107,証拠を一つ添えましょう
私は担がれたままだけれど、あの部屋を出たからにはどうしてもしたい事がある。その為に脱出を考えていたところもあるし。
「アルギ。まだ火の手が回っていないなら、贋作の証拠を集めさせて」
「はぁ?」
屋敷には火がつけられたらしい。それを思えばすぐにでも脱出するのが賢い。解ってる。
アルギに担がれながらも告げれば、盛大な「何言ってんだ」って声音が返って来た。…あからさますぎる。
私を担いでいるアルギは、走っていたけれど喋るためにか歩き出した。
「あのな。すでに贋作の山。ビレーヌ伯爵。贋作作ってた絵師。まとめて放り出しといたんだ。証拠は集まってる」
「そう…だけど…」
私は思わず拳をつくった。
結局私は今回何も役に立てていない。ただ捕まって。心配させて。足を引っ張って。この後ランサとアルギの繋ぎになっても、居れば話が進みやすいってくらいだけ。
いつだって盛大な活躍ができるようなヒーローではない。分かってる。私の力なんて所詮は小さなもの。あってもなくても変わらない。
「なぁサンス。そういや元は見つけたか?」
「いえ。目星の部屋は見つけましたが侵入はできませんでした。火元はそちらなので」
「あぁだが、ありゃ作業場の方だろ? 俺ももう一か所それらしい部屋を見つけたぜ?」
ランフォルとサンスが何か言っている。それを聞いたアルギは足を止めた。
脱出だって重要だから本来足を止めている暇はないのだけど。アルギの様子に、担がれながらもどうしたのかと窺う。
「アルギ?」
「贋作作りの大前提。それがまだ確保できてない。なくてもいいが…目星がついてるなら、まぁ時間はかからない。あるかもって可能性だが、行くか?」
「行く!」
大前提が何なのかということにまで考えが及んでいないけれど、私はアルギの言葉に頷いた。
と、どうしてかフッと愉快そうな笑みが聞こえた気がしたと思ったら、アルギが「ランフォル」と案内を促した。
それまでより足が速くなって、舌を噛まないように口を閉ざした。アルギは意外と力持ちなんだね。妙なところで感心する。
すぐに思考は切り替えた。
贋作作りの大前提。…そもそもバレちゃいけない。それが大前提。
じゃあ、バレないためにどうするか…? 一番バレる危険は何だろう…。
と、考えてあっと思い至る。同時に「着いたぜ」ってアルギはそっと下ろしてくれた。
サンスが剣で鍵を壊し、ランフォルが扉を蹴破って開けた。
月明かりの差し込む部屋。その中にある無数の絵。棚に並べられていて一枚一枚を確かめるのにも時間がかかりそうだ。
「かなりの数だな…」
「サンス。ランフォル。放り出した贋作憶えてるか?」
「パッと見は。ですが、すでに別所で燃えている可能性もあります。探しますか?」
「それしかねえだろう。一番の証拠だ」
「あんま悠長にしてられませんぜ?」
私も歩き出そうとしてガッと鎖に足を取られて転んだ。…嫌だこれ。しかもアルギが笑うから余計にムッとする。
もういい!
怒りと羞恥と開き直りが混じって、私は思いっ切り兎跳びして棚に近づく。そして絵を探す事にした。三人の視線なんて気にしない。
私が知る贋作は、ランサがドゥル様に見せた贋作だけ。
あの絵の大きさを思い出しつつ、同じくらいの大きさの絵が置かれている棚を探す。
ビレーヌ伯爵の行いは、すでにセルケイ公爵家も調べがついている。だから私に出来るのはそれに少しの証拠を添える程度。
それでも力になれるなら。私は一人で大手柄を上げられるような人間じゃないけれど、力になれるなら。
確認して。戻して。その作業を繰り返していると、だんだんと炎が燃える音が近づいてきて、煙が立ち込め始めた。
♦*♦*
奥にある屋敷。リーレイはそこにいて、屋敷に火を放つ計画なのだとトレッサは自供した。
俺達はトレッサ達を蔓で木に縛りつけ、急ぎそこへ向かう。
俺は、俺の中の天秤に役目と何かが載った時、必ず役目に傾くと知っている。例え、片方に載るのが家族でも。部下でも。リーレイでも。
だがそれは、選び取るという話で。心配しないわけではないし。まして諦めるというわけではない。どちらも守ることがまず為すべき事であるのだから。
もしも、リーレイを失う事があれば――
もしも、リーレイがどこかの男に傷つけられるような事があれば――
そう考える度、激情が巡って発狂しそうになる。それでも己を抑えて抑えて、助けるためにひた走る。
早くリーレイを助け。この目で。この手で。その無事を確かめたい。触れて感じたい。
