105,『闘将』は揺れない
「アンタっ本当に面白いな!」
私が言うと、アルギはどうしてかお腹を抱えて笑い出した。それを見て思う。私、笑われる事が多い…。どうしてだろう。
アルギを見ていると、自分が今捕まっていることすら忘れてしまいそうになる。これは良くない。気が抜けてしまう。
「笑ってないでここを出る方法を考えないと。そっちに出口はないの?」
「ない」
笑いながら否定しないでほしい…。
私もアルギが入っている牢を見る。
人独りが入るには広さはあるけれど物は置かれていない。壁や床が木の板だけど道具もなく剥がす事はできなさそう。
試しに鉄格子を後ろ手に揺すってみるけれどビクともしない。駄目か…。
「アルギ。足の鎖、鉄格子に繋がってるの?」
「あぁ。おかげで動けない」
私の足首は鎖があるけれど、それが何かにくくり付けられていることはない。アルギの方が自由がない。
それを確認して、後ろ手に回された腕の縄が解けないか動かしてみる。皮膚が擦れて痛くなっただけだった。
こうなったら、やっぱり足をどうにかするしかない。だけど道具がない。何かにぶつけられればいいのに…。
「アルギ。ちょっと下がって」
「…は?」
アルギの正面から少し横にずれる。そんな私を見ていたアルギが、私が座ったまま足を振りかぶったのを見て驚愕の表情を見せた。
「ちょっ待て!」
言うと同時に、ガンッと大きな音が部屋に響いた。…同時に私は床を転がった。
痛い! 痛い! 思いっきり足までぶつけた鉄痛い! それに痛みがじわじわ沁みてきて響いてる。
「何やってんだアホか!」
呆れてるのか怒ってるのかって声が飛んでくるけれど、痛みを堪えるのに必死で応えられそうにない。
じわじわくる痛みがなかなか消えてくれない…。痛い。
ひぃひぃ痛みを堪えてると、ドタバタと足音が聞こえて私とアルギは顔を見合わせた。…お前のせいだろって言いたげな目は見てないことにする。
すぐにバタンッと扉が開けられた。そこから見えた人は私にも覚えがある。
入って来たビレーヌ伯爵はなぜか急いでいるような様子で息を乱していた。
ギロリと私を見て、そして後ろの男性を見る。確か夜会で傍に居た…ような気がする。
「いるではないか! どういう事だ!?」
「…まさか、奴らがこちらに揺さぶりを」
「まさか、バレているのか!?」
…これは、鉄輪を鉄格子にぶつけた音が原因ではないみたい。だけどどういう話?
窺っている私にビレーヌ伯爵はずかずかと歩み寄って来ると、立ったまま私を見下ろした。
「辺境伯はまさか気付いているのか!?」
「…何にでしょうか? 私を捕えた者といい、何のお話なのですか? もうここから出していただきたいのですが」
「煩い黙れ! こうなれば…! 大人しくしている事だ!」
そう言うとビレーヌ伯爵は男と共に鬼の形相で出て行った。そうなると急に部屋の中が静かになった気がする。
出て行ったビレーヌ伯爵をずっと見ていたアルギは、「ふーん…」と息を吐いた。
「何だ。アンタ双子でもいるのか?」
「いない」
「まるでアンタがここにいる事を確認しに来たみたいだな。よほどのそっくりさんでも見たか…」
誰それ。同じ顔の人なんて見た事ないけれど?
それに、私みたいに背の高い女性はそうそういない。衣裳店でも「背が高いですね」って言われるし…。おかげで仕立てるドレスも他に比べると裾は長いし肩幅もある。靴だって大きいし。
…いけない。思考が逸れた。
「アルギ。貴方に仲間はいないの? 一人の商隊ではないでしょう?」
「あぁいる。多分、今もこの屋敷でコソコソしてんじゃねえかな」
ねえかな、って…。知らないんだね。うん。捕まってるから仕方ないけど。
「基本、任せた、で任せてるから勝手に動いてるだろ。一々指示はしない」
「…そうなんだ」
他力本願なのか、信頼なのか。生憎と私には分からない。
アルギは私を見ると、こっち来いと言いたげに手招いた。今度はすぐにそれに応じて行く。
「その縄。取れねえか見てやるから、後ろ向け」
「あ、うん。ありがとう」
アルギは私とは違って手首に鉄輪と鎖はあるけれど腕の自由は利く。私達の自由と不便は逆だ。
しばらく私は、縄と格闘してくれるアルギに任せ、じっと待つことにした。
♦*♦*
俺とバールート、ダルク様は三人で走る。
先に行ったエレンが道筋を残してくれている。それを追いかければいい。優秀な部下で助かる。
セルケイ公爵の屋敷を出てずっと進んできた道は、次第に森の中、奥へ走る事になる。国境警備でもよくある慣れた道なので特に問題はない。困るのは空を覆わんばかりの枝と葉だ。月明かりだけが頼りなので、これ以上明かりがなくなるのは困る。火でも点ければバレてしまうから目だけが頼りだが、これもまた警備で慣れている。
「このまま行けばビレーヌ伯爵の領地です」
「うっわ」
