起源の章 追っ手
…時は遡り 白蓮達が姿を消した直後の御所内陰陽寮…
「無念!天狐の神通力に我は何一つ抗う事すら出来なかった」
忠行は険しい顔をして吐き捨てるように言うと、慌ただしい様子で、直ぐ様陰陽師達に召集をかけていた。
……忠行の前には数十名の陰陽師達があぐらをかいて座っている……
「皆の者!取り急ぎ集まってもらったのは他でも無い。先程 御所内にて帝に謁見していたのが、人間の女に化けた九尾の狐であったのだ」
集まった陰陽師達が騒ついた。
(あの天竺で暴れていたという魔物か!)
(何故 御所内の帝に謁見できたのだ?)
(成敗出来たのか?)
忠行は気持ちを落ち着け、全員を見渡した後 事の起こりを説きはじめた。
「九尾の狐は絶世の美女の姿に化身し人々の中に紛れ込んでいたが、その美しさが都で評判になり、噂が御所内の帝の耳に入り、帝が自ら御所に呼び寄せたのだ。魔物はこれ幸いと帝に近づき取り入ろうしていた処であったが、私が正体を見破り事なきを得た。しかし、思わぬ邪魔立てが入って取り逃してしまったのだ」
真剣な面持ちで聴いていた陰陽師達の中の一人が忠行に問いかけた。
「賀茂様ほどの術者に邪魔立てするとは一体何者なのですか?」
忠行は深く頷きながら、問いを投げかけた若い陰陽師の顔を見た。
「其方の名はなんと申す?」
「はい、安倍晴明と申します」
身なりの整った賢そうな若者は、忠行の目を見てハッキリと答えた。
(なかなかいい目をした筋の良さそうな若者だ、いずれは優れた陰陽師になるやもしれぬ)
忠行は、その若者の中に昔の自分の姿を重ね合わせていた。
軽く頷いた後、一呼吸置いて忠行は問いに答え始めた。
「此度の事で私に邪魔立てしたのは、帝の護衛を務めていた白蓮。彼の者の正体は天狐であったのだ。私の術はことごとく跳ね返され、神獣の力をまざまざと思い知らされたのだ」
その場に居た者達は一様に驚きの表情を隠せなかった。
「何故天の使いである神獣が魔物である九尾の狐を庇い立てしたのですか?」
陰陽師達は異口同音に疑問を口にした。
忠行は目を閉じて少し考えた後
「天界の者達は、その関わる者全てに対して浄化してゆく力を持っておる。そして、人間の様に損得では動かず、嘘か真かで物事を判断する。九尾の狐との間に、我々人間の理解を超えた因果関係があるのかも知れぬ」
先程の若き陰陽師安倍晴明が再び声を上げた。
「この先我々は、人間の力を凌駕した魔物達とどう立ち向かってゆけば良いのですか?」
忠行は若者の先を憂う気持ちを汲み取り、不安を取り除く様に気構えを説いた。
「晴明よ、広い世の中を見渡すが良い。自分とゆう存在がいかに小さな者かを知ることが大切じゃ、上には上があり更に上があるものだ。私とて同じだ、だから謙虚な気持ちで、常に研鑽を積む事が大切なのだ。それでも届かぬ時は他の者と協力して知恵を出し合う事だ。そうすれば力や能力が何倍にもなって高い壁を越えられる様になるものだ」
「ご教示いただきありがとうございました。」
若き陰陽師は深々と頭を下げた。
忠行は再び全員を見渡し、ハッキリとした口調で今後に付いて説明を始めた。
「白蓮と玉藻は行動を共にしておるであろうが、標的は玉藻のみでよい。白蓮は神獣であるが故に我々人間には手は出さぬ、手を出せば天界の掟により天罰が下るからだ。
まだ二人が遠くに行かぬうちに追っ手を放つのだ、その際犬を連れて行くが良い。匂いで人外の者を見分ける事が出来よう」
そう告げた後、忠行は手元の立派な箱から綺麗な細工を施された鏡をとりだした。
「それと、この照魔鏡を持ってゆくが良い。この鏡は天竺から伝わる魔物を写すと力を弱めた状態で本来の姿を暴く事が出来る退魔具だ、晴明、お前がこれを持ち指揮を取れ」
忠行は若き陰陽師に照魔鏡を託した。
「はっ、拝命を頂き有難き幸せに御座います!」
晴明は大切そうに照魔鏡を受け取り懐にしまった。
陰陽師達は全員立ち上がり、忠行に向かって会釈して誓いを立てた。
「必ずや九尾の狐を成敗して賀茂様の元に吉報をお届け致します」
「武運を祈っておるぞ」
忠行は満足気に頷き、皆を送り出した。




