104,令嬢は知っている
「行くぞ。兄貴が来る」
「あぁ」
二人は鉄格子の男性に舌打ちすると、そそくさと部屋を出て行った。
どうやら私はここへ放置するみたい。動きが制限されるのは辛いけれど、これはこれで良かった。
そう思いつつ、私は鉄格子の男性を見た。
出て行った二人を流し目に見やり、バタンッと扉が閉まって足音が遠ざかると、うーんっと大きく伸びをしている。その手首と足には、私と同じような鉄輪と鎖がされている。
この人も捕まっている…? まさかそんな人がもう一人いるなんて…。だけどそうなるとこの人もまさか贋作絡み?
そう考えつつ男性を見ていると目が合った。
「とりあえず、囚われ同士挨拶でもするか? 俺はアルギ」
「…私はリーレイ」
男性は若い。多分ランサと同じくらい。差し込む月明かりで黒い髪と精悍な容貌が分かる。どこか不敵で余裕を感じさせる空気。捕まっているのに一切の動揺も焦燥もない。
私がアルギを観察していると、アルギも私を観察している。その目が動いて私を見た。
「アンタ、辺境伯の婚約者だって? 良いドレスには似合わねえ装飾されたもんだ。しかもかなり勇ましい令嬢だな」
アルギは愉快な様子でクツクツ喉を震わせている。
私だってこんな装飾嫌だよ。せっかくメイドが整えてくれた髪も崩れそうだし、ランサが買ってくれたドレスも皺が付いちゃうし…。
よいせっと、なんとか身を起こす。体が上がれば立ち上がる事も出来る。
立ってもう一度自分を見る。背中に回った腕が痛い。だけど手首より先は動く。足も動き辛いけれど歩けない事は無い。
「貴方はどうして捕まってるの?」
「色々。アンタこそ、そんなドレスって事はパーティーかなんかの最中だったか?」
「そう」
アルギと少し話しながら、部屋の中を歩いてみる。だけどものすごく歩きづらい。歩幅がかつてない程狭い。一歩踏み出すとすぐに鎖が伸びてコケそうになる。
鎖を睨むけれど、睨んでも切れてくれない。
…こうなったら。
「で、そんなアンタは何でこんな…っておい。何やってんだ」
アルギが何か言ってるけど、今は応えられない。
私は窓へ向かって兎のように跳んで進んでいた。ぴょんぴょん跳んで進めば歩くより早い。踵の高い靴は跳ぶのに向かないから早々に脱いだ。
窓辺に着いてから私はアルギに振り向いた。
「歩くとコケそうだから。こっちの方が早いでしょう」
「…いやまぁ。そうだけど」
「まずはここがどこか。何か分かる事はないかと思って」
言いながら私は窓の外を見る。…空しく撃沈した。
見事に森だけで何もない。
夜会の途中でいなくなったらランサに心配をかける。リランやスイ様にも。何とかしてここを脱出して合流しないと…。
だけど場所の手がかりになるような目印もない。セルケイ公爵家の夜会の会場から、そんなに離れていないと思うんだけど…。
窓の外に月を探す。最後に見たのは夜会が始まる前。それに比べればかなり時間も経っている。
窓に身体をぶつけてみるけれど、割れそうにはない。それに上階だ。割れても脱出は難しい。
後は…。
考えながら、また兎跳びで、今度は扉へ向かう。アルギはもう何も言ってこなかった。
ドアノブを後ろ手で捻ってみる。だけど当然外から鍵がかかっている。脱出は難しいかな。
ノブを壊せる物でもないかなと思って部屋中を見て回るけれど、生憎都合良くそんな物はない。
「あっ…」
無意識に足を動かして何度も鎖を引いてコケる。手を床につけない分コケると痛い。
何度かそうなっていると、さすがに声が飛んで来た。
「あんまり動くと疲れる上、足痛めるぞ」
呆れているのか、心配してくれているのか。生憎と分からない。
だけど確かに、鉄輪で擦れて足首が痛い。しかたなく座り込んで疲労回復に努める。
