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霧ヶ峰蒼太、の4

 指定通り六時にバイト先「魔法の壺(マジカル・ポット)」に着く。

 丸眼鏡をかなり下までずらしてかけている面長の店主、立花崇(たちばなたかし)が不機嫌そうにこちらを二度、見た。

 「服は黒って言ったろう」

 とはいえ僕に汚れてもいいような黒い服の持ちあわせはない。今着ているチャコールグレーのジャージだって夜の帳の中に身を置けばじゅうぶんに黒い方ではないだろうか。

 「スティーヴィー・ワンダーとスティーヴィー・Bほどに違う」舌打ちして言いなおす。あいかわらず店長のたとえはよくわからない。

 「まあいい。今日は三人だ。手早く済ますぞ」

 三人――?珍しいこともあるものだ。これまで『引っ越し』は何度か経験しているが、いつも店長と二人でおこなっていた。三人なんてことは初めてだ。

 「そう怪訝そうにするな。もう一人は案内人で、依頼人だ」

 立花は暗がりの駐車場に停めた車を指さした。よく土木関係の職種で使われる(バン)だ。白い型のものはよく見かけるが、目の前の車は油性マジックで塗りたくったような下品な黒だ。車内に、ぽうっと赤い点が灯る。煙草の光だとわかる。煙が少し開けた窓から漂ってきている。どうやら中にその案内人で依頼人とやらがいるらしい。

 「この車、かえって目立つのでは?」

 仕事の内容にもよるが、()()()()は、よくある没個性の方が目立たないものだ。この場合、よく見かけるあのぼんやりした白色だ。

 「先方の車に文句を言うんじゃない。俺たちはあくまで『引っ越し』の手伝いなんだ。余計な気をまわすもんじゃねえ」

 そう言われてしまっては、もはやいかんともしがたい。

 立花の指示のもと、車の後部座席に乗り込む。

 煙草をふかす依頼人が中にいて、ちょうど煙を口から細く吹き出したところだった。外は夜のうえ、車内もじゅうぶん暗いのにその男はサングラスをかけていた。ドレッドヘアを頭の後ろで束ねた頭はレゲエのバンドマンかもしくはカポエイラの使い手のようだ。

 「どうも」と頭を下げると、男は驚いた顔で「おいおいおいおい」と言ってサングラスを外した。

 「霧ヶ峰!」

 いきなり名前を呼ばれて驚いた。

 「俺だよ俺。鷺毅(さぎたけし)。いやあ久しぶりだな。高校中退以来か?」

 高校時代からずいぶんとナリは変わったが、そう言われてみればその名前をしたそいつは、確かにこんな顔をしていた。

 ロクな思い出のない高校の同級生の一人だ。ある事件の後、共犯のもう一人と一緒に退学になった男だ。

 最後に会ったのは忘れもしない高校二年の夏だ。

 CDショップで万引きしたのがばれて、たまたま入れ違いで店に入ってきた僕に盗んだCDを渡して逃げた。それが、こいつだ。

 「お前のせいで僕が万引きの冤罪を喰らった時以来だな」

 そうだったか?と、鷺は一瞬だけ困った表情を見せたが、次の瞬間にはケロリとした様子で僕の背中を数回、強くバンバンと叩いてきた。

 「結局、俺が後で()()()()捕まって、無罪放免になったんだから、結果、良かったじゃないか」

 結果って。こいつが()()()()()()捕まらなかったら、僕は一体どうなっていたと思うんだ。


 「店長。一度来ておいてなんですが、気が乗らないので今日は帰ってもいいですかね?」

 

 今朝からずっと続いている嫌な予感は、このままいくと、この後できっと成就してしまう気がした。

 今ここでしっかりと断って帰れば、今日の不幸な出来事は朝に卵とハムを少しだけ焦がしてしまったくらいのことですむかもしれない。それくらいのことなら僕だって、あえて不幸のカウントには数えない。


 敬遠させてくれ。


 「ダメに決まってんだろ」

 店長、立花はバッサリと言い切った。

 敬遠は野球のルール上、守備側で決めることだ。

 ピッチャーがキャッチャーを立たせるか、あきらかに枠から外した球を四球投げなければ、敬遠は成立しない。


 バッターの僕がバットを三回振りさえすればそれも避けられたのに、と僕が気づくのは、このずっと後だ。

 

 もちろんこれは比喩だ。こうでもしなきゃ、とてもじゃないがやっていられない。

 

 


 

 

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