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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
招待と調査編

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101/258

101,令嬢の失踪

 今のところ大きな変化はなく夜会は進む。

 ランサはダルク様と数人の貴族男性と一緒で、何か話をしているみたい。私はそれをリランとスイ様と離れた所で待っていた。


「リラン。疲れてない?」


「はい。大丈夫です」


「リーレイも少し疲れていない? まだあまり慣れていないでしょ。少し外の空気でも吸って来てはどうかしら?」


「いえ…。それは…」


 ちらりとランサを見る。まだ動いてない。ビレーヌ伯爵も同じ。


「リーレイ。何を考えているのか知らないけれど、あまり無理は駄目よ?」


「…はい」


 もっともなお言葉だ。今回は気を張り続けていて、少し疲れているかもしれない。


 リランとスイ様はじっと私を見ている。そんな風にさせて少し申し訳ない。「しない」って言ってもきっと心配させる。


「…分かりました。リラン。もしランサが私を探していたら…応接間の傍の中庭だって言っておいてもらえるかな?」


「はい。分かりました」


 ホールを出て歩けば中庭に出る。ホールを出て客同士や主催者と個人的な話をする場合、その中庭を通って応接間や個室に移ることになる。

 それはホールへ来るまでに確認した。間違いない。

 だから、中庭に居ればビレーヌ伯爵とセルケイ公爵が出てきてもすぐに分かる。


 ランサは何か話を続けている。リランに伝言を頼んで、私はそっと会場を出た。


「……ふぅ」


 会場は人の喧騒に溢れているのに、一歩出れば静かになる。

 それだけでも少しホッとした気持ちになりながら、ゆっくりと歩く。


 少し気分転換をしたらすぐに戻ろう。ランサへの伝言は頼んであるけれど迷惑はかけたくない。ランサもダルク様も平然としているのに、私は情けない…。


 ぺしりと頬を叩いて気持ちを切り替える。伸びる廊下にも花が生けられていたり。絵が飾られていたり。…さすが公爵家。

 時折立ち止まりながらも、私はそっとドレスの裾を持ち上げた。


 踵が少し赤くなっていた。慣れない靴はこうなってしまうから気が進まない。

 普段は踵が低い靴や長靴を履くから、こうなることはない。歩きづらい…。


「大丈夫ですか?」


 ふと誰かに声をかけられて慌てて裾を戻した。


 廊下の向こうから男性が一人心配そうに来てくれた。夜会に参加していたのかな。品の良い服装だ。

 だけど生憎と、そのお顔を見ても名前が出て来ない。


「どこか体調でも悪いのですか? 客間を借りますか?」


「いえ。大丈夫です。ご心配くださり、ありがとうございます」


 きちんと立って礼をすると男性はホッとしたような顔をされた。…知らぬ人を心配させてしまうとは情けない。

 男性は「なら良かった」とホッとした顔を見せた。だけど申し訳ない。お名前が出て来ない。急いで記憶の棚を探す。見つからない。


 私は不自然にならないように、話を別の方向へ向けることにした。


「絵を見ていたのです。見る機会はそうない物ですので」


「あぁ成程。確かにこの絵も素晴らしいものですね。ジャクナル作ですか…ジャクナルはどの作品も高い評価を得ている作家ですから」


「…絵に御詳しいのですか?」


「いえいえ。ティウィル公爵家の方程では…。やはり屋敷には素晴らしい作品も多いのでは?」


「そうですね…」


 何度か出入りしている領地の屋敷にも確かに、私には価値も分からないけれど凄そうな作品がいっぱいあった。…うん。今もあまり分からないけれど。

 それに、ティウィル公爵家の者だとバレてる。注目を集めてしまったから当然か…。相手が分からないのは私だけだ。非常に申し訳ない。


 この方は私が屋敷暮らしだと思っているのだろう。平民暮らしは実を言うと知っている人は少ない。

 誰もが、ティウィル公爵とあれだけ仲が良く大切にされているのなら屋敷で暮らしているのだろう、と思い込んでいるから。以前の叔父様も「屋敷を離れている」としか言っていないし、多分使用人もいるような暮らしだと思われている。


 平民暮らしを隠しているわけではないし、知られても問題はない。

 それは叔父様も同じ事を言っていた。「これから変えられる」と。それはつまり、私やリランの努力次第ということ。私はランサや屋敷の皆にも教えてもらっているし、リランもラグン様や父様、おば様に教わっている。だから私達次第。

