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7. 夏姫妃

<夏姫妃との茶会>


 朝から体がだるい。昨日は主上が部屋を訪れていた為、夜遅くまで起きていた。朝方仕事に向かう主上を見送り、二度寝したが体の疲労は十分に取れていない。主上は相変わらず元気で、私もなかなか楽しめたが。


 今日は周皇后の茶会に呼ばれている日だ。侍女たちが忙しなく歩き回り、ようやく起きた私の身支度を整える。顔の疲労は厚化粧で誤魔化し、服装を派手に見せる事で顔より服に目が行くようにする。


 あの主上に皇后ができると聞いた時は驚いた。てっきり四夫人の誰か、春蘭妃(しゅんらんひ)雪麗妃(せつれいひ)だと思っていた。私の家は私を皇后にしたかったようだが、私自身はどうでもいい。地位より寵愛。主上の渡りは今の所四夫人の中で私のところが一番多いはずだ。


 別に主上が好きなわけじゃない。嫌いでもないが、こんな女ばかりの所に閉じ込められて競わされて、何もないんじゃやってられない。刺激が欲しい。それが後宮に入った私のただ一つの願いだ。


「ようこそおいで下さいました、夏姫妃(かきひ)


 噂の周皇后は若くて賢そうな美しい女だった。またこの後宮に、惨めで可哀想な女が増えたわけだ。


「お招き頂き光栄です、皇后さま」

「まぁ、夏姫(かき)さまはとても凛々しいお顔立ちですのね。思わず見惚れてしまいますわ」

「ありがとうございます。これは心ばかりの土産です、お納め下さい」


 私は侍女に、用意させておいた菓子を持って来させた。それを見た周皇后は目を輝かせ、「お菓子のお土産ですの!?」と言って満面の笑みで喜んでいる。すぐに鈴玉という侍女に皿を持ってくるよう指示すると、私が持ってきた菓子も茶会の席に並べられた。


「美味しそうですわね。いただきまーす!」


 ぱくっと大口を開けて持ってきた菓子を頬張る周皇后に唖然とした。馬鹿な。この女、何も知らないのか?


 二か月前に後宮で起きた毒殺事件。何を隠そう被害者は私だった。私が食べた菓子に毒が混ざっており、私は二週間の間命の危機を彷徨い、生還した。


 当時は誰が夏姫妃を殺そうとしたのだと騒動になり、同じ四夫人の三人に嫌疑がかかった。結果、主上は見舞いも兼ねて私の元へ頻繁に通うようになり、今も以前より多く通ってくれている。


 しかし全ては私の計画のうち、毒殺は自作自演だった。巧妙に他人が毒を混入したように見せかけ、命を賭けた。確かに主上の気を引く目的もあったが、別に死んでも良かった。苦しみ、悶え、死んでも生還しても四夫人たちを困らせられる。私はとにかく刺激を求めていた。生きている実感が欲しかった。


 この女は馬鹿なのか?あの毒殺事件を知らないのか?いやそんなはずはない。毒を盛られた私が持参した菓子なんて、危険があるかもと誰もが一瞬身構えるはずだった。


「そういえば夏姫さまは、舞の経験がおありとか」


 周皇后の突然の質問に、心臓がどきりとする。


「……誰がそれを」

「風の噂で。お母さまが有名な舞姫で、お父さまに見初められたのですよね」


 高官の父には妻の他にたくさんの愛人がおり、妓楼通いもしていた。私の母は元芸妓で、父の愛人の一人だった。だが父の寵愛がなくなればごみのように捨てられ、歳も取ってかつての美貌も衰えていた母は妓楼で体を売りながら安く働き、最後は客の男の暴力で死んでいった。


 生き残った私は花街の芸妓たちに育てられ、舞を仕込まれたが、私の美貌を聞きつけた父が雲海帝の妃に丁度良いと突然私を引き取り、形ばかりの妃教育を受けた後すぐに後宮に送られた。


「実は今度の園遊会に、外部の舞踊集団を呼んで宴を盛り上げようと企画がされているのですが、宜しければ夏姫さまも舞踊の演目に参加されませんか?」


 は?何を言っているんだ、この女は。


「皇后さま、冗談ですよね?」

「いいえ、本気です。夏姫さまのお母さまは素晴らしい舞姫だったと聞きますよ。その娘の夏姫さまならと拝察したのですが、やはり無理でしょうか?有名な舞姫だったお母さまみたいには、ねぇ」

「……」

「後宮に来てから体も十分に動かしてないと思いますし、来月の園遊会まで日にちもありませんから、急に言われても困りますよね。もし夏姫さまが加わるなら、明日には舞踊集団にその事を伝えて練習の段取りを組んでもらわないといけないんですけど。……えーと、舞踊集団の名前は確か、『胡蝶』だったかしら」


 『胡蝶』!?それは私に舞の稽古をつけてくれた芸妓たちが使っていた集団名だ。姉さんたちが園遊会に呼ばれているのだろうか。胸がどくんと脈打つ。


「どうです?ご協力頂けるなら必要な準備は全て、わたしから主上に取りつがせて頂きますわ」


 周皇后は無邪気な顔でにこりと笑った。


 正直こんな新しく来たばかりの皇后に、亡くなった母と比べて色々言われるのは癪だったが、皇后の命令とあらば従うしかない。……そうやって、自分にも言い訳ができる。

 

 私は寝ぼけていた朝とは別人のような顔で、いつの間にか周皇后に向かって「引き受けます」と答えていた。

 





 





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