしい。でも薬草や薬があるからすぐに手当てができるって前に教えてくれた。
殿下も…そういう事を教えてくれたのかな…。俺達に教えたかったってことだから、そういう事なのかな。
俺とシャルドゥカも、モク公爵にぺこりと挨拶をすれば、公爵は優しい顔をしてくれた。
そんな俺達を見て、殿下は胸を張って言う。
「よし。次に行こう」
「あの、ローレン様…」
「行きましょう」
殿下とシャルドゥカはまた、張り切ってそう言った。
一人離れるわけにもいかない俺は二人の後をついて行く。大人達とすれ違っても殿下は何てことなく歩いていく。
俺はだんだんと分かってきた。やめようと言っても絶対に二人は聞いてくれない。
ため息を吐いていると、今度は大きな扉の前で殿下は足を止めた。
「ここは書庫室だ。色んな本があって、俺も本は色々読む」
そう言うと殿下は扉を開けて中に入った。
書庫室の中はシンッ…としていて、本の匂いがする。俺も屋敷の書庫室に入る事が増えたから、こういう匂いは嫌いじゃない。
書庫室の中には人の姿も見えるけど、殿下はそっちとは違う方向へ歩いていく。
「二人はどんな本を読むんだ?」
「うーん…。僕は基本目についたら何でも読みますよ。ランサは?」
「俺も。…最近は、勉強が多いけど」
「勉強ばかりではなく、やっぱり時々別の事もしたいな」
そう言うと、殿下は本棚からなんでか怪奇本を取り出した。「これを読もう」って楽しそうな顔をしてるから、俺達は三人で椅子に座る。
誰かとこうして面白がったり、びっくりしたりしながら本を読むのは初めてだ。そう思うとちょっとだけこの時間が楽しくなる。
「おや。ローレン殿下」
「ん? あ。ジークン」
通りがかった人が殿下に声をかけた。本に夢中だった殿下は遅れて顔を上げると、気付いたような声を出した。
俺とシャルドゥカもその人を見る。キリッとした人は殿下と俺達をちらりと見た。
「そちらは?」
「ランサとシャルドゥカ。俺の友だ」
俺とシャルドゥカはすぐに席を立ってその人にぺこりと礼をした。城には色んな人が出入りしているけれど、大体が貴族だから、挨拶はちゃんとしないといけない。それは父上に教わった。
挨拶した俺達を見てから、殿下はその人を見てコテンと首を傾げた。
「ジークン…じゃなくて、ティウィル公爵は書庫に用事か?」
「えぇ少し。…これまで通り名でも構いませんが?」
「うーん…。だがジークンはもう公爵になったからな。そういう区別はちゃんとしないと駄目だと、言ったのはジークンだ。だからちゃんと公爵と呼ぶ。それに、公爵になってもう二年くらいになるし…俺がちゃんと呼べないのが悪いんだ」
「そうですか」
うんっと自分で頷く殿下に、ティウィル公爵はどうしてか少しだけ笑っているように見えた。なんだか嬉しそうな優しそうな笑みみたいに。
「殿下は何をお読みに?」
「怖い本だ。だが、ランサもシャルドゥカも全然怖がらないから、普通の本だな」
「おやおや。まだ子供らしいままですね」
「こういう怖い本には、国中の言い伝えや伝承も混じっていると、前にセルケイ公爵が言っていた。ちょっと興味があった」
そうなんだ。俺は少し驚いているとティウィル公爵は殿下をじっと見て「そうですか」ってだけ言った。
殿下と一緒にいると知らない貴族にも出会う。緊張するような嬉しいような、よく分からない感じだ。でも、殿下は誰にも変わらずに接する。話しかけるのも答えるのも。
社交界とかに出れば、俺もこういう風になれるのかな。
「ローレン殿下。様々な事に興味を持つのはとても良い事です。知り、それを活かせるようになってください。そして、貴方の為に頑張ってくれる者をきちんと見つけてください」
「うん…? 俺はランサもシャルドゥカも、ティウィル公爵も信じてるぞ?」
「光栄です」
そう言うと、その人は少しだけ笑って離れて行った。その背中を見て殿下は唸っていたけれど、すぐにまた俺達と一緒に本を読むことにした。
三人で本を読んでいると、時間はすぐに過ぎていって、気付いた時には随分時間が経っていた。
「しまった…。本当は二人の鍛錬を見たり馬に乗ったりもしたかったのに…」
「ローレン様。それは次の機会にとっておきましょう。僕も楽しみです」
「…そうだな。よし。ではランサ、最後にもう一か所案内する」
「あ、いや。もう…」
いいですって言おうとしても、すぐに殿下に腕を引っ張られる。もう少し話を聞いて欲しい。
でも知ってる。
殿下は、俺が話しかければ聞いてくれる。じっと耳を傾けてくれる。
だから俺も、ちゃんと伝える事ができる。納得と賛同が別になってるだけで…。
殿下がこうして連れ出してくれなかったら、俺はきっと城の中の事なんて何も知らないまま。それは別に困らないけれど、知らないよりはいいんだと思う。
書庫で本を読んだみたいに。色んな事を知るのはきっと良い事だから。
俺は今、こうして城にいて。この中でしか知れない事があって。
殿下やシャルドゥカの事もきっと、そうなんだ。
そう思って。殿下が掴んでくれる手を見て。
なんだか少しだけ胸が熱くなった気がした。