 叔父様は優しい方だけれど、こうして貴族社会に足を踏み入れる事になって、厳しい方でもあるのだと分かってきた。だけどそれは私達の為であるから、ありがたい。



「お好きな絵はありますか?」


「そうですね…。私は草原や草花の絵が好きです」


「いいですね。雄大で素朴で。クンツェ辺境伯も絵は御覧になるのでしょうか?」


 そう聞かれて少し考える。

 ランサは常に国境警備や国の事を考えていて、ゆっくり絵を見る時間はないかもしれない。休日にそんな姿を見た事もない。だけど絵を見る目は養っている。


「あまり…。ですが最近は、絵に興味を持たれているようです」


「そうなのですか。それは嬉しいですね」


 男性も絵が好きなのかな。そう言う声音は嬉しそうだ。


 思わず話し込んでしまったけれど、すぐにハッとして私は男性に礼をした。


「では私は、会場に戻らなければなりませんので。これで失礼いたします。良い夜を」


「はい。では」


 私は男性の脇を通り、会場へ戻ろうとして――そこで意識が途切れた。






 ♦*♦*




 会場の華やかさは夜会の始まりから一切変わりません。皆様楽しそうに言葉を交わし、ダンスを踊り、よい夜を過ごしておられます。

 ですが私は、その光景とは別のものばかりを探しています。


「スイ様。お姉様はまだお戻りではありませんか?」


「そういえば…まだ見えないわね。外かしら?」


 お姉様が会場を出てしばらく。お義兄様は何やらセルケイ公爵とお話されています。そこにはダルク様もいらして、何やら大切なお話のようです。

 お姉様は出て行く時もお義兄様の事を気にしていました。一言告げていないからかもしれませんが、会場にいたお姉様はずっと何か考えているご様子でしたから、何か別の事でお義兄様を見ていたのかもしれません。


 そんなお姉様の様子にはスイ様も気付いていらっしゃいました。だから気分転換を勧めたのです。

 私達が勧めれば、お姉様は心配をかけて悪いなと言うお顔をされて、私達を安心させようと頷かれる事が多いですから。


 ですが、それにしてはお戻りが少し遅い気がします。

 私は堪らずお義兄様の元へ向かいました。すぐにスイ様も来てくださいます。


「お義兄様」


「リラン嬢。どうした」


 お話の最中にも関わらず、お義兄様はすぐに私に視線を向けて下さいました。しかしその視線は何かを確認するように動き、すぐに私に戻ります。

 僅かお義兄様の目が鋭くなったように見えました。私はそれを見て、妙な不安を感じました。


「お姉様が戻られないのです。外の空気に触れると、中庭に向かわれて…」


「クンツェ辺境伯…!」


 お義兄様は私の言葉を皆まで聞くことなく、すぐに足早に扉へ向かうと会場を出て行かれました。速いその行動に、私も遅れて追いかけます。

 スイ様、それにダルク様も会場を出てお義兄様を追いかけます。


 ドレスの裾を持ち上げ急いで向かえばすぐに中庭に着きました。ですが、そこにはお義兄様ただ一人。お姉様の姿は影もありません。思わず周りを見てもやはり姿は見えない。


「クンツェ辺境伯」


 ダルク様が呼びかければ、お義兄様はゆっくりと振り返りました。

 その瞳は見た事ない程に鋭く、険しい表情をされて。


 そして、徐に指を二本咥えると、ピュッと鋭い音を数度鳴らします。高い音はまるで鳥の鳴き声。

 ですが、その音が吹かれて数呼吸分の間を開け、バッと三人の人影が飛び込んできました。


 辺境伯直属隊騎士、バールートさんとエレンさん。それにお姉様の護衛であるヴァンです。

 ヴァンは私達を見て、いつになく険しい顔をしました。


「リーレイが消えた。バールート、エレン。すぐに周囲の痕跡を探れ。三十分以内だ」


「「はっ!」」


 堂々と指示を出すお姿に、胸が震え鳥肌が立ちました。


 私がこれまで見ていたお義兄様は、お姉様のお隣で、とても優しい目をしてお姉様を見つめその名を紡ぐ。そういうお姿でした。だからこそお姉様への想いを確かと感じることができました。

 ですが今、目の前にいるのは、軍を率いる『将軍』なのだと嫌でも痛感します。これが…貴族としての辺境伯であり。『国境の番人』である姿。


 時間に厳しさすら感じる命令にも、お二人は一切迷いなくすぐに駆け出しました。さすがお義兄様の騎士です。

 そう思う私の傍にはヴァンが来ます。


「リラン様は無事ですね。頼みますから一人になんないでくださいよ」


「はい」


「ヴァン。貴方もリーレイを…」


「お嬢が仮に一人で勝手に動いた場合、一応なんかの目印は残してくれる…と思います。バールートさん達でも見つけられるでしょう。仮に誰かに連れて行かれたとしたら…多分闇雲に捜すより、情報を待った方が賢いです」


