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霧ヶ峰蒼太、の24

 潮目が変わった。

 そう感じたのはトールの瞳に仄暗い炎を見た瞬間だった。

 今更ビールを飲みすぎたことを後悔する。素面(しらふ)であったなら、こんな事はなかったかもしれない。

 なにかをしくじったのか?

 しかし今のところ悟られたという確証はなにもない。そもそも『十の制約』なんてものが存在するなんて誰が信じようか。

 落ち着け。

 霧ヶ峰蒼太は唇をキュッと結んだ。

 ただ、粛々と残り二戦をこなせばいいだけのことだ。

 「酒をご褒美と言ってた割に、ペースが落ちてるじゃないか?」

 我ながら的確な煽り文句のつもりであったが、そんな霧ヶ峰蒼太の言葉に対してトールは揺るがず、驚くほど悠長だった。目の前でゆっくりとジョッキを傾け、度数が強くて一気飲みなど出来ないアピールをしてくる。

 これ以上行動を急かしたなら、あらぬ勘繰りをされることは容易に想像がつく。

 『十の制約』には十分の時間制限がある。どうにかリミット前にもう一度グラスの中のコインに触れることが出来ないだろうか。

 思案を巡らすが、それは困難であり、万が一触れることができたとしても不審な行動を確実に咎められるだけに思えた。

 時間が切れる前に勝負を決めるしかない。

 トールがようやくジョッキを空にし、逆さにして振って見せた。

 「さあ、次だ」霧ヶ峰蒼太が放つ。声は、もしかするとうわずっていたかもしれない。

 「まあ、そう焦るなよ。夜はまだ長い」

 トールはジョッキを持った右手をふらつかせながら鷺に手渡すと、「夜は、長い」ともう一度放ってヒックと喉を鳴らした。拍子に右手がテーブルのグラスをパタパタと倒していく。そのグラスの中にはコインを含んだものもあった。

 悪い、悪い、と吃逆を繰り返してトールはグラスを直しはじめる。

 倒れ込んだグラスの間にコインが覗く。

 霧ヶ峰蒼太は「手伝うよ。いくらあんたが酒が強いと言っても、酒自体もとんでもない度数のものなんだろ?」

 あくまで自然を装って、倒れたグラスに手を伸ばす。正確には、倒れたグラスの側にあるコインに、だ。

 「おっと。それはノーサンキューで頼む。大丈夫だ」

 霧ヶ峰蒼太の伸ばした手をトールは遮った。あと数センチで、グラスにもコインにも指が触れられる距離だった。

 「それともなにか?手を伸ばさなけりゃならない理由でもあったか?」

 トールの言に、伸ばした手の指先が微かに動いた、かもしれなかった。

 「まさか。単なる親切心さ」

 手を引っ込めるのを見て、トールがクククと喉を鳴らす。

 倒れたグラスを手早く起こすと、酔っているとは思えない手捌きでコインをそのひとつに放り込む。

 酔っているというのは、ブラフだ。そう確信できるほどその動きは手練れていた。もはやコインはシャッフルされたグラスの森に周到に消えている。

 高らかに「さあ、残り二戦。勝負といこうか、行くぞ」そうトールが吠えた。

 




 

 

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