霧ヶ峰蒼太、の8
昨日の『引越し』の場所から目と鼻の先、少し目を凝らせばそのビルが確認できる場所の二階で、結果的に霧ヶ峰蒼汰は焼き鳥の串をほおばっていた。
この部位はとても珍しくてですね――と、串を持ってくるたびに講釈をたれるスタッフの声が頭を素通りしていく。こんな小指の先を切り取って二、三個刺してみましたけど?みたいなのではなく、どうせならもっと食いごたえのあるものを持ってきてくれ、と心で訴える。
時間は午後六時三十分。待ち合わせは三十分ほど前だったが、来るはずの女性陣の姿はまだなかった。
四十過ぎを二十八と偽る店長立花と、三十後半を二十五と詐称する鏑木は、時間が来るや勝手に酒を頼み宴会をはじめていた。まだ三十分しかたっていないのに二人とも顔は真っ赤で口調も怪しくなりはじめていた。
「いや!昨日はホント、ご迷惑、かけました」
「いやいや、鏑木さんこそ昨日は大変でした」
互いに猪口と徳利を交換して肩を叩きあっている。
あの後互いの後見から和解の打診があり、双方でのおさまりが成ったのだ、と鷺が教えてくれた。まあ、頭数合わせに使われる身分であれば、上のもめごとが下にまで残るなんてことはほとんどない。
運悪くまたどこかの現場でかちあったとしても、「いやあまたお会いしましたね、今日はお手柔らかに頼みます」くらいで済む。そういった意味合いで、こういった場で顔つなぎをしておいた方が、僕らのようなフリーランスにとっては後々便利なことが多い。
ゴッドファーザーや仁義なき戦いのような、『斬った張った』の世界が今どきスマートでないことくらい、だいたいの人間は理解しているのだ。
電話の着信があって外へ出ていた鷺が戻ってきたのが見えた。金髪ピアスで痩せぎすの見知らぬ男と、女性陣を連れている。店番以外で女子と話すのは久しぶりだった。ガラにもなく身なりに不備がないかを確かめる。
全部で五人来た女性たちは、全員が全員知り合いというわけではなく、鷺の知り合いが二人と、痩せぎすで金髪の――轟と言ったか、彼の既知が三人ということだった。
綺麗どころの二人組と、どこか凸凹感の否めない三人組。男なら誰でも綺麗どころを攻めるだろう。
轟と立花は女性陣が各々席につくや、挨拶もそこそこに綺麗どころ二人に寄っていった。
それもそのはず、今回の飲み会は鷺が仕切りで轟に綺麗どころを紹介するという暗黙のシナリオがあった。昨日の帰り際に鷺からそう聞いた時には断ってやろうかと真剣に考えた。
それでも「なんとか」と頭を下げられたから、渋々ながら参加している。かといって下心がまるでないわけではない。機会が転がってきたとあらば、その時は覚悟のひとつくらいすぐ決める心づもりではいる。
目の前に来た三人だって決して美人の枠から外れた容姿はしていない。もっと言うなら、三人のうちもっとも髪の長い正面の女性などは、化粧っ気もないのに容姿だけならこの場の誰より群を抜いている。
ただ、一見して凸凹と評した通り、彼女を含む目の前の三人組からは、如何ともし難いアンタッチャブル感が漂ってきていて、霧ヶ峰蒼汰は、『あと一歩』が踏み出せずにいた。
そう、いつもの『イヤな予感がする』というやつが、プンプンと鼻先に漂ってきている。