「…アンタ、面白い女だな」
「…どういう意味?」
「そのまま。褒めてるつもりだが?」
「それはどうも」
…なんだろう。アルギを見てるとこっちまで素になってしまう。
あれかな。ヴァンに似てるのかな? こっちまで力が抜けるような。それなら分かるかもしれない。
「さっき、色々って言ってたけど、こんな何もなさそうな所に用事だったの?」
「辺境伯の婚約者が何で捕まった?」
質問に質問が返って来て、私はアルギを見た。アルギもまた私を見ていた。
鉄格子の向こうなのに、やっぱり不敵に。落ち着き払って悠々として。
少し互いを見合っていると、動いたのはアルギが先だった。足の裏を合わせて膝に肘をつくと私を手招く。
…それにはさすがに警戒する。躊躇う私にも「いいから」とアルギは手招くのを止めない。
アルギがあの男達の味方でないのは分かっているけれど、アルギの事は分からない。だからさすがに、鉄格子があるとはいえ手が届く距離は詰めない。
敵意は感じない。けれど警戒はする。
だから私は兎跳びで近づいて、手を伸ばしても届かない距離を保って正面に座った。
それを見てアルギは口角を上げる。
「いい用心だ」
不快どころか褒められた。それだけを呟いたアルギは、少しだけその目に真剣な色を見せた。
そんな目が、どこかで見たことがあるような気がして不思議だった。
「さっきの奴らが何してるか、アンタは知ってるか?」
「…そっちは?」
「贋作作り」
アルギはあまりにもあっさりと答えた。その即答には私が一瞬言葉に詰まる。
じっと私を見ていた目は、「知ってたな」って不敵に笑う。…それには私も自然と警戒した。一体どういう人なんだろう。
「場所から言ってビレーヌ伯爵の仕業か。さっきの兄らしいな」
「ちょっと待て。推測で言ってるの?」
「確信に近い推測」
…スラスラ出て来る言葉には頭を抱えたくなる。推測と言いながらその顔は分かっていると言いたげで。
一体この人なんなの…。そう思ってアルギを見てもやっぱり変わらない空気のまま。
「どうしてそこまで言えるの?」
「俺は商人でな。うちの商品にその贋作が混じってたんだよ。碌でもないもの掴まされたんだ。逆に調べてやった。そしたらこうなったってわけだ」
最後には自分の手、拘束された手首と鎖を見せてくれた。
とりあえずアルギ側の経緯は分かった。だけど商人にしては落ち着いてるし。どうしても首を捻ってしまう。
だけど今、重要なのはそこじゃない。
私を見ていたアルギもスッと口角を上げた。
「どうする? 手を組むなら協力する」
捕まっているのは互いに同じ。ここから脱出したいのも同じ。贋作の証拠を集めたいのも同じ。
つまり、利害は一致してる。
アルギは、私が同じ情報を集めているという確証すら持ってる。だけどどうして…。
「…私は何も知らない。っていう可能性は?」
「ない。俺が喋ってもアンタ冷静だろ。辺境伯を奴らが動かそうとしてる時点で、辺境伯は知っていると見ていい。それなら婚約者のアンタも知っていておかしくない」
「ランサが知らなければ?」
「アンタが知ってる」
もしかして試してた…? 思わずアルギをじっと見るけれど、その目から思考は読み取れそうにはない。
アルギの言う通り。ランサは事態を知っている。
それに、仮に知らなかったとしてもビレーヌ伯爵側がランサを動かそうとしているなら、どのみち事がバレるのは時間の問題。
奴らはランサが応じると思っているんだろう。私を交渉材料にすれば。…スムーズに納得させるために私を捕まえたのかな。
だとしたら、ここはビレーヌ伯爵所有の屋敷だろう。贋作作りの証拠を得られるかもしれない。
