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挙手

ある日のホームルームで、最後に先生がいつもより少しだけ、まじめな顔をして話を始めたことがあってさ。


「焼却炉の中に、生徒のものと思われる持ち物が投げ込まれていました。何か心当たりのある人はいますか? ハンカチや手袋など、ちょっとしたものであっても……」

って感じで。


教室内も少し緊張感が高まった、ように感じられたんだ。


ボクは転校してきたばっか、ってわけでもなかったんだけど、実のところ、事情をあまりよく飲み込めずに聞いていた。自分のだってゴミ箱に捨てちゃうしなあって、そんなたいしたことないんじゃない?なんて思いながら。

といっても、自分の持ち物を勝手に焼かれたってことなら問題だと思う。ただ、その学校内で陰湿な雰囲気なんて感じられなかったし、そんなことあるのかなって。だから、それが誰のことなのか見当もつかなくって。いや、クラスのみんなの顔もろくに判ってなかったから、教室内の人間関係も把握してるわけもなくて。元からいた人たちにとっては、思い当たるものがあったのかな、なんて思ったり。

だからまあ、いじめなんてものがあるのかどうかもよく分からないのが正直なところで。結局思ってたのは、これは時間内にどう収まるのかな、今日は掃除当番にあたってるし、遅くなると困るな、くらいのものだった。


で、よくあるアレが始まったのさ。


「全員、顔を伏せて。先生が質問するから、静かに手を挙げるように」


前の学校でもやったことあったからね。


先生は教壇の上から、ゆっくりと生徒たちを見回している。

先生の様子?、分かるよ、そりゃ。

顔を伏せてって言われて、正直に伏せるやつばっかりでもないよね。やっぱり。

でもさ、気付かれてないと思っても、多分向こうからは分かるんだろうね。先生は生徒の間をゆっくりと歩きながら。あー、なんかその学校、教室も無駄に広くて机の間もヨユーで歩けたからなんだけど。で、そっと周りを覗き見てる生徒の肩を出席簿で少し触れて行くわけ。で、生徒たちは慌てて顔を伏せなおす。そこまでがお約束みたいなものでしょ。


ボクはそんな注意されるようなことなかったよ。いい子ぶってるわけじゃなくて、面倒事にならないよう立ち振るまってただけなんだけど。


結局、周りの様子は分からないし、少し上目遣いに前の席の椅子をボンヤリ眺めてる。

他に見るものもないからだよ。

前に座ってたのは、どんな生徒だったっけな?


そうして先生の質問が始まる。


いきなりだと答えにくいだろうから、なんて言いつつ、「今朝いつもの時間に起きられた人」とかずいぶん雰囲気を壊すことから聞いてくる。


「朝ごはん、おいしく食べられた人」


「朝、占いを確認した人」


「シャワーを浴びてきた人」


「折りたたみ傘をもってきた人」


「今日体調悪い人は手を挙げてね」


「寝ちゃってる人」

寝てたら答えらんないよ。しのび笑い。


コツ、コツと、席の間を、先生の靴音は近付いたり遠ざかったりしている。


質問の声色は変わらず静かでゆったりと落ち着いていて、空から降り注ぐように聞こえた。

延々と他愛無い質問は続いている。


「睡眠不足な人」

「夏か冬なら、夏が好きな人」

「なにか悩みのある人。あ、悩みがあったらいつでも相談してくださいね」

「野菜が苦手な人」

「成績が気になってる人」

「今日は暑いですね」

「窓際に座ってる人」

「頭痛持ちの人」


開け放たれた両側の窓から、ぬるい風が通り抜けている。

どのくらい経ったのかあやふやで、あくびまじりに手を挙げたり下ろしたりしていると、不意に


「わかりました」


一気に目が覚めた。


「はい、終わりです。顔を上げていいですよ。お疲れさま。ありがとう」


出席簿を閉じながら先生はそう告げて、教室から去った。


ぽかんとした顔で見送っていると、

ザザッ…、スピーカーから終わりのチャイムが鳴り始めていた。

※週イチ更新予定です(プロローグなど含む全11回)。

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