起源の章 親の心 子の心
白蓮達が横になってからどの位経ったであろうか、何かの気配を感じてふと玉藻が身を起こした。
「白蓮様、もうすぐ寅の刻、氏神様がおいでになる時刻でございます」
「うむ、そうであったな」
白蓮もサッと身を起こし姿勢を整え、気配のする家の入り口の方に目を向けた。すると柔らかな光をまとった玉がゆっくりと家の中に入って来て、寝ている幸吉の側に降り立ち銀毛の稲荷に姿を変えた。
母親と志乃は急いで氏神の元に駆け寄りひれ伏した。
氏神は家族と白蓮達の顔を見渡した後、視線を落とし険しい面持ちで口を開いた。
「とうとうこの日がきてしまったか。この子の無垢な寝顔を見ていると、この世に生を受けてから今までの生い立ちを見守ってきた氏神の私としても不憫でならない。何とかして救い出してやらねば」
「お願い致します、この子をどうか……」
母親が泣きながら額を床に擦り付けて懇願している。その隣では志乃がひれ伏したまま肩を震わせていた。
氏神はゆっくりと頷くと白蓮達の方に顔を向けた。
「すまないが私の立場では表立って手を出す事が出来ぬ、其方達には苦労をかけるがどうか力を貸して下され。勿論私も陰ながらの手助けはさせて頂く」
「分かりまして御座います」
白蓮と玉藻は互いに顔を見合わせながら頷いた。
気を引き締めた表情で頷き返した氏神は言葉を続ける。
「初めに幸吉の本心を知ることから始めねばならぬ。その答え如何では策も異なってこよう、まずは私がこの子に乗り移り気持ちを確かめたいのだが、術を使うにあたって家族の許しがいる。宜しいか?」
母親と志乃 二人に顔を向け氏神が同意を求めた。
母親が泣き腫らした顔をあげて声を振り絞った。
「この子を守る為なら全てを氏神様にお任せいたします」
「うむ、承知した。」
氏神はゆっくりと頷き真言を唱え始めた。
「おん だきに ぎゃらばや そわか」
と同時に氏神の体が光を放ちながら小さな玉に変化し幸吉の口の中に入って行った。
しばらくの静寂の後、寝ている幸吉の身体が淡い光に包まれ、ゆっくりと身体を起こし始めた。
目の前の不思議な光景に皆の視線が集まると、口がきけないはずの幸吉が目を閉じたまま喋り始める。
「お母さん、お姉ちゃん、いつも本当にありがとう。僕が喋る事が出来ない病を患って生まれたのに、お母さんは何も言わずに朝から晩まで働いて美味しいご飯を作って育ててくれた。お姉ちゃんは自分のことは後回しで僕といつも一緒にいて遊んでくれたり面倒を見てくれた。大好きなお母さんやお姉ちゃんにこの先もずっと苦労や迷惑をかけ続けるくらいなら、僕は喜んで龍神様にこの身を捧げるよ。そうすれば村の人達も救われるし、お母さんやお姉ちゃんが僕のことでつらい思いをすることもなくなるもの」
胸の内を話し終えると、幸吉の身体から光が徐々に消え何事もなかった様に元の寝姿に戻った。
すぐさま母親と志乃は寝ている幸吉の側に駆け寄ると溢れ出る涙を拭おうともせず両手をついた。
泣いてばかりいる志乃の隣りで母親が眼を腫らしながら我が子に語りかける。
「お前はなにも悪くない、五体満足に産んでやれなかったこの私を責めておくれ。母さんも志乃もお前がいてくれたお陰で人としての優しさや、どんな小さなことにも感謝できる心を手にすることが出来たんだよ。この身にかえてでもお前を死なせやしない、必ず守ってみせる…だから…もう…自分を責めないでおくれ」
母親の我が子を思う気持ちに、周りの皆の心が引き締まり一つとなった。
やがて幸吉の口の中から光の玉が戻り、氏神に姿を変えると、この幼子の心に触れ感じたことを語り始めた。
「どうやら私はこの子を見くびっておったようだ。人柱になるこに怯えて助けを求めて来るものだとばかり思っておった。しかし、この子なりに家族のことを思い自らの命を差し出す覚悟を持っておった…写し身の術は死を覚悟した者には使えぬ、見た目は写せても心が移ることを拒むであろう。また他の策を練らねばならぬ」
我が子の思いを聞いて母親が氏神の前に来て両手ついて頭を下げた。
「私はこの子の何倍も生きながらえてきました、幸吉の覚悟が動かぬのであれば、この身を盾にしてでも構いません。この生い先短い私と引き換えにこの子を救う方法はないのでしょうか」




