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霧ヶ峰蒼太、の21

 目の前で、五つ並んだショットグラスが入念に入れ替えられていく。時にスピーディーに、時にスロウにグラスがテーブルの上を滑る様は、最早熟練者の動きだ。

 トールはこの勝負に慣れているのだと感じずにはいられなかった。『十の制約』の効果がなかったらとうにコインの入ったグラスを見失っていたところだ。

 今のところトールはイカサマは使っていない。

 くるくると場を移りゆくグラスの一つからは、未だハッキリとコインの存在が浮かび上がっている。

 

「さあ、今度はどうだ」

 こちらがコインの入ったグラスを見失ったものと感じたのだろう。トールが両手を大きく広げてテーブルから手を放した。

 自信満々なところ悪いが……。

 五つ並んだ中央のグラス、ちょうど僕の真す正面に手を伸ばす。

 「これだろ?」

 じっ、とトールの顔を見る。トールの顔に諦めと確信の表情が交互にチラつく。

 「まいったな……少しくらい悩んで見せたって良さそうなものだが」

 トールは視線をグラスに落とすと、僕の指したグラスをこちらから見えるようにパカリと開けた。

 当然のようにコインはある。平成三十一年の年号が刻まれた百円玉だ。

 「マジかよ」鷺が洩し、ヘルメスは眉間に皺を浮かべて右手親指で唇を数回なぞった。

 重い雰囲気が場に流れたのは、なにも店の照明が消えかけのガス灯のような色をしていたからではない。

 「五分の一が、きただけさ。偶然だよ」

 口を突いて出た言葉は明らかにから回っていた。

 しかし、その場の誰もそれ以上は何も発しない。イカサマがおこなわれているにせよそうでないにせよ、カラクリがわからないことにはどうしようもない。

 鋭い視線が痛い。

 「さあ、次だ」

 僕の言葉に呼応して、トールが鷺に「ジョッキ持ってこい」と告げる。すぐさま大ジョッキが運ばれてきて、度数九十六度のスピリタスが注がれていく。瓶はほぼ空だ。明らかにショットグラス五杯の量は超えている。

 それを飲む気なのか?

 他人ごとながら不安になる。察してか、トールが不敵に笑う。

 「最初に条件出して無茶言ったのはこっちだ。これくらいはして見せないと、あんたに不義理だろうからな。そうだろ?そうだよなぁ」

 ヘルメスがニヤリと口の端を上げたのが見えた。その意味は分からなかったが、こちらにとって有益なものでないことくらいは察しがついた。


 嫌な予感が、泡のごとく湧いてきた。

 


 



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