霧ヶ峰蒼太、の14
悠長に飲みに出ている場合でないにもかかわらず、この日繁華街を少し東に外れたビルの一階に霧ヶ峰蒼太の姿はあった。間口の広い入口店内には、濃いめの橙色の間接照明がところどころ灯されており、申し訳程度の音量でよく聞き取れない洋楽が、流れのいびつなせせらぎのように音を紡いでいた。視界の隅にチラつく光はズラリ並んだダーツの電光だ。音楽が聞こえるのはまだ誰もダーツに興じていないせいだ。
ふいに入口のドアが開き、「悪い悪い」という言葉とともにドレッドヘアの鷺が軽い調子で現れる。彼の指定した約束の時間からすでに半刻過ぎていたが、鷺の表情には悪びれの、それこそカケラもうかがえない。
霧ヶ峰蒼太がちょうどコロナビールを二本、それぞれライムとレモンで飲み終わり、手元の柿の種も尽きかけたタイミングだった。
あえて「遅い」とは口にせず、鷺をジロリと一瞥する。
「悪かったって。店の前で知り合いに会っちまったもんだからよ」
仕方ないだろう?そんな時もある、と鷺は口をへの字に曲げた。
鷺が入ってきてから少し遅れてまた入口のドアが開くと、今度は妙に雰囲気のある長身の青年が現れた。歳は、自分とそう変わらないのじゃないだろうか。客が他にいないこともあって、互いに目が合う。
青年はこちらの視線に対して軽く会釈をしてみせたが、視線には同年代を値踏みする、どこかいやらしい粘着的感覚が感じられた。
「紹介するよ」
そう鷺が言って対面の席に座ると、対座の空いた椅子の後ろに青年が立ち、口の両端を小慣れた感じでつりあげて、さも「笑った」感の滲む表情をする。
それは如何にも二心ありの表情であったから、霧ヶ峰蒼太は、自分でも知れずに険の色を表に出してしまっていた。
おいおい、と、鷺が口を出す。
「二人、知り合いってわけじゃないんだろ?」
ああ、と同時に頷く。
「得益伸悟。仲間内じゃヘルメスで通ってる。よろしく」
「霧ヶ峰、蒼太」
「蒼太!『そうたん』だな!」
得益の陽気な物言いに、霧ヶ峰蒼太の眉間に覚えず険が走る。生きていれば稀に出会うことのある嫌なヤツ。自分の触れられたくない部分を不意になでてくる、好きになれない人種。
得益――ヘルメスの視線がこちらを真っ直ぐに見据えてくる。海底探査の際のソナーのように注意深く、出方を伺ってきている。一挙手一投足のすべてを監視してきているのを感じる。
すでに僕が眉間に皺を浮かべた時点で、ヘルメスは内心ほくそ笑んでさえいるのかもしれなかった。
おのれの未熟に腹が立つ。表情筋に力を込めて、体を整えるが、あきらかに沸き立った内心をヘルメスに見透かされているように思えた。