不安要素はアルギだけれど、ビレーヌ伯爵の所業を探るなら油断できないけれど、味方だと考えてもいい。
アルギはすらすらと言葉を並べるけれど、そこに何を含んでいるのか…。
だけど今、私には手がないのも事実。
「分かった。協力する」
「利口だな」
…これも褒められていると思っていいのかな。
まぁいいかと思い直して、私はぴょんっとアルギに近づいた。秘密話は小声でしないと。
「で。そっちはどこまで掴んでる?」
「確証に近いものまでは…。これはランサとセルケイ公爵が動いてる。絵が欲しいって話をして、贋作作りの現場を押さえようって考えがある。夜会でその為に動いたはずだから、多分もう動いてる」
「成程。ここへ来る可能性が高いな。ここは隣の領地と近いしな」
という事は、ここは領地境にある森の中かな。それなら時間はかからないかもしれない。
私はそれまでに出来るだけ証拠になるだろう物を見つけられればいいけれど…。
「贋作がカランサ国にも流れてるかもしれないのは、知ってる…?」
「あぁ。…まぁだとしても、こっちが元を潰せばカランサ国もとやかくは言わないだろう。贋作なんてモンはどこにでも溢れてる。あぁ…だから辺境伯が動いてるのか」
ランサは、これが国内だけで済んでいたら積極的には動かなかったかもしれない。ドゥル様やエデ様の頼みがあったとしても、国境警備に務めつつ行ったかもしれない。
だけど今回は、国境を越えているとランサは知っている。それを無視するような事をランサはしない。
「で。一応聞いていいか?」
「何?」
「ビレーヌ伯爵がアンタを交渉材料にした場合、辺境伯はどうすると思う?」
「? どうもしないと思うけど?」
目の前のアルギがなんだか…パチリと瞬いて眉を歪め、妙なモノを見るように私を見る。…何でそんな顔をするのかな。
私の顔まで怪訝になるのが分かる。
「いやアンタ。さらっと、自分は切り捨てられますけど? って、本当に婚約者か?」
「本当です」
その疑わしいような目やめてくれないかな? さっきまでそれで話してたよね? 妙な疑惑を向けないでほしい。
歪むアルギの顔を見て、私はそう言った理由を説明する事にした。
「ランサは、国境を守る役目に強い誇りと信念を持ってる。陛下や殿下に誓う忠は決して揺るがない。国境での問題を決して見逃さないし許さない。私が天秤に載っても、私を選んで、信頼も忠も国も捨てるなんて、絶対にしない人だから」
確かにビレーヌ伯爵は国境を渡るためにランサを丸め込みたいだろう。それができれば今以上に利益が出るし、こっそり動く必要もなくなる。
だけどそれは絶対に出来ない。ランサは決して首を縦に振らないから。
他領であっても、国境警備隊が気付けばそれはランサの元へも報告される可能性が高い。それをランサが無視するわけがない。
普段は自領で動いていても、何かあればそのトップに立つのが『将軍』だから。
ランサが役目に対して抱く想い。誇り。私は彼のそういうところを尊敬する。だから力になりたいと思う。
そんなランサがいて。普段見せてくれる優しいところも。困らせてくるところも。笑ってくれる顔も。
全部、大好きだから――
もしもランサが、私を選んでしまったら。それはつまり、全てを放り投げるに等しい。
立場も。役目も。誇りも。信念も。信頼も。忠も。
「ランサは私を大事にしてくれてるよ。それは私と役目を天秤にかけないようにするって意思でもあると思ってる。それは逆を言えば、そうなった時にランサが選ぶものはもう決まってるって事だから。それにランサは、私を最初から捨てたりはしない」
ランサの覚悟は。パッと出てきた婚約者に靡くものじゃない。そんなに簡単じゃない。
だから私は。私とランサの為に。駆けて。動いて。どうにかする。




