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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
招待と調査編

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103/258

103,こんな所にもう一人

 ♦*♦*




 そそくさとビレーヌ伯爵とトルクが部屋を出て行った。

 その顔に動揺を浮かべていたのを俺は見逃さない。そして俺はすぐ、ヴァンと、二人が去った扉から姿を見せたエレンに目を向ける。二人はしかと頷き部屋を出て行った。


 動揺を与えられた二人は、恐らくリーレイを確かめに行く。それをつければリーレイは奪還できる。

 同時に、贋作製造場所にも向かう可能性がある。そちらも追えば証拠が得られる。


 俺も間を置かず出るつもりだが、その前に隣に座る女性に目を向けた。


「スイ夫人。ありがとう」


「いいえ。当然の事をしただけです。それに…面白い光景を目の前で見えて少しすっきりとしました」


 その言葉には苦笑う。さすがティウィル公爵の娘だ。


 エレン達と入れ替わり入室したバールートもスイ夫人を見て驚いている。その出来栄えにはセルケイ公爵もダルク様も驚いている様子だったが、ビレーヌ伯爵に勘づかれないよう抑えていたのは流石だな。


「ですが…まさかここまで似せるとは思いませんでした」


 ダルク様の言葉は、スイ夫人に、そしてこの案を言い出したリラン嬢に向いている。

 リラン嬢は席を立ってスイ夫人の傍にやって来た。その表情には安堵の笑みが浮かんでいる。


「私、元々髪色やはっきりとした瞳がお二人は似ていると昔から思っていたのです。私の髪ではお姉様にはなれませんから」


「だけどね、声は駄目よ。最低限しか喋れないわ」


「いや。向こうも動転していたから、恐らく声にまで意識は向いていない。元々、リーレイもさして社交の場でお喋りではないからな」


 スイ夫人がリーレイになりきる作戦。これには協力者が不可欠だった。

 まずは、セルケイ公爵家にある衣裳からリーレイのそれと似ているものを探してくれるメイド達。そしてスイ夫人をリーレイに似せる化粧ができる腕前の持ち主。セルケイ公爵家のメイド達、およびスイ夫人の侍女が今回の一番の功労者だろう。

 俺達が策を受け入れてすぐ、スイ夫人とリラン嬢はメイド達を動かしていた。スイ夫人がてきぱきと指示を出したおかげで、思った以上に時間も短く済んだ。


 スイ夫人は息を吐きながら、声以外の苦労も漏らした。


「それに靴。もうっ。リーレイ背が高いんだもの。踵というより…底が高いの」


 その苦労に言葉が出ない。

 確かにリーレイは背が高い。他に同じくらいの背の女性は俺もあまり見ない。かといって騎士のような大柄という事はない。すらりと伸びた背がまた凛として美しいのだと俺は思う。


