起源の章 神獣
白蓮は部屋の入り口で片膝を付いて頭を下げハッキリとした口調で報告する。
「陛下、白蓮に御座います。仰せつかった命により玉藻殿をお連れしました」
玉藻も両膝を付き頭を下げていた。
部屋の中から帝が声をかける。
「ご苦労であった白蓮、二人共中に入るが良い」
「ありがたき御言葉。感謝致します」
二人は謝意を述べ、帝の座する昼御座の前に足を踏み入れ帝の前で跪いて頭を下げた。
「苦しゅうない、二人共頭を上げるがよい」
帝の言葉に、二人は顔を上げた。
帝は玉藻の方を見て
「そなたが玉藻か。雪の様な白い肌、吸い込まれる様な瞳、聞きしに勝る美しさよのう」
満足気な顔をしてうなずく
「はい、玉藻に御座います。私如きにもったいない御言葉、陛下に御拝謁が叶い光栄の至りでございます」
冷静に言葉を選びながら返す玉藻
「どうじゃ、朕の所に来ぬか側室として迎えてもよいぞ」
突然の帝の言葉に虚を突かれた玉藻は、心の中で葛藤を生じていた。
(白蓮様に出逢う以前であれば直ぐにでも帝の言葉を喜んで受け入れたであろうが、今はその様な気持ちにはなれない)
俯き加減で何も言わぬ玉藻に、帝が怪訝そうな顔をした。
「朕の所に来る事に何か不都合でもあるのか?あるのならば申してみよ!」
玉藻は我に帰って慌てて帝の顔を見上げた。
「滅相も御座いません!唯、あまりにも急なお申し出でしたので心に迷いが生じたので御座います。心が落ち着いて支度が整うまで幾日かお返事をお待ち願えませぬか。どうかお願い申し上げます」
玉藻は両手を付いて平伏した。
帝は許しを乞う玉藻の姿を見て安堵した。
「よし許可致す。よい返事をまっておる
ぞ」
玉藻は顔を上げ
「寛大なご配慮に感謝致します」
と謝意を述べた。
帝は大きく頷きながら
「二人共下がってよいぞ」
と命じた。
「ハッ、失礼致します」
玉藻と白蓮が深々と礼をして部屋を出でて行った。すると入れ替わりに帝の右手側の部屋の簾が上がり、狩衣を纏った天皇お抱えの陰陽師賀茂忠行が姿を現し帝の前に跪いた。
「忠行!どうかしたのか?」
帝がその男に尋ねると
「陛下!あの玉藻という女 只者ではありません。人ならざる強い妖気を纏っております、決して側においてはなりません」
強い口調で進言した。
「なんと!誠の事か?朕にはその様には見えなかったが、何かの間違いではないのか?」
玉藻のことを諦めたくないと言う想いと、真実を知りたいと言う気持ちが交錯する帝
「私目が必ずや正体を暴いて見せます」
自信に満ちた顔で帝にそう告げ、忠行は玉藻達の後を追った。
玉藻達二人は履き物を履いて、今正に本殿を出ようとしていた時だった。
本殿の中から二人を追って来た忠行が、手で印を結びながら祝詞を唱えた。
「結界!神の御心により悪しき者の真の姿を示せ」
すると、地面に円に囲まれた五芒星の大きな結界が現れ玉藻と白蓮を包み込んだ。
玉藻が急に倒れ込み、心配そうに抱き抱える白蓮
「大丈夫ですか?玉藻殿!しっかりして下され」
白蓮は玉藻の体を支えながら、忠行の顔を睨み
「何故この様な暴挙にでられたのですか?ご説明頂きたい。賀茂殿」
怒りを露わにして、問いただした。
忠行は玉藻の方を指差して
「白蓮殿、見るが良い!その玉藻という女の姿を」
腕の中で苦しんでいる玉藻の顔を見ると、瞳が金色に輝き、耳が獣の様に大きくなっている。更に腰のあたりが膨らみ
着物の裾から九本の尾が伸びている。
しかし、白蓮は顔色一つ変えずに忠行に向かって言った。
「玉藻殿は誰にも危害を加えておらぬ。もっと違うやり方があったのではないか!」
そう言い放ち、右手に印を結び払う様に動かすと、一瞬で結界が解かれた。
忠行は、信じられないといった様な顔をして白蓮の顔を見て
「白蓮殿、貴方は一体…何者なのですか?」
「私は天照大神の命で人間界が乱れぬ様に見守っておる者じゃ」
白蓮は自らの正体を明かすと同時に玉藻と忠行を黄金色の気で包み込んだ。
その様子を見て忠行は悟った
(この気は神獣特有のもの、人間の私如きが到底敵う相手ではない)
白蓮の腕に支えられていた玉藻も元の姿に戻っていた。
ゆっくりと体を起こし白蓮の顔を見た玉藻は
「私の変化した姿を見ても尚、庇って下さったのは何故なのですか?」
優しい笑みを浮かべながら白蓮が答えた。
「人間界では見た目や過去で判断を下し、罪の無い者達が理不尽な目にあわされる。しかし、天界や神界では心の中だけが全てです。玉藻殿は此処では誰にも危害を加えておらぬのに、理不尽な扱いを受けたのでお助けしたのです」
玉藻は涙を浮かべ
「この様な心ある扱いを受けたのは初めての事で御座います。心よりお慕い申し上げます」
と謝意を告げ、白蓮をみつめた。
白蓮は玉藻の身体を支えたまま忠行の顔を見据え言い放った。
「賀茂殿、玉藻殿の身柄は私が責任を持って預かります。しかし、帝にこの事が知れれば追手を放つでしょう。今度会い見える時は雌雄を決しましょうぞ」
白蓮は玉藻抱き寄せると、呪文を唱えその場から消え去った。




