106,商人の仲間達
バールートやダルク様の視線を感じる。だが俺の答えは変わらない。
トレッサを見ていると、初めて奴の表情が変わった。
「…ハッ。所詮は外面だけ良くしてるってわけか。可哀想な女だな」
「リーレイをどこにやった」
「外面のための婚約者でも、傷物になるのはさすがに困るんじゃねぇか? ティウィル公爵家の御令嬢だろう?」
人を嘲笑うような笑みが心底気に入らない。その言葉にはさすがに俺も怒りが沸き上がった。
「その瞬間に、貴様はツェシャ領とティウィル公爵家を敵に回す。その頭で理解してから発言しろ」
「へぇ…。んじゃいいこと教えてやるよ。アンタの婚約者は今、手癖の悪い男と二人、牢の中だ」
…コイツ余程に死にたいらしい。
そう思ったのは俺の個人的感情だけではない。俺の後ろから立ち昇ったヴァンとエレンの殺気がそう思わせた。ヴァンを押さえていたエレンも流石にその言葉には限界がきたらしい。それを見るバールートが大人しいのがエレンの怒りを如実に感じさせる。
リーレイが傷つけられる。思うだけで腸が煮えくり返り殺気が抑えきれない。
だがその反面、頭が冷えていくのも分かった。戦闘においてもよくあることだ。剣を持った時。斬り捨てた相手の血を見た時。感情が排除され、思考が急激に冷静になる。
今。目の前のコイツをどう倒し。どう勝つか。犠牲を最少に抑え、全てを解決させるための最善は何か。
「最後通告だ。リーレイはどこだ」
「そんなにお役目が大事かよ…」
コイツは貴族として、なさねばならない役目を放棄した。俺にはその思考と行動が理解できない。
最小の動きで地面を蹴ると、一気に詰めた距離ですぐさまトレッサを拘束した。「ぐっ」と痛みに顔を歪めるが一切それに何も感じない。
そんな俺の背後で動く気配がある。俺はトレッサの体を足で浮かせると、その気配の方へ放り投げた。
さすがにトレッサごと刺す事はできないようで動きが鈍る。そこをすかさずバールートとエレンが押さえ込んだ。
トレッサと腰巾着だろう男が二人。面倒だな。手下は何人いるのか…。
拘束されたトレッサは俺を睨むが、何の意味も迫力もない。
「どうせもう終わりだ。あの女もどうせ死ぬ」
トレッサがこぼした言葉にヴァンの眼光が光った。ずかずかと歩み寄ると、ダンッと後ろの樹に足をぶつける。
「どういう意味だオイ」
珍しい、ヴァンのかなり怒りに満ちた表情だ。俺も同様に見やる。
その間、バールートが森で見つけた蔓を使って奴らを拘束していく。頑丈で引き千切るのも難しい種類の物は、縄が無い時には使えるので辺境騎士団でも知る者が多い。
バールートとエレンはささっと三名を拘束。ヴァンは我慢の限界らしく剣をトレッサに突き付けた。
「言っとくけど、口さえ動きゃ手も脚もいらねえんだけど?」
「ヴァン。出血量を増やすな」
「んじゃ指全部斬ってやんよ」
…これは、リーレイには見せられないヴァンの姿だな。
ヴァンの本気だろう脅しは十分な効果があったらしい。青ざめたトレッサが震えながら口を開いた。
♦*♦*
「――…つまり、私はここを脱出してランサの協力を得る為の繋ぎになればいいってこと?」
「そういう事だ。贋作の証拠と絵師は、こっちが調べて証拠を集める。だがそれを辺境伯や公爵に知らせる伝手が俺にはない」
「解った。それなら私がする」
「助かる。…んで…駄目だな。こりゃ」
協力関係の確認と同時に、縄と格闘してくれていたアルギだけど、そんな言葉を結論として発した。
それにはガクリと崩れ落ちる。やっぱり力の抜ける人だな…。うん。試してくれてありがたいけれど。
「駄目そう?」
「細いし複雑だし固い。切る方が早いな」
「でも切れそうな物なんて…」
この部屋にはそんな物はない。ない物は欲しても仕方ない。
だから、不便だけどこのまま逃げる。
逃げる為には出口を確保しないといけない。この屋敷の間取りは分からないけれど、とりあえず階下へ向かえば扉はある。
最大の問題は、相手との遭遇。そもそもビレーヌ伯爵と傍に居る男。そして弟とその傍に居る男。この四人だけしか見ていないけれど、他にもいるかもしれない。
このままここにいれば、間違いなく人質に使われる。使われることは別にいい。けれど、私を前にして選択するランサを想うと、胸が痛い。
だから逃げる。何があっても。じっとしている方がいい事はあるけれど、今はそうじゃない。
そしてもう一つの問題。
「アルギ。そこから出られる方法は思いつく?」
「…何で?」
「何でって…。私はここを出るから。どうにか一緒に逃げられる方法を考えないと」
至って真面目に言ったのに、どうしてかアルギはぽかんとした顔をした。そんな顔をされると怪訝と見るしかない。
だけどアルギは、まるで妙なものを見るように私を見た。
「…いや。俺を置いてくとかあるだろ。なんで一緒前提なんだよ」
「置いて行けない。それに、協力しようって言ったでしょ?」