「仕方ないとはいえ、すまない事をさせたな。俺の婚約者の振りとは…御夫君に知られては申し訳ない」


「あら。そうでもありません。こういう時私がどうするか解っているでしょうから。笑うだけです」


 そうなのか。奥方がそう言うならそうなのだろう。御夫君が今回同席されていれば頼むしかなかったのだが…。


 どちらにせよ。上手く動揺は誘えた。

 後は俺達の仕事だ。俺はすぐに席を立ち、礼装の上着を脱いだ。バールートが寄越した隊服に袖を通し、ベルトに剣を差す。


「クンツェ辺境伯。私も行きます」


「危険です」


「でしょうが、リーレイ様の件に関しては我が家にも落ち度があります。それに、この辺りの地理には詳しいので」


 申し出てくれたダルク様を見て、俺はセルケイ公爵を見る。彼もまた同じ目をして頷いた。


「分かりました。危険と分かればすぐに逃げて下さい」


「分かりました」


「お義兄様」


 頷いてくれたダルク様に続いて、リラン嬢が俺を見る。

 不安に揺れる目は、色は違えどリーレイと似ている。リラン嬢にこんな顔をさせたと知ればリーレイが困った顔をするだろうな。

 …そんな顔を想像して、少しだけ心が安らいだ。


「リラン嬢。ここで待っていてくれ。リーレイは必ず連れて帰る」


「…はい。お気をつけて」


「クンツェ辺境伯様。しかと、お願いいたします」


 リラン嬢とスイ夫人の言葉に頷き、俺はバールートとダルク様と共に部屋を出た。


 リーレイ。すぐに行く――






 ♦*♦*




 誰かの声が聞こえた気がした。そんな気がするとつらつらと意識が浮上する。

 滅多にない、目覚めの悪い朝のような重たい頭がぼんやりと動く。


「おいおい大丈夫かよ」


「ハッ! コイツを使えば辺境伯をどうとでも出来る。大層夢中な婚約者だからな」


 声が聞こえる。誰だろう…。ヴァン…ではないかな。ランサでもない。

 考えていると、頬にふわふわする感触があるのが分かってきた。


「夢中ねえ…。そんなに良いのか?」


 ぼんやりとする頭をなんとか起こそうとしていた矢先、ツーっと肌に触れる人肌の感触に一気に頭が覚醒して、同時に反射的に体が動いた。

 思いっ切り足を振り上げる…実際には私は絨毯の上に転がされていたけれど、それでも振り上げた足には確かに手応えがあった。


「ってえな!」


 覚醒した頭と目を動かして周りを見る。

 傍には男が二人。一人は私の蹴りを喰らって脇腹を押さえている。もう一人は側で動いていて顔を見れない。


 すぐに起き上がろうとしたけれど違和感を感じて目を動かした。両腕が背中に回され、加えて手首が縛られている。その所為で上体が起こせない。

 それでも藻掻いていると、ダンッと思い切り背中を押さえつけられた。


「っ……」


「動くな」


 また、頬が絨毯に触れる。だけど今度は背中を押さえる男を睨み上げた。

 知らない男…。いや。公爵邸で私に声をかけた男だ。あの時とは随分と雰囲気が違う。


 向けて来る視線も冷ややかなものだ。それでも睨み返すと鼻で笑う。


「…貴方は誰。どうやって公爵家の夜会に入り込んだの」


「招待を受けたのさ。ま、受けたのは兄貴だけどな」


 兄…? もしかして、ビレーヌ伯爵? でなければこんな事になる理由が思いつかない。

 男は私の背を押さえつけたまま一切力を緩めない。…痛い。呼吸がしづらい。


「どうしてこんな事を…」


「さぁな。心当たりがあるんじゃないのか?」


「全くないのだけど?」


「へぇ…」


 もしもコイツがビレーヌ伯爵側の者なら、私も知らないを通さなければ。ランサやセルケイ公爵の動きの妨げになる。


「知らなくていいさ。アンタじゃなく、辺境伯に用があるんだからな」


「…私を使えばランサ様に用件が通るとでも? 通るわけない」


「ハハッ。何だそりゃ。あんた大層気に入られてるらしいが、噂か…上っ面だけってことか。可哀想に」


 …腹が立つ。だけど今は堪える。ランサはそんな人じゃないと私は知っているから。


 誇り高く。優しく。思いやりがあり。沢山のものを大切にしているランサ。

 同時に、失うことを恐れる、弱さも脆さも持っている人。


「なら、俺が代わりに大事に可愛がってやろうか?」


「結構よ。蹴り返して差し上げましょうか?」


 言葉だけで不快が全身に走る。嫌悪感たっぷりに睨んで言ってやれば、その表情が途端にスンッと静まった。


「足癖の悪い女なんざ、可愛げがなさそうだ。辺境伯も変わり者だな」


「理解ある人なのよ」


 男はハッと嘲笑すると、脇腹を押さえていたもう一人に合図をするかのように顎をしゃくった。その合図で動いた男は、私の足元側に移動する。

 咄嗟に足をじたばたと動かしたけど、今度はその足を掴まれ、背中の男の力が強まる。…痛い。


 カチャカチャと音がしたと思えば、それはすぐに消えた。だけど違和感がある。


「…何のつもり」


「足癖の悪い奴には躾が必要だろ?」


 両足首に鉄輪。しかも鉄輪同士が鎖で繋がれ足の自由が利かない。


 背中にいた男がやっと退いて、私は横にされたまま男達を睨んだ。

 動きが制限された。腕も足も。これじゃ逃げるのは難しい。口を塞がれていないのはマシだけど、喋り続けるとそのうち塞がれそう。


 私を見下ろす男達は口角を上げる。キッと奥歯を噛むしかない。


「趣味の悪い躾だなあ、おい」


 どこからか、場に似合わない声が聞こえた。


 思わずその主を探す。二人の男が視線を向ける先は私の背中側。私もなんとか視線を向けると、そこには一人の男性がいた。

 だけど奇妙な事に、部屋の壁が鉄格子になっていて、その向こうに男性がいる。


 まるで、自宅で寛いでいるみたいに、頭の後ろで手を組んで優雅に座って…いや。閉じ込められている。


 一瞬唖然としてしまう光景は、男の様子が場に似合わなくて緊迫すら打ち消す。

 そんな私の感想とは逆に、二人の男が不機嫌さを出した。


「余裕そうだなあ、てめえは。ちっとはマシな態度もとれねぇのか?」


「喚いて欲しいってか? 望むならやってやるぜ。大声には自信がある」


「チッ!」


 不敵な笑みは余計に怒りを買っている。だけど鉄格子の向こうの主は空気を変えない。

 そんな姿と目が合うと、その男性はフッと微かに吐息を漏らして、笑った。






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