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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
婚約騒動編

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11/258

11,騎士も強いですが、護衛も凄いのです

 ♦*♦*




 砦よりも北で起こった野盗一斉討伐は、さして時間をかけずに完遂された。

 拘束した野盗を砦へ連行する準備を部下に任せ、俺は少々思案する。


 元々、この野盗の動きは想定内だった。


 通常の野盗は見つかれば武器を手に向かって来るが、不利だと悟ればすぐに逃げる。統率が取れている事は少なく、拘束も容易い。


 だが、ここ最近は違う。

 まるで揺さぶりでもかけるかのように出て来ては退き、退いては出て来る。

 明らかに何かの目的をもって動いている。


 これは明らかに仕組まれている事であり、糸を引いている者がいる。

 ここしばらく屋敷に帰れなかったのはその為だ。だが、ヴィルドの手もありそれに関してはすでに目星はついている。


 後欲しいのは、奴らであるという証拠。

 野盗に口を割らすのは簡単だ。だが、膿を出し切る為に、ここ最近のそれと思える相手にはわざと手を緩めた。

 今回も俺自身がわざと動き、砦を空けた。

 そうすれば向こうも余裕を出し、そして油断する。頭の回る者が糸を引いているわけではない。それは元から分かっていた事だった。


 俺が頭を悩ませる相手は、すでに俺の傍に居る。


 今回の野盗も明らかに雇われている集団だ。ここにきて一気に捕縛すれば向こうも慌てるだろう。

 さて、次はどう動くか…。


 フッと息を吐いた俺の傍にヴィルドが近づいてきた。


「どうします?」


「連れて行って尋問しろ。まとまった捕縛だ。すぐ吐く者が出る」


 ヴィルドも「そうですね」と頷く。


 野盗を捕縛するだけが俺達の仕事ではない。特にこういう場合は。

 今回は面白い程上手く嵌ってくれたからな。拘束出来た人数もそれなりにいる。一人でも吐けば問題ない。


 俺の傍で、ヴィルドが少し硬い声音で続けた。


「……奴らは今日、砦で待機ですが?」


「あぁ。だからバールートを置いてきた。ヴァンがどれほど出来る奴かは分からないが、バールートなら問題ないだろう。向こうがこれ幸いと動けば現行犯で捕らえられて簡単だがな。それより、各所は?」


「秘密裏に直属隊を増やしてます。今のところ緊急連絡はないです」


「ならいい」


 流石にここにリーレイ嬢を連れて来るわけにはいかない。だからバールートに護衛を任せた。

 ヴァンがどれだけの腕を持つのか俺には分からない。それに、相手は曲がりなりにも国境警備を預かる騎士だ。


 俺の部隊である『辺境伯直属隊』は、国境警備隊とは違い、辺境伯おれに従い辺境伯おれについて行くと心に決めた者達。その命に忠実で、辺境伯おれの役目と守るものを守る事を使命としている。

