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5. 優秀な側近

「今、皇后の所に行って来たんだがな」

「ああ、どうでしたか。無事に了解頂けました?」

「既に四夫人に茶会の招待状を出し、来週には面会を決めていた」


 仕事部屋に戻った雲海帝が雨月に報告すると、雨月は瞠目した。無理もない、自分ですら同じ気持ちだったのだから。


「仕事が早いですね」

「ああ。それに本が山積みになっていた」

「その件なら知ってます。即位されたばかりの皇后が埃っぽい書庫に来られたので、皆慌てて掃除してましたから」

「ああ、だが三十冊近い本を全て読み終えていたぞ?まるでおまえみたいだな」


 雲海帝は雨月を見て、笑った。

 雨月はたいへんな読書家で、恐ろしいほど本を読むのが早い。彼は十六歳の若さで科挙を首席で合格し、官吏になってからもその優秀さは目を見張るもので、現在は帝の側近を務めている。


 雲海帝の右腕であり、若手官吏の中で最も優秀なひとりだ。若手で彼と同等に評価されているのは、あの周陽花の兄、周宇航くらいなものだ。名門周家の次男坊である。


「そうそう。皇后の好きな男とやらは初恋の相手だったらしいぞ。十年経った今も、その男の言葉を胸に生きているそうだ」

「はい?」

「面白いだろう」


 初恋が忘れられず、この国の女の頂点に立つことを拒否する女。さて中身はどんな人物なんだろうな。



***



「えーっと、こっちの棚には何があるのかしら」


 借りた本も全部読み終えてしまったので、書庫に新しい本を探しに来た。続きものの書物はもう手にしており、あとは新しい本を探すだけだ。


 来週は四夫人との茶会があるのであまりゆっくり読書の時間を取れないだろうが、時間がある時は自分の足で書庫を見て回り、読む本を選びたい。


 どうやら芸術関連の書物が置いてあるらしい。詩歌や画集などが棚の上に綺麗に整頓されて並んでいる。最初に来た時は本の整頓もあまりされてなくて、普段使用されない棚は埃っぽいなと思ったのだが、誰かが掃除してくれたようだ。

 これも皇后の威厳ってやつ?


 手近な画集をひとつ手に取り、開く。すると。

 

「絵に興味があるんですか?」


 はっとして振り向くと、帝の側近、曽雨月がにこにこと笑いながら立っていた。


 少し茶色がかった柔らかそうな髪に、淡く灰色がかった黒い瞳。整った顔立ちは主上に負けず劣らずの美貌と言えるだろう。全体的に色素の薄い容姿が、優しげで柔らかい雰囲気を醸し出す青年だった。


「突然お声がけして申し訳ございません、周皇后。お邪魔してしまいましたね」

「ごきげんよう。曹雨月さま、でしたわね」

「はい。主上から聞いた通りですね、あなたはかなりの本の虫のようだ。絵も嗜まれるんですか?」

「いいえ、わたし自身は絵心のかけらもありませんが、絵を見るのは好きなんです」

「そうですか。何かその画集に思い入れでも?絵を見ながら微笑んでいたように見えましたので」


 雨月さまは目を細めて優しく訊いた。

 そんなところから見られていたとは、全然気がつかなかった。わたしが気配を感じなかったなんて、この人はただ優しそうな文官ではない、と警戒する。


 雨月さまのように誰かが自分を見ていたら、この話題は厄介だ。ぐるりと周囲を見回してみたが、他に人の気配はない。翠玉と鈴玉を連れてきていたが、ゆっくり本を探したかったので少し一人にさせてほしいと言っていた。


「私以外、この部屋に誰もいませんよ。人払いしておきました」

「そのようですね。……昔好きだった人が絵を描いていたんです。画集を見ていたら、彼が描いた絵を見るのが好きだったなぁと思い出しまして」

「……そうですか。本当に今でも初恋の人を想っていらっしゃるんですか?」


 雨月さまは優しい声で尋ねたが、彼が心の中では信じられないという顔をしていることはわかる。どうしてそんな顔をするんだろう。主上もこの話にはいつも不思議そうな顔をしていたが、わたしのほうが不思議だ。


「はい、もちろん。あの、どうして主上もあなたもわたしの気持ちをそんなに疑うんでしょうか」

「周皇后は十九歳でいらっしゃいますよね。初恋は十歳頃ですか?普通、十年近くも死んだ人を想い続けるなんて不可能じゃないかと」

「不可能ではありません。わたしが証明しています」


 わたしからすれば、心情的には後宮という場所の方が信じられない。雲海帝は四夫人に加え、何人か他の妃にも手を出していると聞く。どうして複数の女性を同時に相手することができるのだろうか。


 後宮もひとつの政治の場であり妃たちも帝に仕える官職のようなものだ。皇后はその最たるものと言える。後宮の女性たちと主上の間に、愛はないのだろうか。頭では後宮の機能について理解していても、心がついていかない。


 ま、帝だもの。政略的な結婚が主だし、たくさん世継ぎを残すのが仕事だし、所詮違う人種ってことよね。


 貴族の中にも側室や愛人を置く者は多い。でもお父さまは亡くなったお母さま一筋だったし、別に誰かひとりを一途に想うことも変ではないとは思うけど。


 雨月さまはまだ納得していない顔をしていたが、次はわたしの番だ。


「そうだわ、雨月さま。ちょっとお願いがあるんですけど、聞いて頂けます?」


 わたしは雨月さまに向かって、にこりと微笑んだ。

 雨月さまは一瞬目を見開き、すぐに「もちろん何なりとお申し付け下さい」と笑みを浮かべた。この人は帝の側近で、わたしのことを調べるために接触したのだろう。ならばついでにわたしの作戦に協力してもらおう。

 

 来週から四夫人との茶会が始まる。だらだら本を読めるのも今のうちだ。

 

 






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