起源の章 幸吉の涙
(この二人なら必ず人柱を防いでくれよう)
互いに信頼しあう白蓮夫妻の姿を見て頷く氏神。
「ところで人柱を防ぐ手立てなのじゃが、どうするおつもりじゃ」
玉藻は、志乃達家族が安心して暮せる姿を思い浮かべながら思いを口にした。
「氏神様、お願いしたいことが御座います」
氏神は玉藻の目を見た。
「何なりと申してみるがよい」
真剣な眼差しで言葉を確かめながら玉藻が答える。
「2日後の人柱を立てる儀式が始まる前に、私の姿を志乃の弟の姿に変化させて欲しいのです。私が身代わりになれば、幸吉の身に危険が及ばない上に、何かがあっても私の力でなんとか致します」
氏神が少しの間考えて答える。
「承知致した、幸吉はわしの氏子ゆえ、其方を幸吉の姿に変化させることは容易い事。ただ大沼の龍神は遥か古から齢を重ね、強い妖力を放っておる。くれぐれも用心するがよい」
「お気遣いありがとうございます、お陰様で幸吉が人柱に立つ事を防ぐ事が出来ます。私のことは白蓮様が付いていて下さるので大丈夫です」
玉藻は白蓮の方をチラリと見ながら、明るい笑顔で礼を述べた。
二人の素性を稲魂の神の式神から知らされていたこともあり、氏神もまた安堵の表情を浮かべた。
「それでは儀式当日の寅の刻、幸吉の家で写し身の儀式を行うとしよう。ではその時にまた会いましょうぞ」
そう言い終えると、氏神は大きな光の玉に変化して消えていった。
その後しばらくして志乃達家族が戻ってきた。
志乃の母親が心配そうな顔をして白蓮夫妻の顔を見た。
「要らぬおせっかいかも知れませぬが、宿の方はお決まりですか?もしよろしければ粗末な所ではございますが、2日後の儀式の件が終わるまで私共の処で泊まっていかれては如何でしょうか。この子達の父親が使っていた部屋が空いておりますし、なによりも子供達が喜びます」
「かたじけない、渡りに船とはこのことです。人柱の立つ日まで時も迫っており、私達も宿のことを考える間もなかったので助かります」
白蓮夫妻は深々と頭を下げて礼を述べた。
「お母さん、玉藻様や白蓮様がお家に来てくれるの!よかった!」
志乃が嬉しそうに玉藻の手を取って歩き始めた、
「おやおや案内してくれるのかい、ありがとう」
玉藻も優しい笑顔を浮かべ、志乃を愛しげに見守る。
村長の家を離れ田や畑に囲まれた小道を進んでいくと、小さな藁葺き屋根の小屋が点在する集落が目の前に現れた。
志乃がそのうちの一つを指差した。
「玉藻様、あれが私の家です」
一行が家に着くと、志乃の母親が白蓮夫妻を招き入れた。
「こちらのお部屋にどうぞ」
中は地面を掘って丸太を立てて板を履いただけの簡素な造りになっていた。
「ありがとうございます、失礼して上がらせていただきます」
白蓮夫妻は礼を述べた後、案内された奥の部屋に腰を下ろした。
しばらくして母親と志乃が籠を背負って急いだ様子でこちらの方に挨拶に来た。
「私と志乃は明るいうちに用事を済ませてきます、どうぞゆっくりしていて下さい」
白蓮達は急いで立ち上がり母親の顔を見た。
「世話にばかりなっている訳にはいきません、私達にも何か手伝わせて下さい」
母親は小さく首を振りながら微笑んだ。
「いつものことです、夕食に使う作物を採りに行くだけなので大丈夫です。もしよかったら幸吉の相手をしてやって下さいませんか」
玉藻の表情がパッと明るくなった。
「私でよければ喜んで幸吉の相手を致します」
玉藻は側にいた幸吉を抱き上げると優しく微笑みを浮かべた。
「お手柔らかに宜しく頼みます、幸吉殿!」
玉藻が志乃と母親の方を見て軽く会釈をすると二人は外に出て行った。
幼児と接する機会が殆どなかった玉藻だが、幸吉と同じように口が利けなかった妹ことを思い浮かべながら、一生懸命にあれやこれやと考えて、幸吉が喜んでくれそうなことを色々とやってみた。
幸吉も、玉藻の一生懸命な姿に引き寄せられる様に懐いて笑顔を見せてくれるようになった。。
側では白蓮が目を細めて二人の様子を見ていた。
玉藻達が時間を忘れて戯れていると、志乃と母親が帰って来た。
「ただいま!遅くなって申し訳ありません、今から食事の支度致しますのでもうしばらくお待ち下さい」
「お帰りなさいませ!お疲れになったでしょう、私達のことなら気になさらないで下さい」
志乃達の足元や着物に土が付いているのを見て労いの言葉をかける玉藻。
志乃達は背負っていた籠を下ろし、中から野菜や魚などの食材を木の皿に移し、炉のある土間の方に向かった。
やがて魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。
「皆様お食事の用意が出来ました」
志乃の明るい声が響き、白蓮夫妻の前に木の皿にきれい並べられた料理が運ばれてきた。
「私達のために食事を用意してくださるとは、かたじけない」
白蓮夫妻は頭を下げて礼を言った。
「食事は大勢ほうが楽しく美味しく頂けるものです、遠慮なさらずに食べて下さい」
母親は笑顔で答えた。
食事が皆に行き渡り、全員で手を合わせた。
「いただきます!」
志乃や幸吉も嬉しそうに食べ始める。
「今日はいつもと違ってお魚まである!美味しい!」
微笑ましい団欒のひとときが過ぎていった。
「ご馳走様でした!」
食事が終わり、志乃達が後片付けを終わらせる。
辺りも薄暗くなってきたのを見て母親が陶器でできた灯を持ってきて白蓮達の側に置いた。
「瓦灯をお持ちしました、今日は色々とありがとうございました。お疲れになったでしょうゆっくりおやすみ下さい」
母親が白蓮達から離れ、白蓮夫妻が横になった頃、薄暗い中幸吉が玉藻のところにやってきた。
「どうしたんだい、幸吉。こっちにおいで」
玉藻は優しく幸吉を抱き寄せた。
幸吉も嬉しそうに玉藻に身を寄せる。
その姿に自分の子供のような愛おしさを感じ、幸吉を強く抱きしめて頬を寄せた。
「たとえ言葉が喋れなくともお前は良い子じゃ、私が必ずお前を守ってみせる。人柱の運命から救ってみせる」
その言葉を聞いて幸吉が大きく首を横に振りながら泣き出した。
喋ることのできない幸吉が声にならない声で泣きじゃくる姿に、玉藻の目からも涙が溢れ出てきた。