思わずと言った様子でバールートが声を漏らした気持ちは分からなくもない。
だが、だといって足を止めるつもりはない。この先に一件の中心があるかもしれない。リーレイがいるかもしれない。進む理由あれど、引く理由などない。
領地を越えそれでも走る。
エレンが残してくれた道筋は尚も森の中へ続いている。
「人目につかない場所ってことは、やっぱ何かありますね」
バールートもだんだんと確信に近いものに迫っているという実感があるんだろう。その目が強く前を見据える。
そして走っていた中、ふと喧騒が聞こえた。急ぎそこへ向かった俺はその光景に頭が冷えた。
同時に、潜んでいたらしい男がダルク様に剣を向けるのを、即座に弾き、斬り捨てた。
「ありがとうございます」
「いえ」
眼前で起こっている戦闘。こちらの手勢は先行させていたヴァンとエレン。二人を足止めしているのは、恐らくビレーヌ伯爵の手の者。実力は問題ないが数がいる。
が、この戦闘にさして危機感は抱かない。なぜなら…
「邪魔だどけぇ!」
「おー。ヴァンさん張り切ってるー」
…ヴァンが圧倒している。これは俺が出ずともすぐ終わるな。
護衛の務めを果たせずリーレイを危険に晒した事態に、ヴァンはいたく己に御立腹らしい。普段の真逆どころか、見た事のない鬼の形相で戦っている。
そして、そんなヴァンに気を取られている相手の隙を突き、エレンが確実に倒していく。
「これはこれで良い連携かもしれない…」
「クンツェ辺境伯。状況はご理解しておいでで?」
「勿論です」
…なぜだろうな。今のダルク様の声音がヴィルドに似て聞こえたのだが。気のせいだとしよう。
戦闘はすぐに終わりエレンが俺達に気付いた。
「申し訳ありません、将軍。ここから逃げられてしまいました」
「ここで足止めという事は、間違いなく近くにいる。ダルク様。ここらにビレーヌ伯爵の別邸か何かは?」
「調べたところ、近くにあるのが分かっています」
「恐らくそこだ」
俺達はすぐさま駆け出した。だがその足はすぐに止まる事になる。
こちらへ一人の男が歩み出てきたのだ。その姿に足が止まり、俺は剣に手を添える。
男はニヤリとした笑みをこちらへ向けた。
「『闘将』の辺境伯だな」
「貴様は?」
「兄貴と領地を治めるトレッサだ」
ビレーヌ伯爵の弟か…。コイツも一味だとは分かったが、のんびり相手をしてやる暇はない。俺の後ろでヴァンがキレそうだ。
面倒なので話は早々に進めさせてもらうことにする。
「何用だ」
「取引しようぜ」
あぁ分かった。リーレイを交渉材料にしようというのだな。
分かりはしたがため息を吐くしかない。
それが俺に通用すると思っているのだろうが、全く通じない。なぜ辺境伯であり、国境を任される俺が国の為にならない事に加担せねばならないのか。
答えは決まっているので、情報を聞き出そうと言う方向に変更させる。
俺の後ろでは「はぁ?」と理性だけは利かせているが飛び出しかねないヴァンを、「まぁまぁ」とエレンが宥めている。
隣からダルク様の視線を感じ、俺は一つ頷いた。
「リーレイを解放する代わり、贋作作りを見逃せとでも?」
「話が早くて助かるな。分け前はやるぜ? あんたの大層大事な婚約者も無傷で返してやる」
「どこへ連れて行った」
「応じてくれれば教えてやる」
やめだ。こうなると尋問でもする方が早い。早々に吐いてくれればいいが時間がかかってはよろしくないな。
トレッサは俺が応じると思っているんだろう。…こういう手を使う者は今後増えそうだ。
社交の場で俺がリーレイを愛していると見せつければそれだけ、リーレイを使おうとする者も出て来るだろう。それが通じないとも知らず。
…リーレイは、そんな俺に愛想を尽かすだろうか。
いや…。しない気がする。だがどう思うだろうか…。これに関しては一度、リーレイにきちんと俺が伝えなければいけない。
コイツには、その機会を寄越した事だけは感謝しよう。
この後の事を考えてふと思う。
今後も。明日も。変わらずリーレイがいると考えつつ、俺は恐怖を見ないようにしているのかもしれない。リーレイが今どういう状況かも分からない。
助けるつもりだが。明日も同じ日があるとは限らないと、俺もリーレイも知っている。
息を吐いて、俺は一度思考を止めた。
どの道コイツらを捕らえることは変わらない。それが今の俺のすべき事なのだから。
「お前の取り引きは話にならん。俺は一切、応じるつもりなどない」
コイツの話は、そもそも天秤にかけるような内容ですらない。考えるまでもない。
だがトレッサはその手に持っていたある物を俺に見せつけて、癪に障る笑みを浮かべた。
「いいのかよ。あんたの女が無残な姿で戻って来ても」
「俺の答えは変わらない」
主張しない控えめな髪飾りが、奴の手にあろうと俺の答えは変わらない。
ただ。それが。リーレイの物が。奴の手にあると言うだけで虫唾が走った。