「協力はあくまで贋作に関してだ。逃げるなら逃げろよ。それでも繋ぎにはなれるだろ」
「ここまで来て一人で行ける程薄情じゃない」
「いや。行く奴は行く」
「私はしない」
…なんだかヘンな言い合いをしてる気がする。ちょっと頭が冷静になってきた。
と、アルギも同じなのか口を閉ざした。そしてどうしてかじっと私を見る。
「…アンタ。お人好しだろ」
「褒め言葉として受け取る」
「…あぁ。褒めてる」
なんだか、アルギは少し考えるような様子を見せた。その様子になんとなく声をかけられない。
何かをずっと考えていたアルギは、ゆっくりと私を見た。
「目の前で、困ってる奴がいたらどうする? 欲しい物を与えられなかったら」
「…代替品を考えると思う。出来るだけ欲しい物に近い物を」
「目の前で、死にそうな奴がいたらどうする?」
「…私に、医学知識はないよ。出来ない事だってある。それでもお医者を探すとか、応急処置とか。出来る事があればする」
アルギの質問の意図が分からない。だけどどこか真剣な問いに、私は偽りなく答える。
また何か考えて、やがて大きくため息を吐いた。なんだか力が抜けたような息で、少しアルギを窺う。
「どうしたの?」
「何でも。まぁいい」
何がいいのかは分からない。だけど妙にアルギは納得したような顔をしていた。
問うても答えてもらえないと思うから、それ以上は聞かない事にして。私は改めてアルギに本題を問う。
「それで。脱出方法だけど…」
「それならもうすぐ来る」
「…来る?」
何が? パチパチと疑問を浮かべて瞬いても、アルギは今にも寝てしまうんじゃないかと思う程のんびりしている。
だけどその目は少し、楽しそうな色もあるように見えて、私は首を傾げるしかない。
アルギの指がトン…と床を鳴らす。それはトン…トン…と数度続いた。それが何度目かになった時、トン…という音と共にバンッと扉が蹴破られた。
いきなりの事に一気に緊張が走る。
扉を蹴破って来たその人は、くすんだ灰色の髪を首の後ろで結び、同色の目を私達に向けた。
ビレーヌ伯爵の手下…? そう思っていると、アルギが鉄格子から手を出してひょいひょいとその人へ手を振った。
「サンス、こっちだ」
「暇そうで良かったです」
「あぁ暇だった。コイツが来るまではな」
そう言って私をちらりと見る。サンスと言う男性の目もちらりと私を見たけれど特段反応は見せず、歩いて来てそのまま腰の剣を抜くと、鉄格子越しにアルギの両手首の鎖を斬った。パキッと音がして斬れたら、続いて足の鎖も同じように斬る。
両手足が自由になったアルギは、すぐに靴を脱いだ。何で? いきなりの行動に私は言葉も出ない。
アルギは靴の中から針金のような物を取り出すと、それを鉄格子の鍵穴に入れてカチャカチャと動かし始めた。
「ちょっアルギ…」
「靴の中とか、こういうの入れとくと案外便利だぜ?」
「…こういう事よくあるの?」
「自衛手段の一種だ」
ニヤリとした笑みが私を見る。すぐに扉は開いてアルギが出てきた。悠々と、今まで捕まっていたとは思えない空気のまま伸びをした。
「さてと…」
一つ息を吐くと、アルギはサンスに「剣貸せ」と借りると私の手の縄を斬ってくれた。痛みが消えて腕が楽になる。
無意識に息を吐いて数度、手を開いて閉じた。少し痛みが残って皮膚が擦れて赤くなっている。だけどこれくらいなら問題ない。
「ありがとう」
「いや」
腕が自由になれば立ち上がるのも楽だ。だけど足の鎖はまだそのまま。
「アルギ。この鎖も斬ってもらえないかな?」
「…あぁそれな」
斬ってくれる…と思っていたらどうしてか、アルギはしばし動かず少し思案する様子を見せた。
どうしてそこで止まるの? 聞こうとしたらアルギの視線が別方向へ動く。私も釣られて見れば、扉から大柄な男性が入って来るところだった。
また新手かと思ったけれど、アルギがすぐに声をかける。
「ランフォル。状況は?」
「ビレーヌ伯爵と絵師は拘束。贋作の山と一緒に外に放り出しときました」
「ただ、証拠隠滅とばかりに屋敷に火を放ちました」
「先言えよ」
サンスとランフォル。二人はアルギの仲間みたい。任せていたっていう贋作を調べていた人達だろう。
そう思っていると、ランフォルの目が私を見て片眉を上げる。
「坊ちゃん。そいつは?」
「聞いて驚け。辺境伯の婚約者だそうだ」
「あぁ辺境…辺境伯の婚約者!?」
見事な驚きが返って来た。それにはアルギも面白そうに笑う。サンスも少し驚いてるように見えたけれど、私は少し居心地が悪い。
と思っていると、ひょいと体が浮いた。
「アルギ!?」
「ってわけで。アンタはちゃんと帰さなきゃなんねえから。しばらくそのまま」
「何で!?」
アルギは私を担いで、サンスに剣を返すと部屋を飛び出した。
最初こそ焦った私だけど、暴れてアルギの邪魔をするのは良くないと思い直してしばらくじっとすることにした。
火が回っていると言っていたわりに、三人は大して慌てた様子はなく脱出を始めた。




