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8. 帝の通い、開始

「はぁ、さすがに疲れたわ……」

「お疲れ様ですー、陽花さま」


 鈴玉に肩を揉んでもらいながら、わたしはお茶を飲んでいた。ようやく四夫人と接触を開始し、春蘭さまと夏姫さまと茶会を行った。


 それに伴う準備も色々あったので疲労が溜まっている。明日と明後日には残りの二人と茶会だ。体力に自信はあるが、笑顔を貼りつけながら色々と策を巡らすのはどうも精神的疲労が溜まるようだ。


「失礼致します」


 翠玉が部屋に入ってきた。わたしの元へやって来ると、「宦官の曹さまがお見えです」と告げた。


「夜分遅くに申し訳ありません、周皇后」

「いえいえ。それにしても雨月さま、宦官の服全然似合いませんわねぇ」


 宦官にそんな長身の男はいない。実際、彼の服の袖は若干短い。

 雨月さまは、自分の服装を見て苦笑した。


「おかげで大きい宦官服を探すのに手間取りました。春蘭妃と夏姫妃にはもう面会されたそうですね」

「ええ!色々と準備を手伝って頂きありがとうございました」


 春蘭さまの刺繍道具一式と来月の園遊会の舞踊集団による演舞の件は、雨月さまに準備してもらった。最近は書庫に行くたびに雨月さまに会い、必要な準備を色々お願いさせてもらっている。


「正直私には理解できない依頼もあるんですが、本当にあれでよろしいんですか?」

「はい、……たぶん」


 絶対上手くいくとは言い切れないけれど、やりたいことは決まった。わたしにもお父さまやお兄さまたちみたいな策略の才能があるか、これでわかるわね。

 

「……わかりました。御身の周りで変なことは起きておりませんか?」

「何も起きてませんわ、ご心配なく。それでご用は何ですか?」


 わざわざ主上の側近の雨月さまが変装してまで来るくらいなのだから、大事なことなんだろう。彼はこほんと一度咳ばらいをすると、口を開いた。


「周皇后の提案では、主上の夜のお通りはなしでとの事でした」

「ええ。わたしには好きな人がいますから」

「……。とはいえ、皇后に主上の夜のお通りがないのも怪しまれます。そこで、週に一度は主上のお渡りを許して頂けませんか?」


 ふむ、そうきたか。

 翠玉と鈴玉が何か言いたそうだったが、わたしが止めた。雨月さまの言い分もわかるからだ。新しく立った皇后と帝の不仲説が早々に話題にのぼるのはまずい。


「わかりましたわ。主上にはわたしの寝台で寝て頂き、わたしは侍女の部屋で寝ましょう。主上にもそう伝えて下さい」


 わたしがにこりと笑って答えると、雨月さまは表情の読めない顔でじっとわたしを見つめた。?どうしたのかしら。


「主上は、いかがですか」

「?いかがとは」

「魅力的ではありませんか。若くして国の頂きに立つ方です。並大抵の武官では敵わないほどにお強く、整った男らしい容姿は男の私から見ても憧れます」

「はぁ、まあそうですね」


 急に何を言うのだろう。雨月さまだって十分綺麗な顔をしている。それにこの人はただの政務上の帝の側近ではない。てっきり文官だと思っていたが、固くて厚い手の平、不自然なマメ、細いが引き締まっている体躯。おそらく相当な剣の使い手のはずだ。


「でも今の話なら、国の頂きっていう点以外は雨月さまだって同じですよね?」

 

 雨月さまはわたしの言葉に目を見張った。


 わたしもなんでこんなことを言ったのかわからないけれど、彼が主上を褒めながら、まるで自分とは違うと言っているみたいで。

 あなたも十分素敵よ、とわたしは伝えたくなった。



***



 翌日。先触れがあった通り主上がやってきた。

 二言三言、手習いの練習に使うような定型文を帝に申し上げて、わたしはそそくさと侍女部屋に引き上げた。まだ四夫人の面会が終わっていないので、途中経過を話すつもりはない。


「鈴玉と一緒に寝るの、久しぶりねぇ」

「子供の頃以来ですね」


 皇后宮には空部屋がたくさんあったが、主上が近くで寝ていると思うと、女性と一緒にいたほうが良いと判断した。主上がわたしの気持ちを無視して襲うような方ではないと信じているけど、念の為ね。

 

 子供の頃、大好きだった彼が死んでしまって、わたしは毎日泣いていた。乳姉妹で一緒に育った鈴玉は、そんなわたしに寄り添い、よく一緒に寝てくれたのだった。


「まだ忘れられませんか……?」

「忘れられないわねぇ」


 今でも瞼を閉じればあの時の光景がよみがえる。大好きだった彼が、わたしを守って死んでいった光景を。



***



 そのまた翌日、雲海帝の執務室で。


「なぁ雨月、俺は皇后に嫌われているのか?ものすごい勢いで部屋を出て行ったぞ。あんなに露骨に避けられるなんて、男としてはショックだ」

「……好きな人がいるそうですからね」


 雨月は少し不機嫌そうに言った。

 どんなに多忙でも仕事は優秀、精神面でも達観しており、いつも穏やかな姿しか見ない彼が、こんな雑な物言いをするのは珍しい。


 雲海帝が驚いて瞠目していたのを、雨月は見ていなかった。


 




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