霧ヶ峰蒼太、の22
ドッカと大きな音を立てて、スピリタスを満々と湛えていたジョッキが空になって置かれる。
「キハー!流石にコレは効くなあ、効くぜ!」
トールの顔に赤みがさす。しかし、開かれた双眸から光は失われていない。それどころか瞳の奥に揺らめく闘志さえ感じられる。
終わっていないことを、直感する。
どうすればこいつのこの強い感情を刈り取れる?
この勝負の勝敗についてここまで何の提示もされていないことが、ここにきてかえって不気味だ。このまま「ただの遊びでした」で終わるとは到底思えなかった。
それは、さっきの突然のルール変更の経緯からも想像だに難くない。
何かまではわからないが、なにかを企んでいるのは、わかる。
先刻から耳の奥がきんきんしている。嫌な予感が、これ以上深入りするなと幾度も警告してくる。
腕にした時計に目を落とす。
まだ『十の制約』による効果時間は残っている。
「続けようぜ、あと三回。三回だ」
トールの言いようがやけに障る。少し前から何か違和感があるのだが、それがなんであるのかまでは思いつかない。
ヘルメスがトールの右横で、いやらしい笑みを湛えて立っている。鷺は粛々としてトールの左のソファに腰をかけ、僕とコインを交互に見ていた。
不意にトールと視線が絡む。
「少し、見えた。見えてきた」
トールを睨む。言葉の真意を探る。
コインは見えている。トールはコン、と音を立ててショットグラスをコインに被せると、「お楽しみの三回戦だ」シャッフルを始めた。
フェイントを織り交ぜ、右手と左手の死角を形成してからのフェイク。さらにその動きに緩急をつけていく。
一瞬目を閉じた途端、完全に見失ってしまうほどの巧妙な作業の最中、鷺が不意に声を上げて、カウンターに戻ったバーテンダーにスピリタスの追加を要求した。
絶妙のタイミングに、集中が、逸れる。
僕の視線がテーブルから切れるのを、トールが逃すはずもなかった。
すかさず手の動きにフェイントが四度かかる。視線を戻した時にはトールの動きはすっかりスロウに戻っていて、さも「何もなかった」ように振舞われていた。
鷺がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。明らかな援護射撃だった。トールの口調が気になったことと関係があるのかと勘繰る。
「さあ、今度はどうかな?」
テーブルの表面をなでるトールの言葉には、慎重と警戒とが幾重にも重なった複雑さがあった。
僕がまた「当ててみせるだろう」ことを知っているかのようだ。
どう対応するのが正しい?
知れず、喉が鳴った。
『十の制約』はまたも明確にトールの真正面、ど真ん中のグラスを示している。
正面から叩き伏せてやる
こいつらがどうとかではない。あと三回終わらせればいいだけだ。




