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天狐さんの優しさ巡り  作者: ユメカタール
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起源の章 契り

 二人は伏見稲荷の裏手にある稲荷山の頂上を目指していた。


 足元を確かめながら歩を進める白蓮が、玉藻を気遣って声を掛ける。


「御触れの出ているかもしれぬ都を通って行くのは危険ですから、この稲荷山を越えて東の方に向かいます。玉藻殿、木々の生い茂る険しい道が続きますので、どうか足元にはお気をつけください」


 何も言わずに一生懸命に自分の後に着いて来てくれる玉藻の姿を見て、白蓮は愛おしいと感じずにはいられなかった。


「白蓮様どうぞお気遣いなさらないで下さい、私はそんなに柔な女子(おなご)ではありませぬ!それにこの山はとても空気が澄んでいて、寧ろ心地良いくらいでございます」


 屈託のない笑顔で返事を返す玉藻

 

 暖かな木漏れ日が二人を優しく包み込んでいた。


 白蓮達が稲荷山に足を踏み入れてから一刻半、小さな峰を幾つか越えてようやく稲荷山の頂上に辿り着いた。


 緑に囲まれた山頂で、神聖な空気で身体の中を満たすかの様に玉藻は目をつぶって大きく深呼吸をした。


「ふぅー、なんと心地が良いのでしょう!空気はとてもきれいだし、景色も美しい。見て下さい白蓮様!平安の都があんなに小さく見えます」 


 少しの間 余韻を楽しんだ玉藻は白蓮の手を取ると、にっこりと微笑み都の方を見下ろした。


(辛い過去を背負って世に仇なしていた頃の自分と決別しようとしている玉藻殿から、この愛くるしい笑顔を奪われる事は決してあってはならない)


 純真な少女の様にはしゃぐ玉藻の姿が、白蓮にはとても眩しかった。と同時に、どんな事があっても守ってやらねばという思いを強くした。


「慣れぬ山歩きで疲れたでしょう。向こうの方に腰掛けるのに丁度よい形をした岩があります、あの場所で少し休みましょう」


 白蓮は少し離れた先に見つけた、程よい大きさの平らな岩の方へ玉藻を(いざな)った。


此方(こちら)にどうぞ」


 少し日陰になっている所に玉藻を座らせ


「隣りに腰掛けても宜しいですか?」


 と伺いを立てると玉藻は顔を赤らめながらコクリと頷いた。


 白蓮は玉藻の隣りに腰掛けると、神妙な面持ちで今後について話し始めた。


「これより先の事についてなのですが、東の方に歩を進め、私の生家がある下野国(しもつけのくに)の那須高原を目指したいと思います。一月程の長旅になります、苦労をおかけするかも知れませぬが、どうかご容赦ください」


 他に(つて)がないとはいえ、自分の都合ばかりを玉藻に押し付ける様で、申し訳なく思い頭を下げる白蓮


「どうかお気になさらないで下さい、貴方様の傍に居られるのなら私は何処へでも喜んでお供致します」


 玉藻は白蓮の顔を見て優しく微笑んだ。


其方(そなた)……それほどまでに……」

  

 玉藻の純粋で一途な想いに、白蓮は覚悟を決めて心の中に秘めた想いを打ち明ける。


「玉藻殿、私は今まで女性と接することがあまりなかった故、気の利いた歯の浮くような言葉の一つも掛ける術を知らぬ無粋な男です。ですが、其方に出逢って共に過ごしているうちに愛しさが募り、この命をかけてでも守りたいと思うようになったのです」


 少し照れながら玉藻と目を合わせると、彼女の目からは大粒の涙が溢れていた。


 「玉藻殿、どうか私と夫婦めおとの契りを交わして下さらぬか。晴れの舞台も祝いの品も用意出来ませぬが、私の全身全霊を捧げて貴方をお守りします」


 玉藻はコクリと頷き、声を詰まらせながら返事を返した。


「白蓮様に出逢ってから、私はこんなにも涙脆くなってしまいました。一体どれだけ私を泣かせたら気が済むのですか!嬉し涙を…」


 玉藻は白蓮の胸に飛び込んでいった。


「初めて貴方様にお会いしたときよりずっとお慕い申しておりました、不束者ですがよろしくお願い申し上げます」


 暖かな日差しの中、二人は抱き合い熱い口づけを交わした。

 

 至福の時が緩やかに流れる中、白蓮が腕の中の玉藻に優しく言葉を掛ける。


「今日の貴方の素敵な笑顔を一生涯忘れることはありません。どうか過去の辛い出来事は忘れ去って、素敵な女性のままでいて下さい」


 玉藻は涙を拭うと笑顔を浮かべ、白蓮の顔を見て頷いた。


「白蓮様のお陰で私は生まれ変わることができたのです。決して過去の私に戻る様なことなどありません、貴方様を裏切る位なら私は妻として死を選びます」

 

 玉藻が初めて見せた気丈な姿に、白蓮も夫として、どんなことがあっても妻を守り抜かねばならないと心に誓った。


(もし其方に何かあれば、私は天界の掟に背いてでも必ず救い出してみせる)


 一瞬遠くを見る様な眼差しをしていた白蓮だったが、その傍で玉藻が和鋏で自分の髪を一握り束ねて切り始めたのに気が付いた。


「どうしたのですか?女性にとって大切な髪を…」


 驚いた顔をしている白蓮の心配をよそに、楽しそうな笑顔をした玉藻が

 

「髪など直ぐに生えてきます、コレはこうするのです」


 と束ねた髪で輪を作り呪文を唱えると、綺麗な黄金色の腕輪が現れた。


「ほほぉ〜、見事な細工の腕輪ですな」


 白蓮が感心して見ていると、玉藻が大事そうに腕輪を手に持ち白蓮の手首に通した。


「この腕輪には術を施して髪に私の魂を少し練り込んであります。コレを身に付けておけば、白蓮様が私を思い浮かべるだけで私の所に案内してくれますし、私は貴方様が何処に居るのか直ぐに分かります。そして腕輪は私自身を現します。何も変化がなければ私が無事であることを示します。どうかお受け取り下さい」


 白蓮は腕輪を大切そうに手でさすり、玉藻に感謝の意を表した。


「ありがたく頂戴いたします。大切に肌身離さず持ち歩きます」


 玉藻も嬉しそうに頷いた。


 互いに言葉を交わす内に二人の心は強く結ばれていった。

 

「それでは日がまだ明るい間に出発致しましょう」


白蓮は優しく包み込む様な眼差しで玉藻に声をかけた。


「ハイ、貴方様と一緒ならば何処へでもお供致します、宜しくお願いいたします」


 嬉しそうに返事を返す玉藻。


 二人は目的の地、那須高原を目指して歩み始めた。


 

 

 


 


  



 


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