雷
「ねえ。雷神が見えたわ。」
と美佳は言った。
美佳は少し変わった子だった。私が小学校5年生のとき、美佳は私の学校に転校してきた。私の席の隣に座った関係で、私と美佳は仲良くなった。少し鼻ぺちゃで、でも目が大きく、可愛い子だった。美佳は窓際の席で、授業中にいつも外の景色ばかり見ていた。私には見えないなにかを見ていたような気がする。
私たちは仲良くなって登下校も一緒にするようになった。ある日、美佳は言った。
「ねえ。わたしの家に来ない。今日は雨が降りそうよ。」
私は言った。
「いいけど。雨が降りそうだから?」
「そうよ。もちろん。」
私には意味がわからなかったが、美佳の家に行くことにした。美佳の家は大きく、美佳の父親はどこかの会社の社長をしているらしかった。そして大きな家の自分の部屋から美佳はいつも外を眺めていた。その日、確かに重い鉛色の雲が今にも地に落ちそうだった。私と美佳は部屋から、雨がいつ降り出すか外を眺めていた。そして、ポツポツと雨が家々の屋根の上に落ちた。
「きたわ。」
美香の目が輝いていた。私も外を凝視していた。すると、雷の音がし出した。雷は時々光を放ち、どこかに落ちているようだった。すると、美佳は言った。
「雷神が見えたわ。」
私は美佳を見た。美佳はじっと時々光を放つ重い雲間を見ていた。
「らいじん?」
私は美佳に尋ねた。
「そうよ。雷神。」
美佳はじっと瞬きもせず雲間を見続けていた。美加のあまりにも集中した様子に私はすこし怖くなった。
「らいじんてなに?」
「雷の神様よ。神様が雷を地上におとすの。」
「その神様はどんな格好をしているの?」
美加はこっちを向いた。でも私には美佳が私を見ていないのが分かった。授業中のあの目だ。どこか遠くの何かをみていた。
「わたしにもはっきりとは見えない。でも雲の間から黒い影みたいのが見えるの。それが雷神」
私も雲間を見た。でも、影のようなものは何も見えなかった。
「見えた?」
美佳は私に尋ねた。でも、私は見えなかったと言えなかった。美佳と私の間の親密な関係が崩れてしまうように感じたからだ。
「見えた。」
私はおずおずと言った。すると、美佳は嬉しそうに笑った。私は心の中で罪悪感を覚えながら笑い返した。