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駆ける令嬢と辺境の闘将~貴方の事を知るためにここへ来ました~  作者: 秋月
婚約騒動編

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10/258

10,ちょっと遊び…いえ、鍛錬です

「……お嬢。なんなら体動かす事でもします?」


「例えば?」


「そうですね……。鬼ごっことか」


 鬼ごっこ? ここで?

 そう思ったのはバールートさんも同じみたいでヴァンを見る。でも、ヴァンはなんでかフッと微かに笑みを浮かべていて、私を見つめている。


 昔、子供の頃もよく、ヴァンは私に突然遊びを提案してきた。

 何でって聞くと、気だるそうに返してくる。


「動いてないと、考えが凝り固まるでしょ」


 昔からヴァンは変わらない。

 それにはいつも、私まで力を抜かされる。どうしてこうもヴァンは変わらないのかな…。


「ヴァン…砦でそんな遊びは…」


「いいと思いますよ?」


 いいんですか?

 止めようとした私に対してバールートさんはさらりとしたまま。


 思わず私とヴァンの視線が向いたけど、バールートさんはニッと笑みを浮かべる。


「遊びって一種の鍛錬ですし。ランサ様も止めないと思います。あ、でも地下は無しでお願いします」


「おー成程。そういう考え」


「持久力鍛えるのに意外といいんですよね」


「確かに」


 …なんだかヴァンとバールートさんが意気投合してる。

 それはいいけど…。いいのかな? 鬼ごっこなんてやって。


「やりますか」


「やりましょう!」


 えーっと、二人がやる気になってしまった。

 そんな姿に困ってしまう。これは私じゃ止められないかな…。


「んじゃ、鬼は俺とバールートさんでやるんで。はいお嬢逃げる」


「えぇ…もうっ。仕方ないなぁ」


 行け行けってヴァンに背中を押されて仕方なく走り出す。

 頬を撫でる風が少し気持ちよくて、心が軽くなる気がした。


 私が走り出すと、ヴァンとバールートさんの会話も聞こえなくなった。


「ヴァンさん。いきなり何でです?」


「んー…あぁ見えてあの人、考えすぎっていうか…。弱いんだよな。一人で考え込むし。それ晴らすには動くのが一番だから」


「ふーん…」






 砦の中を進む。数を数え終われば二人は私を探しに来るだろう。

 走って。走って。体を動かす。動く行く先は意識しない。


 ただ、昔からヴァンは私を見つけるのが早いから、少しでも見つからないようにと、足音を忍ばせる癖がついた。

 とことこと歩いて、開いてあった扉へスッと入り込む。


 資料室だ。

 部屋中にある棚に収まる本や資料。この砦や国境での案件もきっと保存されているんだろうな…。

 そんな棚の合間を足音を殺して進んでいた時、ふと話し声が聞こえた。


「……て…通りに辺境伯をおびき出したな」


「?」


 聞こえた単語に思わず動きを止める。

 気付かれないよう慎重に話し声がする方へ進んで、棚の陰から聞き耳を立てる。


「陛下の信頼が厚いだかなんだか知らねぇが、調子に乗りやがって…!」


「それも今日までだ。野盗が囮だなんて思わないだろう」


「本命は別だ。じきに町へ別の野盗がなだれ込む」


 ……ちょっと待って。どういう事?

 驚きすぎて理解が追いつかない。別に侵入して来る野盗がいるってこと?