 今、俺の直属隊として働く騎士達は全員、俺が認めた者達。


 俺は騎士団から派遣される国境警備隊も信頼している。同じ役目を担う仲間だ。

 だが、こういう場合、俺は俺の部隊を動かす。

 だから今も水面下で動かし、通常警備とは異なる配置を与えている。これは俺とヴィルド、配置されている騎士しか知らない。


「活躍して目立つ、というのも結構なものですね。『闘将』様?」


 …言ってくれる。嬉しさなど微塵も湧かないがな。


 ヴィルドの言葉に何も返さず、俺はすぐに騎乗した。それを見て騎士達も続く。


 俺は「戻る」と言いかけたが、微かに耳に届いた音に口を閉ざして視線を向けた。何か来る…。

 同じように気づいた騎士達が俺を守るように立ち並ぶ。


 そして、その影が見えてきた。


 ダンダンッと重い蹄音を響かせ、地を揺らし、馬が駆けて来る。数は三騎。

 その先頭は砦にいるはずのバールートだ。それが分かり俺は騎士達を下がらせた。


 前へ出ればバールートと視線が合う。すぐにバールートが何かを後方へ言っている。その音までは聞き取れない。

 ゆっくりと後退したバールートの代わりに先頭へ出た馬。青毛の馬だ。それには覚えがある。だがそれは……。


 駆けて来た馬は馬上の主の指示に従い、適度な距離を開けて止まった。

 その時には、俺も、そして周囲の騎士達も馬上の主に目を瞠った。


 手綱を握り、背を伸ばす凛々しい姿。高く一つに結った髪が、動きと風に揺れている。

 その目は、初めて顔を合わせた時のように、まっすぐ俺を見ていた。


 凛々しい黒い瞳。惹きこまれるような強さ。


「辺境伯様。砦で離反者を発見しました。ここより南から野盗を侵入させるつもりです」


 はっきりと告げられた言葉に騎士達が驚きを露にする。だが、走らせた動揺は小さく、すぐに俺を見る。

 俺はすぐにバールートを見たが、返って来るのは確かな頷き。


 成程。奴らの動きにバールートも気付いたか…。

 バールートに今回の事態は伝えていなかった。しかと護衛しろとは言っておいたから問題は感じていなかったが…。


 予想外があるとすれば、リーレイ嬢が来た事か…。

 だが、これに関しては後に考えよう。

 そう思うのに少し可笑しく感じてしまう。不快なのか愉快なのか、まだよく分からない。


「ランサ様…」


「問題ない。すでに直属隊を配置させている」


 堪らずと言った様子で声を寄越した騎士にも、いたって冷静に答えた。

 その言葉で、瞬時に騎士達も緊張しながらも落ち着きを取り戻す。


「が、俺達も向かおう。直属隊、第一、第二部隊はこのまま行くぞ。第三部隊はそこの者共を牢へぶち込んでおけ」


「「はっ!」」


 下した指示にすぐさま全員が従う。


 騎士はこれでいいとしてもひとつ残る問題がある。俺はその人物の元へ馬を寄せた。

 リーレイ嬢は少し緊張しているようで、身を強張らせていた。


「リーレイ嬢。よく知らせに来てくれた。このまま戻るのは不安だろう。すまないが俺と来てくれ。身の安全は保障する」


「はい。ヴァンがおりますのでご心配なく。辺境伯様はお役目を全うなされてください」


「……あぁ」


 リーレイ嬢は愚かな人ではないと思う。

 これから野盗がいるという場に向かうのにも関わらず、その返事は間を置かず、そしてその眼差しは強い。


 そんな姿はやはり、俺の知る『令嬢』とは違う。だが決して不快ではない。


 俺はすぐに全員を伴い馬を走らせた。

 両翼、後ろを続く騎士達の合間から、ちらりと走るリーレイ嬢を見る。視線に気付いていない彼女はまっすぐ前を見て走っていて、その隣にはヴァンがついている。

 そんな光景に無意識に少し眉を寄せた。


 俺とリーレイ嬢の間には距離がある。…これは当然だ。彼女とは今朝会ったばかりで、彼女は俺の事を知ろうとしてくれている。

 だがこれは……これからもこの距離なのだろうか。互いの事を知り、婚約が進んでいった先も。


 ヴァンといる彼女と、丁寧に俺に接する彼女。見ても分かるその距離。

 それを埋めるにはどうすればいいのだろうか…。


 もし、俺がもう少し距離を縮めたら、彼女も近づいてくれるだろうか……?


