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代償

作者: むっく

 「18番、18番の方どうぞ〜」

ついに呼ばれた。仕事はひとまず休職しているが、妻子もいるためいつまでも休んではいられない。家庭を守るために薬を飲んででも早く治さなければいけないのだ。精神病院に通うようになってからかれこれ1年、診てもらうのは5回目くらいだ。


 最近どうも体が重くて寝付けない。朝も起きるのが辛い。仕事を異変を感じ始めたのは仕事でパワハラを受けるようになってからだ。

私は観光業界で働いていた。このご時世になって業績が悪化してきている。特に私の勤めている会社は20人ほどの小さな会社だからダメージは大きかった。会社の存続のためには人件費を削るしかなく、早期退職を募った結果どんどん人が退職した。それと引き換えに1人に対する仕事量は増え、上司もイライラしやすくなった。パワハラが横行するようになり、標的は大抵私。それでも仕事が私の生きがいだったから、何を言われても耐え続けてきた。休みの日も体を休めることなくやってきた。しかし、ついにガタが来てしまった。

そんな話をしていると、突然妙なことを言ってきた。

「あなたのことを考えるともう少し体調を上手くコントロールできるようになってほしいです。ですが、現実にいてはもうあなたは救えないかもしれませんね。」

「どういうことですか?」

「何もかも忘れて楽しむ時間が必要です。」

「そんなんできたら苦労しないですよ!」

「それができるんですよ! 1つ提案があります。今からあなたを天国にお連れします。どうでしょう?」

「期限は1週間。1週間ごとにあなたは身近な人からメッセージを受け取ることができます。延長することも可能です。満足した段階で現実に戻って来てください。」

「はあ……」

天国って何のことを言っているんだろうか。

「あの……先生が言う天国では何ができるんですか?」

「現実の悩みから解放されることができるでしょう。天国ではお金、労働、禁欲という概念がありません。自分の思うがままに過ごしてください」

「そんなことができるんですか? っていうかいいんですか? 私がそこに行っても」

「もちろんですよ。あなたは大変苦労してますから。そういった方には薬とかよりも1度天国に行ってしがらみから解放されるように促してるんです。あなたも天国に行かれますか?」

「行きます!!!」


 天国に行ってからは何もかもが自由だった。お酒も飲み放題、遊び放題。働くことがないのでストレスを感じることもない。人間関係の煩わしさからも解放される。天国ってこんな幸せなんだ。寂しさを感じるとしたら家族と会えないことくらい。ただ、このご時世になって3年、家族とは上手くいっていない。ひたすら会社を立て直そうと頑張ってきて、ほとんど家族との時間を取ってこなかった。家にいてもコミュニケーションをとることもないし、そもそも私の機嫌がずっと悪い。それを感じ取ってか、妻はほとんど私に話しかけてこなくなった。娘の莉子も私の帰宅時間には既に寝てしまっている。天国にいても家族との日々を思い出してしまう。いつからだろう、人とちゃんとコミュニケーションを取らなくなったのは。そんなことを思いながら天国で満喫していたら、期限の1週間がきてしまった。このまま戻ってもまたあのパワハラを受け続ける日々。そう思うともちろん答えは「延長」だった。すると、久しぶりに妻からメッセージが届いた。

「久しぶりにあなたの笑顔が見たかったな」

見たかった?もう会えないみたいじゃないか。そうか、1週間も帰っていないから死んだと思われてるんだ。帰るのに。でももうちょっと満喫させてくれ。現実に帰ってまた仕事でストレスを感じたくない。天国に来てようやくぐっすり眠れるようになったんだ。まだ楽しみたい。心配はかけるけどもうちょっと待っててくれ。ここで心ゆくまで満足して帰れば、きっと笑顔で妻に会えるから。


 そこからの日々も相変わらず楽しかった。ココにいる人は皆現実で良い行いをしてきた人たちだから、ポジティブで気持ちがどんどん晴れてくる。皆に私がここにきた理由を述べると全員ちゃんと話を聞いてくれた。そして、さまざまな教えを与えてくれた。身近な人に感謝をすること。人にきちんと頼ること。自分の人生を切り開くこと。選択肢はたくさんあること。どれも、自分の考えにはなかったことだ。


 そういえば昔はよく妻が話を聞いてくれたな。帰ったらちゃんと話そう。今まで自分が苦しんでたこと、これからはきちんと話すようにすること。いや待てよ。そんなこと話して何になる? 俺はこれから現実に戻って何をすればいいんだ。そうだ! ここにいればきっと先人たちが教えてくれるはず。そう思ってまた1週間また1週間と延長した。

その間娘の莉子と両親からメッセージをもらった。

莉子からは「パパと遊びたかったよ、ずっと寂しかった」

両親からは「あなたが幸せになれば、私たちはどうなってもいい」とのことだった。なぜだ? なぜみんなもう会えないみたいに言う? もうかれこれ行方をくらまして1ヶ月も経って、先人たちから生きる糧をたくさんいただいた。これで現実に戻ったらきっと家族を大切にできるし、自分の人生何とかしてやる! もう待たせられない! そう思ってこれ以上の延長はしないことにした。


 そして、また現実に戻った。

「ただいま〜」

いつもより元気な声でそう挨拶してみた。返事がない。家中を探してみるが、誰もいない。

なぜだ?私を探してくれているのか?

急いで母親にも電話してみる。繋がらない。おかしい。外に出てみた。すると、大型スクリーンから妙なニュースが目に入ってきた。私が1ヶ月行方不明になっていること、両親と妻子が死体で見つかったこと。

亡くなった? 受け止められなかった。どういうことか全く理解ができなかった。メッセージってまさか?

私はしばらくしてまた体調を崩してしまった。そこで先生のいる精神病院に向かうことに決めた。

「高島……高島先生いらっしゃいますか?」

「高島? そんな先生はいませんよ」

「え? この病院で5回ほど診てもらって、この前まで天国に連れてってもらっていたんです」

「あの……さっきから何をおっしゃってるんですか?」

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