 関所以外にも国境を越える道はある。国中が塀で囲まれてるわけじゃないんだから、森を抜けたりすれば不可能じゃない。

 だけど、当然国境を警備する騎士達の監視の目が光っている。侵入しても捕まるのが当然の流れ。


 そんな事簡単にいくはずない。そう思うけど、‟もしも“を考えれば容易に判断できない。

 どうすれば…。


 そんな事を考えて無意識に動いた体が、ガタンと棚に当たった。


「誰だ!?」


 しまった。恨めし気に棚を見てしまうけど、棚に罪はない。

 そんな合間に、私の前へダダッと三人組が姿を見せた。


「え……」


 おかしいなとは感じたけれど、目の前の光景にはやっぱり驚く。


 三人組は国境警備隊の隊服を着ていた。


 ツェシャ辺境領で国境警備をする隊には、二種類の隊服がある。

 一つは、辺境伯直属隊の隊服。これはバールートさんが着ているもの。そしてもう一つが、国軍である騎士団から派遣される国境警備隊のもの。

 国境警備隊は他の領地にもいて、国中の国境を警備している。


 このツェシャ辺境領では、辺境伯であるランサ様の指揮下にある。例え騎士団からの派遣であっても、辺境領にて国境を守る長は将軍である辺境伯様。

 だから、まかり間違っても、その部下が離反を起こすような真似は、してはならない。

 なのに……


「今の会話、どういう事かな?」


 三人の目は本気だった。それが分かるから私も油断できない。


 焦りと怒りを見せるそれぞれの目に、私の頬にもつらりと冷や汗が流れる。

 スラリと腰の剣が抜かれる。分が悪い。私はいくら男装で動きやすくても所詮は丸腰だ。


 早く辺境伯様に知らせないと。その為にどうにかここを切り抜けたい。その為には何か武器が欲しい…。

 思わずギッと奥歯を噛んだ。もう一か月以上鍛錬をしてない。王都にいた頃は毎日してたのに…。


「将軍の婚約者か…。どうする?」


「聞かれたならしょうがない。それに、公爵の娘が不審死すれば、公爵家も黙ってはいないだろうしな」


「っ! 私を殺した罪まで辺境伯様に被せるつもりかっ!」


 叫んだ私にも彼らは鼻で笑うだけ。余計に腹が立つ。

 黙って殺されるつもりなんてないけど、もっと殺されるわけにはいかなくなった。周りの書類の山にコイツらの事書き記してやる!


 動き辛い部屋の中、騎士の一人が剣を突き出して来る。


「っ…!」


 私はすかさず、手近にあった書類の束を放り投げた。バラバラッと舞い上がった無数の紙が視界を遮る。

 視界が遮られれば動きが鈍る。それは私も同じ。だけど…!


『ヴァン…なんで見えないのに分かったの?』


『下手くそー。気配と相手の動きを見てれば分かりますー』


 懐かしい鍛錬の記憶が不意によぎる。

 あの時ヴァンが言っていた言葉、今なら分かる。


 私の動きに対し、騎士は反射的に動きが止まっていた。その動きずっと見ていたから分かる。

 間を置かず床を蹴って、剣を掴んでいた手を捻り上げ、足払いをかけた。女一人に油断してたんだろう騎士は簡単に倒れた。

 その手から、私は剣を奪い取る。


 その時には、舞い上がっていた紙は全て床に落ちていた。

 晴れた視界の先で、私はすぐに残る二人を見て剣を構えた。二人とも一層警戒してこっちを睨んでいて、持っている刃がギラリと光ってる。

 努めてゆっくり呼吸する。後二人…。


「こいつっ…」


 二人が同時に床を蹴った。

 落ち着け。大振りには動けないから反撃の隙はある……!


「リーレイ様見つけましたよー!」


 ……はい?

 突然の軽快な声に、緊迫してた場もしーん…と静まる。大きく腕を広げてるのはバールートさん、傍にはヴァンもいる。「え、何これ」って顔をして。


 ……うん。ごめんね。忘れてた。鬼ごっこしてたって。

 ポク…ポク…って痛いような沈黙が流れて、私もどうしようかと頭を抱える。えっと…って思ってると、今度はすぐ傍でドンッと大きな音がした。


「おいコラ。ランサ様の婚約者に何剣向けてんだてめぇら」


「ご無事で? お嬢」


 騎士二人、締め上げられて気絶。

 一瞬だった。二人とも剣も抜いてないよね? 何その早業。ヴァンは何でそんなにいつもと変わらない表情なのかな?