「将軍!」
エレンの声が耳を衝く。その声と見えたものに急いだ。
森を抜けた先に屋敷があった。ただしその屋敷は今、火の手が上がっている。
遅かったか…。だがまだ焼け落ちる程火の勢いはない。時間との勝負だ。
俺はすぐさまざっと周囲を見た。
幸い、屋敷の周囲は森の木からは少しだけ離れている。だが風が吹けば分からない。
すぐに出来るだけ周囲の木を切り倒さなければ火が広がる可能性がある。だがそれをしているとリーレイが間に合わない。
「何者だ貴様ら!」
ザッと俺達の周囲を囲む者達。それが国境警備隊の面々である事は月明かりの下の隊服ですぐに分かった。
国境警備隊の面々は警戒しているが、実に良い所に来てくれた。
俺はすぐさま腰から鞘ごと剣を抜き、見せた。
「辺境伯ランサ・クンツェだ。上官はどこだ!」
「ここに。見張り警備中に煙を見つけ駆けつけました」
俺の前に一人の男がすぐに歩み出てきて礼をした。囲んでいた騎士達も俺の正体にすぐに臨戦体勢を解き、礼をした。
のんびりしていられない俺は、すぐさま歩み出て来た男に指示を出した。
「周囲の木を切り倒して延焼を防げ。それからこの屋敷にいるはずのビレーヌ伯爵を拘束。見当たらないなら森中を探せ」
「はっ! それが…ビレーヌ伯爵はすでに拘束され、男と大量の絵と共に転がされております」
すでに拘束されている…? 一体誰が…。
気になる報告ではあるが今はそこを考える時ではない。俺はすぐに木を切るように告げ、男はすぐに部下に指示を与える。
きちんと統率がとれているのを見て取りながら、俺はダルク様を見た。
「ダルク様。危険ですので…」
「ビレーヌ伯爵が拘束されているという事は、手勢の数から見てもさして戦闘の可能性は高くないと見てよろしいでしょう。参ります」
ダルク様は責任感の強い方なのだな。そう思いつつ俺は頷いた。
そして俺達は火の手が回っていない方へ走り出す。
「ランサ様。リーレイ様が連れ出されてる可能性は?」
「トレッサが待ち伏せていたということは、すでにビレーヌ伯爵と情報は共有され、俺達が揺さぶりをかけたことも分かっているはずだ。リーレイを殺せば命綱がなくなる。ビレーヌ伯爵が拘束されているのがやけに早いのを見ても、恐らく情報を共有してすぐ…。トレッサがビレーヌ伯爵が拘束されているのを知らない様子から見ても、リーレイを連れ出す時間があったとも思えない」
「お嬢なら、バタバタ暴れて抵抗しまくりますから」
ヴァンの言葉には少し心が軽くなるようだった。
そうだ。リーレイは易々と動かされるような人ではない。捕まっても。己で何とかしようとする。脱出も。そこがビレーヌ伯爵の関係先だと分かれば、証拠集めも。
ただ本当に、無茶だけはしないでほしいんだが…。
「ですが将軍。そうなると誰がビレーヌ伯爵を」
「他に何者かが動いている、と見るべきだな。気を緩めるな」
「「はい」」
俺達以外にこの情報を掴んでいる何者か…。誰だ。
♦*♦*
「そろそろ時間か」
「こちら一点見つけました」
「よし。おいリーレイ」
確認して。戻して。それを繰り返す私に近づいてくる足音。
「おい、もう…」
「あった!」
見つけた。前にランサがドゥル様に見せた絵。多分これが本物だ。
思わず、私はそれを傍に来ていたアルギに見せた。
「あった! あったよアルギ! これ前にランサが贋作を見せてくれた絵!」
「…良かったな。んじゃ逃げるぞ」
「うん!」
屋敷に火をつけたのは多分、証拠を燃やす為。一番の証拠は贋作を作っていた部屋。そこにも本物の絵が置かれていただろう。
ここは、それとは違う置き場だったんだろう。良かった。ここにあった。
喜んでホッとしていると私はまたアルギに担がれる。…と、頭も冷えた。
まだこれで行くの…?
「アルギ! いい加減下ろして。鎖を斬ってくれれば自分で走るから」
「鎖斬っても、その足じゃ痛むぞ。アンタ動きすぎて皮膚擦り切れてる」
…そうなの? もう自分じゃ分からない。確かに少し痛みがある気もするけれど…。
逃げていても火の手はあっという間に回る。周りはもう煙が充満し始めている。
思いのほか本物の絵を探すのに時間を取られたみたい。このままじゃマズイ…。
「なぁ」
「何?」
どうにかしないとと思っていると、これまでと変わらない、危機感も抱いていない声が耳に入った。
と、どうしてかスッと下ろされる。
「その鎖斬る代わりに、条件がある」




