トラック無双
西暦 20xx 東京都 新宿区
あれはいつの事なのだろうか?
ハロウィンだったか、クリスマスだったか、正月だったか、バレンタインだったか……。
とにかく、本来なら寒い季節のはずなのに、その日だけは暑かった覚えがある。
例年ならコートを片手に出社するはずが、その日はジャケットも着ずに出社したはずだ。
どうせブルージーンズが許されている職場だしな!とか考えて。
……。
そして、記憶にある最後の光景はここから始まる。
会社の玄関が何故か閉まったままで、同僚や上司、数少ない部下がビル内から出れずに、ちょっとした騒ぎになっていた光景だ。
都内一等地の高層商業ビル。持ち主はうちの会社と商社系不動産会社が作った持ち株会社のはず。
うちの会社はいわゆる業界最大手ゲームメーカーとして知られる会社。しかし、今はバブル期の紳士よろしく多方面の仕事をこなす部署、子会社を数多抱える企業グループである。
……知らんよね。学生時代のバイトから新卒採用、万年グループ使いっぱしりの俺に多角経営とか経営再構築とかさ……そんなのは大学のパンキョーで一夜漬けしたぐらいだっつーの。
話を戻そう。その最後の光景だ。一枚の張り紙が玄関ドアに貼ってあった。
曰く、昨日付けで会社が倒産したこと、ビルも管財上の理由で云々……中途参加した新規ミッションが日の目を見ることなく潰れたということだけは理解した。今日から俺は失業者……なのか?
失業保険とかどうなってるんだろ?
これって会社都合だよな?どう考えても。
「部長!ヨシさん!これはいったいどういうことなんですか!!」
昨日まではにこやかに微笑みながら、「よう!お前たち時間あるなら、ちょっと新規ダンジョンでテスト兼ねて遊ばね?つまみは俺の方で用意すっからさ!」なんて男前な気使い達人のはずの我らが部長、ヨシさんが鬼の形相をした同僚たちに肩をがくんがくん揺らされている。
「いや……僕も何が何だか……」
「チッ。つかえねぇ、おっさんだよ!だからガチャ導入で売り上げを上げるべきだって言ったんッスよ!」
「てめ!使えねーとか言いやがったな?!だったら、月額課金で俺たちの所がどんだけ、財務状況の健全化に貢献してきたと思ってるんだよ!ああ?!」
「んなっ!とか何とか言っちゃって、ヨシさん!会社つぶれちまってるじゃないですかっ!どこが財務健全化っすか!?」
「うるせーな!ともあれ、欧米ではこの方式の方が主流なんだよっ!結果が世界規模で出てんだよっ!」
「はい、出ました~。ヨシさんのグローバル戦略~!草はえるっつーの!」
「ああ?!んじゃ、てめーは俺が移籍しても付いてこねーんだな?俺は今から他の大手に電話かけまくって資金集めるぞ。新しい作品作るんだかっんな。オメーはこねーんだな?ああ?!」
「……喜んでP様の靴を懐で温めさせていただきます」
「それでよし!!」
……当グループのお家芸、PとDの漫談である。
「おい、お前はどうすんだよ?」
同期の坂上君が聞いてくる……いや、お前ってばヨシさん信奉者の一角じゃんか。
「ん?坂上はヨシさんについて行くんだろ?俺はどうすっかな?ちょっとは、失業保険貰いながら身の振り方考えるわ……だって、この会社さ、本業のゲームはかなり売れてたんだぜ?それでこの有様……業種もどうっすか含めて一から考えるわ」
「そっか……ま、とりあえず何かしらコッチで決まったことあったら連絡すっからさ。グループSNSだけは生かしておけよ?」
「り……ほなな!」
「ほななや~!」
この業界……ってか、最近の業界マネーゲームにうんざりしていた俺は、ゲーム業界から足を洗いたいってのが率直な感想だ。
だが、もしもの為に……ということで、駐車場側の裏口に向かう前に、我らのボス、ヨシさんに挨拶だけはしといた。
「お願いしますよ。なにかがわかり次第、部署のLINEに書き込んでください!」
「おう!任せとけ!お前も徹夜明けでご苦労様な!良く休んどけよ!!」
バイタリティ溢れるヨシさん一行を後目に、俺は地下鉄の駅方面へと人ごみをかき分けながら向かっていった。
なんだよ、突然の倒産とかってドラマの中のギャグだけじゃないのかよ?