「あら。意外とちゃんと頭は動いてるのね」


「どういう意味です? 俺だって考えますけど?」


 …ヴァン。表情がいつものものに戻ってしまいました。

 ですが、やれやれとため息を吐く目を見ていると、とても心配しているのが分かります。


 そんなヴァンをスイ様もお義兄様もじっと見つめていました。スイ様は少し考えるような目を見せて、ダルク様を見ました。


「ダルク様。警備を抜ける隙はありますか?」


「万全は期しています。鼠一匹…とは断言はできないやもしれませんが」


「外野からの侵入者でないなら…」


 言い切らない言葉ですが、私にも分かりました。

 スイ様もダルク様もその視線は真剣です。通常警備に加え、辺境騎士が二人いた。勿論全てを見ていたわけではないのでしょうが、それでもお姉様がいなくなった。


「ですが、なぜお姉様が…」


「クンツェ辺境伯」


「えぇ。怪しまれず中に入れた協力者…」


 ぼそりとこぼしたお義兄様の言葉が微かに耳に届きました。

 それは…どういう意味でしょう? まるで内部に手引きした者がいるような。


 思わずぎゅっと手を握り合わせました。

 お姉様はこの夜会ではずっと何かを考えているようでした。何かを見て、その目はいつになく真剣で。


 お姉様は何か、言えない事をなさっていたのでしょうか…。


「ダルク様。クンツェ辺境伯様。お二人は何かご存知なのかしら?」


 スイ様の声もお二人に鋭く向けられます。ですがお二人は応えません。

 ちらりと一瞥を向けても、お義兄様はすぐに思考に戻られます。


 そのお姿を見て、私は心を決めました。お義兄様に近づき、そのお顔を見つめます。


「お義兄様。私はリーレイの妹です」


「…知っている」


「では、お話し下さいますよね? 私を除けるおつもりでしたらきっぱりとお断りいたします。ヴァンを連れてでも、この足でお姉様を捜します」


 お姉様もきっとそうなさるでしょう。「行くよヴァン」とヴァンを連れて、必死になって私を捜してくれるでしょう。

 お姉様はずっとそう。子供の頃から何かあればまず動く。自分の足で動いて、何ができるか模索する。そういう御方です。何も気付かないような居るだけには絶対にならない。


 だから私も、待つだけの身にはなりません。お姉様の手を掴んでいるだけの妹にはなりません。

 お姉様はもう充分、私を引いて、守ってくれたのですから。子供の頃の私の記憶には常にお姉様がいてくれました。


 だから私は、もう守られる妹にはなりません。手を繋げる妹になります。

 でなければ、ずっとお姉様に心配をかけるだけ。お姉様の幸せを妨げる存在にはなりたくありません。


 お姉様を見て育ったのです。私とて、動き回ってみようという心くらい持っているのですよ?

 ラグン様とて仰っています。「三人揃って手がかかる」と。


 ニコリと笑みをお義兄様に向ければ、どうしてか面食らったように瞬かれます。あら。そんなお顔もなされるのですね。


「…あのー、ランサ様。リラン様は下手するとお嬢以上に言い出したら聞かないんで。諦めて下さい」


「…本当に、見かけによらない家族だな」


 お義兄様は何かぼそりと紡がれましたが、何を仰ったのでしょう?

 ヴァンもスイ様も、なぜ後ろでクスクスと笑っていらっしゃるのでしょうか。


 お義兄様は髪を掻き上げ天を仰ぎながら大きく息を吐くと、ちらりと私を見ました。


「…ここでリラン嬢に何かあれば、俺がリーレイに嫌われてしまう。分かった。事情を説明しよう」


「はい」


「ダルク様。よろしいですか?」


「…そうですね。いて下さるだけでも十分ですが」


 ダルク様にも御納得いただけたようです。お義兄様にもすぐに認めていただけましたから、すぐに事情をお聞きしましょう。

 どこかに場を移そうと身を翻す私に、スイ様がニコリと笑みをくださいました。


「ねぇリラン。どこのどいつかってその人に贈り物でもどうかしら? 新しい土地での生活って良いと思うの。ただ更地が広がるだけの素敵な場所とか。木が一本だけ生えた海に囲まれた離島とか。素敵ではないかしら?」


「そこがその方にとって素敵な場所になるといいですね」


「…さすが。二人ともティウィル公爵家の方だな」


「ジークン様がいないだけマシ、と思って下さい」


「…そうですね。あの方がいれば…いえ。やめておきましょう」


 後ろの男性方が何やらお話されていらっしゃいましたが、笑みを向けると「すぐに説明しよう」と客間に移ることを提案くださいました。

 お言葉に甘えることにしましょう。






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