霧ヶ峰蒼太、の23
トールは自分がコインを隠したショットグラスの位置を当然のことだが、わかっていた。今回のターンに至っては、鷺の咄嗟の機転もあって目の前の青年の視線を切ることにも成功した。これまで培ってきた技も駆使して幾重ものフェイクも入れた、はずだ。
それでもなお霧ヶ峰蒼太はコインのあるショットグラスを躊躇うことなく当ててみせた。
その場に居合わせたトールだけではない、ヘルメスも鷺もそのカラクリをまったく理解できずにいた。
その証拠に、トールの目配せに対して二人は揃って首を横に振っている。
イカサマの気配はなかった。そもそも霧ヶ峰蒼太はテーブルを挟んだ反対側の席に座っていて、グラスに手を触れるどころか身を乗り出してさえいない。
テーブルはつるりとワックスの効いた合板のもので、ガラス材のように透けて見える仕様でもない。
「驚いたな、驚いた」
あえて言葉を短めに務めたが、動揺は隠しきれない。
本当に五分の一の確率を連続で的中させているのか?
いや、そんなわけはない。トールは自身に生じた疑念を無理矢理打ち消した。グラスの選択に迷いがなさすぎる。
わは一体何を読みきれていないのだ?
ここまで不自然なことはそうなかったはずだ。
トールは霧ヶ峰蒼太が指差したグラスを開けた。
このタイミングでもう一つ仕掛けられるトリックがあるにはあったが、はたと思い直す。
『今ではない』と、彼の直感が告げていた。
開いたグラスにはコインがしっかりと入っていた。
なに、あと二戦ある。
霧ヶ峰蒼太が、自分の時計に目をやったのが見えた。
つられてトールも自分の時計を確かめる。
デジタル表示は八時三四分四十秒を告げていた。
霧ヶ峰蒼太が時計から視線を上げたタイミングで目が合う。そういえば目の前の青年はこのゲームが始まる時にも時計を見ていた。再び青年と目が合う。
「さあ、あと二回だ。とっとと終わらせようか」
そう口走る霧ヶ峰蒼太の言葉は急いた印象があった。
違和感を覚える。
何故余裕をなくしている?
圧倒しているのはあきらかにそっちだろうに。
ふと過ぎる疑問に、トールはある可能性を見出した。
だがあまりにもその事は突飛にすぎた可能性だった。
しかし、だ。
確かめてみる必要はあるかもしれない。
そう、勝負はまだあと二回ある。
ゆっくりとスピリタスをジョッキに注ぎ、これまたゆっくりと時間をかけて飲み下していく。
「酒をご褒美と言ってた割に、ペースが落ちてるじゃないか?」
霧ヶ峰蒼太の言葉に、トールはうすら笑いを浮かべて見せた。
カラクリは未だ杳として知れないが、引っかかりだけは見つけた。
「おいおい、流石にそろそろ効きはじめるさ。なんなら一口どうだ?おまえさんもこの刺激にゃたまげるぜ?」
酔った素振りをしてみせる。暗がりで見えにくいだろうが顔くらいは赤くなっているはずだ。
クイっとジョッキを傾ける。
早くしろよ、と霧ヶ峰蒼太の顔が言っている。
トールは不敵に笑う。
「まだ二回ある。二回もだ。そうだろ?」