 ふとよぎった想いに俺はすぐに頭を振った。






 ♦*♦*




 辺境伯様始め騎士の皆さんは馬を駆るのがお上手だから、私は必死について行った。私の傍にはヴァンとバールートさんがついてくれている。


 一心不乱に南へ向け走る。その勢いが一切落ちない事に、何度も皆さんの優れた腕を感じた。

 同時に少し悔しいような気持ちになって、こんな時にも私は何も変わってないなって感じさせられた。


 長いような短いような時間を駆け、やがて見えてきたのは森の近くでの戦闘の様子。


 それを認めた辺境伯様はすぐに動いた。サッと手で指示を出せば即座に騎士達が動き出す。

 その傍らで、私はバールートさんに促されるように少し離れた所で馬を止めた。


 騎士の皆さんはすぐに応戦する。元よりさして押されているようには見えなかった戦闘は、すぐに収まりの様相を見せる。

 それを傍目に私は息を整える。こんなに走った事はそうない。それに事が事だけに精神的にも疲れた。


 一度深呼吸してから戦闘へ視線を向けた。

 ある者は馬上から、ある者は馬から降り。ある者は剣ではなく弓を使う。その矢が太陽の光を受けて眩しい。


 戦闘を見ながら辺境伯様を探す。離れているけどすぐに見つけられた。

 最小限の動きで剣を振り、斬り結ぶ事無く一撃で相手の動きを封じていく。それは相手の命を奪う刃ではなく、戦闘不能にさせる一撃。致命傷になるような大きな傷ではないように見えた。


「……辺境伯様は、いつもあぁいう戦い方を…?」


「へ? えーっと…殺してないって事ですか?」


「はい」


 私の問いに少し驚いた様子なバールートさんは、躊躇いながらも言いたい事を的確に察してくれた。


「…リーレイ様って意外と冷静に見てますね。こういうの見ないかと……。えーっと、そうです。全員に対して毎度ってわけじゃないですよ? 向こうは殺す気で来るし、身体が先に動くって事もあります。後、当然戦の時はしませんし」


 バールートさんは躊躇っていたけど、すぐにはっきりと現実を教えてくれた。それはとてもありがたい。


 私も、ヴァンに剣術を教えてもらった時、同時に人の急所を教えてもらった。だから辺境伯様の戦いには少し驚くし、同時に冷静にその加減が出来る優れた実力も感じた。


『いいですかお嬢。護身でも、剣を持てばそれは相手の命を奪えます。お嬢が真剣持つなんてそうないでしょうけど、ちゃんと自覚してくださいよ』


 私に剣を教える最初、ヴァンはいつになく真剣にそう言った。その言葉の意味も今の私にはよく分かる。

 剣が交わるのが戦。向けあうのが争い。それはいとも容易く命を奪う。


 この地にある危険。今目の前で起こっている事。

 その修羅場をくぐり抜けている人達。命をかけて役目を全うする人達。


 見ているとすぐに戦闘は終わった。野盗は次々と拘束されている。

 その中で指示を出す辺境伯様の元に、「行きますか」ってバールートさんに促されて私達も向かった。


 向かいながら辺境伯様を見る。

 私より年上とはいえまだお若い。その周りには年上の騎士達も多い。それでも毅然として指示を出し、気後れせず彼らをまとめている。

 辺境伯として、将軍として、『闘将』と呼ばれるその方は、傍目にも素晴らしい方なのだと分かる。


 皆様のお邪魔にならないように辺境伯様の元へ向かい、馬を降りた。

 私達に気付いた辺境伯様は視線を向け、そして一度ぱちりと瞬いた。


「リーレイ嬢。わざわざこちらへ来なくても…」


「? ……! 申し訳ありません。お邪魔になりますね…」


「いや。そうではなく…」


 なぜか頬を掻く辺境伯様に、私は首を傾げる。


 私が来ては邪魔なのではなく? それならなんだろう? もしかしてはっきり邪魔だと言えないだけ…?