 でも、二人のおかげで私もホッと息を吐けた。


「うん。大丈夫……じゃない!」


「は?」


 私はすぐに剣を捨て、バールートさんが「おいこら」って胸倉掴んでる騎士を拝借すると、とりあえずビンタして意識を復活させた。


「…! おまっ…!」


「さっき話してた事全部吐きなさい! 野盗を侵入させたってどういう事!」


 胸倉掴んで怒鳴りつける。一瞬忘れてたけどすぐ思い出せた。


 でも、怒鳴って問い詰めても一向に喋ろうとしない。そんな様がひどくもどかしくて腹立たしい。

 分かってる。私がなめられてる。


 グッと内心で悔しさを抱いても、それを見せずに睨み続けてると、急に騎士が顔色を悪くさせてダラダラ冷や汗を流し始めた。

 急に何? その目が向いてるのは私の後ろだけど、私が振り向いてもいつも通りのヴァンと「どうしました?」って顔してるバールートさんがいるだけ。

 騎士へ視線を戻すと、どうしてかまたダラダラ青い顔に逆戻り。……まぁいいや。


 そんな騎士は、堪えられなくなったのか喋り出した。


「みっ…南の方から破落戸ゴロツキが来る事になってるんだよっ! 離れた所で事を起こせば、そっちへ動くからその隙に…!」


「目的は!」


「っ…アイツが『闘将』なんて呼ばれてデカい顔してるから!」


 騎士の引き攣った声に、「馬鹿野郎」ってバールートさんの呆れと苛立ち交じりの声が聞こえた。

 聞いたらもういい。私はすぐに肘を顎に思いっ切り振り上げた。運よく気を失ってくれた騎士は後ろへ倒れる。


 最後まで見る事無く、私はスッと立ち上がってヴァンとバールートさんへ向き直った。


「えー……やりますね。リーレイ様」


「いえ。二人も助けてくれてありがとう」


「仕事ですから」


 そう言うヴァンと同じように、頷いたバールートさんも口端を上げた。

 けど、ここでのんびりもしていられない。


「私はこの事態をすぐに辺境伯様にお伝えに行きます」


「それなら俺が…」


「いえ。首謀者がこの三人だとしても、他にいないとは限りませんし私には見分けがつきません。疑いたくはありませんが……安全とは言い難いです」


 こんな事をバールートさんの前で言いたくはない。でも、仲間だと思っていた国境警備隊に離反者がいた。それは事実だ。

 バールートさんも苦々し気な顔をしている。


「……すみません。隊が違うとはいえ身内が…」


「いえ。バールートさんのその反応を見てると、辺境伯様を慕っているのが分かります。それが分かって嬉しいです」


 紛れもない本心だ。

 決して辺境伯様に離反を企てる者ばかりじゃない。気に入るとか気に入らないとか、個人の感情は時に暴走する。今の事がそう。だけどそれは明らかな筋違いだ。


 バールートさんはすぐにパッと嬉しそうな顔をした。その反応に私も頬が緩む。

 でも、すぐに引き締めた。


「目的が外での行動なら、なかで疑ってるよりは向かう方がいいと思います。砦で事を起こすなら必ず分裂しますし、そう易々とはいかないでしょうから」


「確かに。今は何より事態を知らせないとですしね。ただ、辺境伯様の所が一番安全で危険かもですけど」


「私一人ならね」


 でも、私は一人じゃない。さっき一瞬で相手を止めた頼もしい護衛が居る。

 ちらりとヴァンを見れば、肩を竦めてるくせに口端が上がってる。


「俺も行きますよ。リーレイ様の護衛を仰せつかってますし、ランサ様の居場所も分かります」


「お願いします」


 私達はすぐに走り出す。資料室を出て、廊下を走って階段を飛び降り、砦を出て、厩に向かって、馬に鞍を付ける。

 そしてすぐに馬に跨った。街道からすぐにバールートさんを先頭に馬に鞭を入れた。


 馬はすぐに風を切り、駆ける。


「ってかこれ俺怒られません!?」


「私がちゃんと説明します」


 今ハッと気づいた様子で、「頼みますぅ」って情けない声を出すバールートさんに苦笑した。






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