まぁ、何にせよ、うちクラスの会社だ。今日中に記者会見というか説明を何かしらの形で行うだろうな……、それを見てから身の振り方をもう一度考えてもおかしくはないだろ。
ここにいてもどうにもならないんだから、早いところ帰ろうぜ。
裏口からビルを出て、まだ何十人かは残っている玄関前からようやく離れようとしたとき。
絶叫とエンジン音が前から聞こえてきた。
……大型トラックだ。すさまじいデコトラが歩道に乗り上げ爆走している。
おい、勘弁してくれ!
全力で逃げようと俺は走る……いや、走ろうとした。そしてこけた。
男は社会人になった瞬間に運動不足になるんだよ。っつうか、徹夜明けで動けねーよ。
ごめんね、俺の前にいる背広組の人。三十代のエンジニアはすぐには動けないんだ……。
ドン!
正面にいる背広を着こんだ男性を背中から突き飛ばし、俺は地面に突っ伏した……正面には土浦ナンバーのプレートが見える。
あ、これ駄目なやつだ。
……。
…………。
痛みは一瞬、その後は快楽が……って、あれ?
ココハドコナンデショウ??
「起きましたか?xxxxさん。起きましたか?」
「おや?ココハドコ、ワタシハダレ?」
「あ、そういう古いのはイラナイです。私が好きなのはアイテムレベル制のRPGですから」
お?ヨシさん流石ですね。
アイテムレベル制は十代美少女に大人気らしいですよ?
「ふっふふ。流石はxxxxにお勤めのxxxxですね。私が十代美少女とよくぞ見抜きました!」
見抜くも何も、目の前にはうちの会社でよく見た、「出退勤と合コン時美女で通常モードでは無気力女子」の典型の女性がいるじゃない。
そりゃ、社内のお約束事トークになるってものよね。
「え??無気力女子??私が??……むっ!なんかムカツクので、本気女神パワーを見せますね!おおお~~ぅ!どりゃ~!!」
どう聞いても十代美少女には思えない掛け声とともに、自称女神さまは無気力エンジニア女子から、バリバリのIR部所属女子へと配置転換なされた。
「どうよ!この美貌!!女神感が凄いでしょ!エッヘン!」
エッヘンってなんだよ!と思いつつも、俺はそろそろこの状況に納得感が出て来る。
「え~と?俺って死んで転生するとかってやつですか?うちの出版部が「低コストの野焼き商法」って呼んでる、サイトで漁って一獲千金の……」
「おお!流石はその手の商法に後乗りながらも知名度で先頭グループに躍り出た会社の方!!」
……さっきから、この女神、うちの会社をディスってないか??
俺?俺は良いんだよ、中の人であって、何のお知らせも受けずに倒産宣告をされた可哀想な人だから。
「で、その女神さまが何をお望みで?話の筋からすると、やっぱり俺ってあの時に死んじゃったのね?」
「はい。xxxxさんは運動不足からくるずっこけで、前を歩いていた伊藤さんを巻き添えにして、壮絶な轢死をなさいました。実は伊藤さんは別の神様が目を掛けてた人だったんですが、死に方が予想外なため色々と面倒事が発生してしまい……その神様の怒りを買って、あなたは地球を含む世界から弾き飛ばされ、今、ここにいる!ってところですね!」
「あ、目の前の背広のオッサンって伊藤さんだったのか……それは悪いことしたな……焼肉を御馳走になったこともあったのに……美味しかったあの肉、もう一度食いたかった……」
向こうは転職後の人気取りの一環だったんだろうけど、こっちとしてはそんなことはどうでもいい。別部署の部長さん、腹ペコ徹夜明けに連れっててくれたあの焼肉の味を忘れることは出来ない……もう食えないのか、あの肉……。
「ん?食べれますよ?チョチョイと再現してみましょう。さ、鮮明に思い出して!」
え?そんな女神パワーをここで焼肉に発揮するの?