 それなら余計に申し訳ない…。


 シュンと肩を落とす私に、辺境伯様は困ったように眉を下げた。


「その辺りには血も飛んでいる。剣戟の後は空気も少し張りつめる。あまり気持ちの良い場所ではないから、離れてくれていていいんだ」


「そういう事ですか。問題ありません」


「……そうか?」


「はい」


 辺境伯様の懸念に成程とすぐ納得できた。

 うん。でも私は平気だ。ヴァンに剣術稽古つけられて傷いっぱいつくったり、酷い時はダラダラ流血だってあったし。


 なんでか後ろから「ヴァンさん何か笑うの堪えてないです?」ってバールートさんの声が聞こえるけど気にしない。

 どうせヴァンが肩震わせてるんだから。もう分かってる。


 辺境伯様は少しだけ驚いたような目をしていたけど、「…そうか」って小さく呟くと納得されたようで、それ以上は何も言わなかった。


 そんな姿を見てふと思う。

 私は砦に来て、辺境伯様の将軍としてのお顔を幾度と見た。その実力、風格、周囲との関係性。どれも、何度も素晴らしいと感じた。

 けれど今、ただの「ランサ」という人物を見ているように思う。ただ一人の女性の心を案じる一面。


 勿論、どちらも「ランサ」という彼自身だから、分けて考える事はないと思う。

 けれど、妙な新鮮さを感じてしまった。


「お疲れ様でした。辺境伯様」


「いや。大した事ではないな」


「…私は武人の方と親しくないのでよく分かりませんが、凄いと、そう感じました。幼い頃からかなりの鍛錬を積まれたのですね」


「……まぁ、そうだな。剣を振っていた記憶しかない」


「ふふっ」


 なんだか、本当にそんな記憶しかないって言いたげな表情で、思わず笑ってしまった。

 だって、気まずそうに視線を逸らすんだもの。


 私の周りではすでに事後処理を終えた騎士達が集まり始めていた。だから私もすぐに笑みは引っ込める。

 そんな私の後ろで呑気な声が一つ。


「へー、弓使う人もいるんですね」


 クルリと振り向くと、そこには弓兵から弓を借りてるヴァンの姿があった。矢はないから弦を引いてるだけだけど。


「ヴァンさんは弓使います?」


「剣がほとんどです。まぁ、やった事はあります。一応武器は一通り」


「そうなんですか?」


 …そうだったんだ。私も知らなかった。

 ちょっと驚くけど、弓を触ってるヴァンはなんだか楽しそう。そんなヴァンを見てると珍しさもあって、少し頬が緩む。


「…リーレイ嬢」


「はい?」


 不意に呼ばれて視線を戻す。その最中、不意に強烈な眩しさを受けて一瞬目が眩んだ。

 何か光ってる…?


 キラリと見える輝きに似た輝きを、さっきの戦闘で見た。

 それが光じゃなく矢だと分かった瞬間、私はバッと辺境伯様の体を押していた。意外とすんなりとその体が地面に倒れるな、なんてどこかゆっくりした頭で思っていると、さっきまで辺境伯様がいた地面に矢が突き刺さった。


 周りが一気に騒がしくなる。バールートさんやヴィルドさんはすぐさま辺境伯様を守るように身体を低くして、辺境伯様への矢の飛来を防ぐように剣を突き刺した。

 ここには周りに遮蔽物になるような物がない。捨て身で辺境伯様を守るつもりだと分かった時、思わず身を起こそうとした私はぎゅっと何かに引き寄せられた。


 そちらに視線は向かない。私の視線は矢が飛来した方向を見ているだけ。


 また、キラリと輝く光がある。

 まだ、こっちを狙っている。


 息を呑む私の前で飛来してきた矢は、誰にも当たる事はなかった。


 飛来する矢。守る為に立つ騎士達。

 全員の一番前に出たヴァンが、バシッと、その手で矢を掴み取ったのだ。


「「え……」」


 一瞬場が静まったのは気の所為じゃない。私も唖然とした。


 なのにヴァンは当たり前のように矢を持ちかえ、丁度持っていた弓に番えると瞬時に射った。まさに流れるような動き。

 しかもその矢はかなり強い力で引かれたのか、勢いよく飛び出すと「ギャッ!」って茂みの向こうの何かに命中した。






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