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霧ヶ峰蒼太、の6

 厚手のガラスで出来た入口ドアを開けた音は、静まり返った廃ビルにおいて偶然的に鳴るようなものではない。だから先客がこちらの意図的にたてた物音に対してどういう対応をしてくるかで厄介の度合いが変わってくる。

 行動の停止もしくは即時降伏ならよし。

 そうでなかった場合は厄介だが、力づくにならざるをえない。

 この部屋の出入り口は、窓を除けばここ一か所だ。窓はあるにはあるが――。霧ヶ峰蒼太は、車の中で移動中に見せられた現場付近の地図とビル内部の見取り図を思い返す。

 窓はあるが、現実的ではない。そう結論づける。

 部屋に灯りはない。懐中電灯は持参しているが、基本、現場入りして安全が確保できてから点灯するため、今はつけていない。

 鷺を押しのけ、店長が身を低く構えて中に入る。入ってすぐに備え付けの下駄箱があるためこちらもむこう側は見えないが、いい具合の遮蔽物は背後の出口を含めてこちらの地の利といえた。

 部屋の中で、ライト消せ――と怒号が飛び、光の筋が一瞬左から右へ部屋の中をなぞって、消えた。

 立花が後ろ手に合図を寄越す。

 左から回り込め――の指示だ。部屋を一瞬だけ通った光の流れからわかる情報だ。

 指示を出した人間が右側にいて、物音がしたにもかかわらずライトを消さずにいた間抜けが一人、左手にいる。慌ててライトを消したようだが、光は基本直線に伸びる。下駄箱の後ろにいても天井ごしにライトの方向や距離はおよそ知れる。すぐにその場を移動しないところを鑑みるに、引越しの場慣れをしていない素人か。

 下駄箱の影から右に立花、左に(霧ヶ峰)が一斉に飛び出す。鷺は、そのまま動かない。

 

 勝敗はすぐに決した。


 僕が左側に立っていた男の足を刈り床に後頭部をしたたかに打ちつけたのとほぼ同時に、立花は右側にいて指示を出していた男の利き腕をねじ上げて「降参」を叫ばせていた。


 「事が面倒になる前にどうしてもっと早く降参しなかった」

 立花の言葉に、指示を出した男――鏑木新平(かぶらぎしんぺい)は、「なに、逃げてくれれば儲けもの。旗色がどう転ぶかなんて運次第だろ?逃げようと思っても出口はあんたらの後ろ。それに窓の外は開けたところで壁だ。顔が削れちまう」そう、冗談ともつかない言を発して不敵に笑った。

 鍵を外し、がらりと窓を開ける。目の前にコンクリートの壁が現われて視界をふさぐ。鏑木の言う通り、猫や犬でもない限り通れそうもない。


 正味、その後の『引越し』の実入りはほとんどないに等しかった。残っていたのは古いOSで動く時代遅れのパソコンが十台と頑強なつくりの事務机、椅子くらいなものだった。

 「こっちのほうが高く売れるんじゃないのか?」

 鷺が指さした高さ一メートルはあろうかという緩衝材のロールを担ぐ。比較的軽いが、かさばる大きさだ。

 「なにを包もうと勝手なことですがね」

 立花は吐き捨てた。鷺が仕事を終えたにもかかわらず仕事料を払うそぶりを見せないことに苛立っている。

 博打のような生き方をしている立花でさえ、『引越し』だけには慎重だ。


 引越しは当たりはずれがひどいんだ。震災後は特にな。なにごとも甘い汁を吸えるのは最初にうまみに気づいたパイオニアだけさ。同じ柳の下にウナギがいないのと同じ理屈だよ。


 それを言うならウナギじゃなくてドジョウだ。

 

 

 

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