起源の章 思いやりと恋
… 此処は都の南方に位置する霊山稲荷山の山麓に建つ神聖な空気に包まれた格式の高い伏見稲荷…
突然 誰もいない本殿の中に大きな光の球が現れ、中から白蓮と玉藻が姿を現した。
「此処ならば暫くの間は安全です、追手が放たれても直ぐに見つかる事は無いでしょう」
安堵した表情を浮かべる白蓮。
玉藻は辺りを見回しながら
「ここは何処なのでしょうか?」
と白蓮に尋ねると
「ここは伏見稲荷大社 日本の稲荷を祀る神社の総本宮です」
と答え、玉藻の顔を見て微笑んだ。
しかし、玉藻は思い詰めた様な表情で
「私目如き妖を庇い立てしたが為に、関係の無い貴方様までが帝に追われる身となってしまい心苦しゅう御座います。本当にこれで良かったのですか?白蓮様!」
心の中の葛藤を白蓮に打ち明けた。
白蓮はゆっくりと落ち着いた口調で
「御自分を責めないで下さい、私は後悔などしておりません。それに、貴方の事は初めてお会いした時から全ての察しは付いておりました。その上で判断した行いです」
そう言って微笑み、玉藻の肩にそっと手を乗せた。
すると黄金色の優しく暖かな気が玉藻を包み込んでいった。
(なんと心地の良い!この気は私の心の淀みを取り除き素直な気持ちにさせてくれる)
しばらくして落ち着きを取り戻した玉藻が
「初めてお会いした時に私の正体を見抜いていたのなら、何故 帝に引き合わせたのですか?」
と、疑問を呈した。
白蓮は玉藻と視線を合わせ
「それは私が玉藻殿に興味を惹かれたからです。帝との事に関しては、貴方との時間を作る為に利用した様なものです。そうでなければ、真実を報告して貴方を討伐する事になっていたはずです」
と真相を明かした。
思いもよらぬ白蓮の言葉に戸惑いながらも
「そうだったのですか。でも私如きに何故?」
不思議そうな表情で尋ねた。
白蓮は暫く目を閉じて何かを思い起こすように口を開いた。
「私は千年もの間、厳しい修行を積んで天狐となり神に仕えていますが、幼き時より愛情の溢れた恵まれた環境の中で生きてきました。しかし、私が貴方から感じるのは劣悪な環境に育った怒り、哀しみ、苦しみに満ちた心です。そしてそれらの感情は、心が愛情や優しさを求めている証なのです。私は同じ稲荷として貴方を悪しき運命から救いたいと思ったのです」
全てを語った後、玉藻の手を取り両手で包み込んだ。
「私の様な薄汚れた妖に、この様なご厚情をかけて下さるとは………」
玉藻の両目から温かな涙が止めどもなく溢れ出し、頬を濡らしていった。
白蓮は玉藻をそっと抱きしめ
「其方さえ良ければ一緒に暮らしませぬか?」
瞳に映った玉藻は小さく頷いていた。
「私には勿体ない御言葉。夢を見ている様で御座います、不束者ですが宜しくお願いします」
二人は互いに見つめ合い、熱い抱擁と口付けを交わした。
ひとときの穏やかな時が過ぎ、互いに打ち解け合った頃。静まり返った本殿に足音が近づいてきた。
二人に緊張がはしった。白蓮は玉藻に身を隠すよう促し、身構えた。
入り口の扉が開いて白く美しい毛並の狐が姿を現し、白蓮の前で腰を落とした。
「天狐白蓮様とお見受けしました。私は稲荷神社を治める稲荷神 稲魂の神の使いの白狐に御座います。主人が奥の間で貴方様をお待ちしております。お連れ様もご一緒に、どうぞこちらへ」
案内され着いて行くと、本殿の奥に人の目に付かぬよう結界が張られた空間があった。
白狐は扉の前で結界解除の呪文を唱えると立派な扉が現れた。
「どうぞお入り下さい」
白狐は扉を開けると二人に一礼をして下がっていった。
中に入ると、まばゆい光に包まれた銀色の髪の美しい女性が立っていた。
「久しぶりじゃのう白蓮!暫く見ぬうちに立派になったものよのう」
唯ならぬ強い気を纏ったその女性が満足気な顔で微笑んだ。
「ご無沙汰しております、お師匠様!お元気そうで何よりです」
白蓮は跪いて頭を下げた。かつて修行時代に薫陶を受けた恩師から声を掛けられ、懐かしさと喜びが心を満たしていた。
稲魂の神も昔を思い起こしながら
「懐かしいのう、あの頃は私の元でおぬしと慈空が互いに切磋琢磨しながら修行に励んでおったのう。ところで慈空の方は今何をしておるのじゃ?」
もう一人の弟子の事も気になり尋ねた。
「ハイ、慈空は天界で天照大神に仕えております」
白蓮は慈空の近況を師匠に伝えた。
「そうか、それは何よりじゃ」
と目を細めた。
「ところで お隣りの美しいご女性は何方ですか?」
稲魂の神が尋ねると、俯き加減だった玉藻が顔を上げ
「玉藻に御座います。白蓮様のお供をさせて頂いております。お目にかかれて光栄でございます。稲魂の神様」
と畏かしこまって挨拶をする。
稲魂の神は和やかな笑顔で頷いた。




