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霧ヶ峰蒼太、の19

 薄暗い店の間接照明がトールの手元をおぼろげに映している。

 ショットグラスは三つ。

 コインを隠した陶器のグラスが右に左に中央へと、小気味良く動いていく。

 トールは自分の手もとを見ることなく、僕の方を凝視している。

 「なあ、()の手もとを見ていなくて大丈夫なのか?もう結構動かしているんだがな」

 「当たるも八卦。確率は三分の一なんだろう?その酒を一杯くらい口にしてみても悪くない」

 もちろん僕にそんな気はない。アルコール度数九十六なんてものがまともな酒であるはずがないからだ。万が一に飲むと決めたならそれはもっと後のことだ。勝ちを確信してヘルメスの前でわざと美酒をあおってやる。

 

 だから緒戦は外さない。


 「右だ」

 陶器のグラスの中でぼうっと光る百円玉が見える。『十の制約』が僕にだけ所在を示していた。

 「右って、こっちか?」

 トールが僕の意図したグラスとは真反対のグラスを指さした。

 「僕から見て、右だ」

 指で、グラスを示す。

 「オーケー」

 トールが間髪入れずグラスを上げると、百円玉が姿を現す。

 ひゅう、と鷺が口笛を鳴らす。

 ヘルメスが口をへの字に曲げたのと、面白くない、と呟いたのが耳に入る。

 あえてそちらは見ない。トールが不思議そうに眉を顰めているその表情だけを凝視する。


 不可解だろう?運が良かったとか、勘のいいヤツだと思っていればいい。そうしてる間に五回のゲームは終わる。


 口角が自然と上がる。腹の中からせりあがってくる歓喜を、喉で押しつぶす。


 「まいったな」

 トールが突然そんな言葉を吐いた。


 ――⁉︎

 今のタイミングで何故そんな台詞が飛び出した?

 頭に疑問符が浮かび、やにわに緊張が僕の身体を駆け抜けた。

 こちらの手の内がバレるわけはない。しかしイカサマをしているという自覚からか、背徳感が心を締め付けてくる。

 トールに気づかれないように静かに息を整え、努めて静かに言葉を紡ぐ。

 「――どういうこと?」


 「このままだとどうにも勝てる気がしない」

 「……まだ一戦しただけだろ?」

 「それも、そうだな」

 そう言うや、トールはコインの入っていたグラスにアルコール度数九六という到底あり得ない酒を並々と注いだ。

 少しテーブルにこぼすほどにグラスが満ち、それを躊躇わずトールは口に運ぶ。対面のこちらにまでアルコールの香りが流れてくる。目が滲みる。

 一口で飲み下したあと、トールは身体を小さく震わせた。

 「キハー!流石に効くなぁ。だかこれでまだ戦える。むしろ頭はスッキリだ」

 飲み終えた後にトールが吐いた息からも強度のアルコール臭が届く。これはいよいよ飲むわけにはいかない。それほどに漂ってくるのは凶悪な香りだ。


 「ところで、提案がしたい」


 トールはそう短く切り出してきた。



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